2012.12.11
FEATURE
2012年、欧州連合(EU)単一市場(Single Market)は誕生から20周年を迎えた。
EU単一市場は、域内の人・物・資本・サービスの移動を自由化することによって、「欧州をひとつのまとまった地域とする」という、シンプルな基本概念に支えられてきた。単一市場では、域内取引が活性化し、地域全体の経済活動の効率化が図られ、競争力が高まる。物やサービスの選択肢も増加し、質の向上や価格の低減など、市民生活にも幅広い便益がもたらされるのである。
2012年10月15日から20日にかけては、「単一市場20周年ウィーク」が開催され、加盟国国内で記念イベントが行われた。ベルギー・ブリュッセルで開かれた同ウィークの開会式には、ジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長と、ミシェル・バルニエ域内市場・サービス(金融含む)担当委員が出席し、EU単一市場について、「EU市民5億人と2,200万の企業に恩恵を与える欧州最大の資産となった」と評価した。
1958年に発効した欧州経済共同体(EEC)設立条約(第1ローマ条約)には、関税同盟の結成、人・資本・サービスの自由な移動および共通市場の形成が目標として掲げられ、既に、欧州に単一市場を形成する構想が提示されている。1968年になると、当時のEEC加盟6カ国間(ベルギー、フランス、ドイツ、イタリア、ルクセンブルク、オランダ)で、輸入にかかる対外関税の共通化と域内関税の撤廃が実現し、関税同盟(Customs Union)が完成する。これにより、「欧州をひとつのまとまった地域とする」ための第一歩が踏み出された。
しかし、関税同盟の完成後も、さまざまな非関税障壁(数量制限、輸入課徴金や国境税などの疑似関税、輸出補助金など)のために、物の動きは完全には自由化されなかった。域内経済の統合を深化させていくためには、物に加えて、人、資本、サービスの動きも自由化された単一市場を形成する必要があり、それはまた、米国市場に匹敵する大規模な統一経済圏を欧州に作り、貿易や産業活動を発展させていく狙いにもつながっていた。
1985年、ジャック・ドロール委員長率いる欧州委員会は、非関税障壁の撤廃と単一市場の完成に向けた作業手順とスケジュールを示した域内市場白書を作成し、EEC内のあらゆる物理的、技術的、財政的障壁の7年以内の撤廃を目標に掲げた。白書には、人・物・資本・サービスの自由化を実現させるために必要な法的措置が約280項目にわたって具体的に提示されていた。
1987年、白書をもとに作成された新たな条約「単一欧州議定書(Single European Act)」が発効し、単一市場構築の目標期限が1992年12月31日に設定された。各加盟国は、白書に示された法的措置に段階的に着手し、また、統合に向けた政策決定手続きの迅速化のため、欧州共同体(EC、当時)の機構や制度の改革が並行的に進められた。その結果、1993年1月1日、単一市場は現実のものとなった。なお、当時の加盟国は、ベルギー、デンマーク、ドイツ、アイルランド、ギリシャ、スペイン、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ポルトガル、英国の12カ国である。
単一市場の誕生と発展に向けた歩みは、さまざまな分野の政策と互いに関連しながら、「欧州をひとつのまとまった地域とする」ための取り組みを方向付けてきた。
そのひとつが「相互承認(mutual recognition)」という考え方である。この原則に基づき、EU域内では、他の加盟国において合法的に製造・販売されている製品は、他のすべての加盟国の市場でも流通が許可されねばならない。また、ある加盟国で取得した学位や職業資格が、他のすべての加盟国でも認定されるような措置も講じられている。単一市場の重要な要素である人の自由な移動については、人に対する国境審査を段階的に撤廃することを目的とするシェンゲン協定(The Schengen Agreement、1985年調印)の拡大と相互補完的な関係にある。さらに、EUの通貨統合も、単一市場の構築・発展には不可欠なプロセスである。単一通貨ユーロの導入は、人・物・資本・サービスの自由化の歯車となり、為替リスクの除去と単一市場の機能性の確保を実現するとともに、経済活動の活発化を促す役割を果たしたのである。
1993年の単一市場始動時に12カ国であったEUの加盟国は、現在27カ国に広がり(2013年7月にはクロアチアが加盟し28カ国となる)、人口も3.45億人から5億人に増加した。各国がバラバラだった市場を開放し、より大規模な統一経済圏を構築してきた結果、経済・ビジネスや市民生活にもたらす便益はますます増大している。
例えば、欧州委員会は、もしEU単一市場が存在しなかったならば、2008年のEUのGDPは2,330億ユーロ(2.13%)少なかっただろうと試算している。また、単一市場構築による費用の削減や効率性の向上、競争力強化については、貿易や投資の拡大といった具体的な数値からも見て取ることができる。域内貿易(輸出)は、1992年の8,000億ユーロから、2011年には2兆8,000億ユーロまで増加し、域内輸出のGDPに占める割合を12%から22%に伸ばした。対外貿易(輸出)も、1992年の5,000億ユーロから、2011年には1兆5,000億ユーロまで増加し、GDPに占める割合は8%から12%に伸びている。また、投資先としての欧州の魅力が高まった結果、海外資本による直接投資も増加し、1992年の640億ユーロから、2011年には7,300億ユーロまで拡大している。
また、品物の選択肢が広がり、品質が保証されるようになったことは、EU市民の生活を向上させている。住まいや働く場所、ビジネスをする場所、勉強したり旅行したりする場所を国境を越えて自由に選択できることは、かつては想像もできなかったことであるが、今や、EU市民にとって当たり前となっているのである。
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誕生から20年を経たが、単一市場は完成したわけではない。経済活動の自由化と効率化を図り、域内統合の深化と競争力強化を目指す取り組みは、引き続き行われている。
2011年4月、欧州委員会は、単一市場議定書 I(Single Market Act I)を採択し、域内に残存するさまざまな障壁を撤廃または軽減する目的で、優先度の高い12の項目について対策を提案した。また、2012年10月には、欧州債務危機の対策をより集中的に行っていく必要があるとして、単一市場議定書 II(Single Market Act II)を採択し、優先して取り組むべき4分野12項目を改めて明示した。
単一市場議定書 Iおよび IIの中で、優先事項として特に強調されているのは、単一市場の利点を生かした欧州債務危機対策の実施である。市民の移動性(モビリティ)の改善による国境を越えた労働者の就労促進、中小企業に対する再生支援を含むビジネス環境整備と資金調達(アクセシビリティ)の改善、域内ネットワーク(交通、エネルギー、通信等)の強化などがこれに相当する。また、経済のデジタル化への対応策も急務としされ、例えば、デジタル単一市場と情報インフラの整備、電子商取引やオンラインサービスの拡充、電子公共調達の実施などが優先項目とされている。他方、知的財産権保護や消費者保護の強化などにより、消費者の信頼を醸成することや、社会的企業を促進させることなど、単一市場の機能を有効に活用し、EU市民の社会的結束を強化していくことも課題として挙げられている。
単一市場のもたらすさまざまな機会や可能性を最大限活用することが、「欧州がひとつの地域となる」ための基盤を強化し、その他関連分野と連携しながら欧州の発展を方向付けていくのである。
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