2012.11.7
EU-JAPAN
65歳以上の人口が2010年に総人口の23%を占め、2050年には39.6%まで増加すると予測される日本、同じく65歳以上の人口が2010年に17.4%まで増加し、2060年には約30%になると予測される欧州連合(EU)にとって、高齢者の増加とそれに伴う人口構造の変化による影響は極めて大きい。しかし、こうした潮流は一部の先進国だけに見られるものではない。今や多くの国が高齢化社会の到来を将来的課題として認識し始めている。
こうした変化に対応するには、政治・経済を含めた社会改革が求められており、まさに“課題先進国”である日本とEUが、強固なパートナーシップを構築しながら解決への道程を示すことができれば、その意義は大きいものとなる。
2012年10月9日~10日、高齢化社会を取り巻くさまざまな課題について議論する興味深いシンポジウムが開催され、日本とEUから政治、経済から科学まで幅広い分野の専門家が登壇した(欧州経済社会評議会、欧州委員会研究・イノベーション総局/情報社会・メディア総局、駐日EU代表部、日欧産業協力センターによる共催)。EUは2012年を「アクティブエイジングと世代間の連帯のための欧州年」と定めており、また日本では東日本大震災を機に災害弱者としての高齢者への注目が集まる中、タイムリーに開催された「アクティブ&ヘルシー・エイジングのためのシンポジウム」の概要を紹介する。
1日目は、人口構造の変化がもたらす「雇用問題」「所得補償問題(年金制度)」「新たな市場創出」という3つの課題について議論された。
高齢者の比率が高まり、労働年齢層人口が低下すると、経済成長や生活水準を維持するための生産力が低下しかねない。まだ十分に健康で働く意欲があるのに職がない高齢者層の雇用を確保することは、高齢者自身の収入になるだけではなく、経済的競争力を強化することにもつながるのだ。
日本では厚生年金支給開始年齢の段階的引き上げにともない、60歳定年以降の継続雇用が課題となっている。高年齢者雇用安定法では、65歳未満の定年を定めている事業主に対し、(1)定年の引き上げ、(2)継続雇用制度の導入、(3)定年制の廃止――のいずれかの措置実施が義務付けられている。さらに、勧告に従わない企業を公表する規定を設けるなど、一部が改定され、2013年4月に施行される。シンポジウムでは、65歳までの継続雇用に向けて先進的に取り組む企業の実例も報告された。
課題として提示されたのは、増え続ける非正規労働者の雇用をいかに確保し、年金取得年齢につなげるのかという問題だ。介護などで、継続雇用を希望できない人に対する社会的セーフティネットの整備も求められている。雇用確保措置が実施されない場合に適用できる私法(企業等を含む私人同士の関係を定めた法律で、民法などが含まれる)上の規定を創設する必要もある。
一方、EUは20~64歳の労働年齢層の就業率を2020年までに75%までに引き上げることを目指しているが、2010年時点で68.8%、2011年も上昇傾向にはない。問題となっているのは55~64歳の就業率で、2010年時点で46.3%。特に女性の就業率が低い。
高齢者の就業率を向上させるには、税制の優遇措置など、事業主が高齢者を雇用しやすい制度を導入する必要がある。同時に、フレックスタイムの導入など、高齢者のライフスタイルに合わせた労働環境を整備することも急務だ。日々、進歩するテクノロジーについていけるよう学習の機会を提供することも重要となる。EUは包括的政策として高齢者雇用問題に取り組んでいる。
いずれにしろ、高齢者の雇用が若年層の就業を妨げてしまえば高齢化はさらに深刻になる。今回のシンポジウムでは、高齢者が培ってきた経験や技能を雇用する側のニーズにマッチングさせることの重要性が強調された。
人口構造の変化は定年後の所得補償にも影響を与えている。日本では家計貯蓄率が減少しており、6割の高齢者世帯が年金収入だけで生活しているのが現状。高齢期の暮らしを保障するには、公的年金の安定的な給付と、年金制度の持続可能性の確保が重要となる。
日本では、国民年金保険料の納付率は低下し続けており、未納者の増加は高齢期の低年金・無年金に直結してしまう。また、年金制度が、労働者の働き方やライフスタイルに中立な制度になっていないことも指摘された。2050年には1.33人の生産年齢層が1人の高齢者を支えることになると予測されており、いかに財源を確保するかも問題となっている。
新たな年金制度の構築に向け、社会保障制度改革国民会議が設立されたが、多様化する雇用形態に即した、公平で持続可能な年金制度を確立するには、さらなる議論が必要となっている。
消費税などの負担率が高いEU各国は、年金に関する財政基盤が日本に比べ健全な状況にあるが、ベビーブーマーが60歳代に到達し、60歳以上の人口が毎年200万人増加すると予測されており、やはり年金改革は重要課題のひとつだ。
EUにおける年金制度に関しては、EU加盟諸国にさまざまな制度があり、EUが年金政策を明確なテーマとしたのは2000年のこと。以来、(1)年金の妥当性の保持、(2)財政的な持続性の確保、(3)社会や個人の変化するニーズに対応しうる年金制度の発展性の確保、という3つの原則がEUにおける年金政策の柱となっている。
2010年、2012年には欧州委員会がまとめた年金改革案が発表されており、その目的は高齢者の雇用を確保しながら公的年金の支給年齢を引き上げるとともに、企業年金を活用することで公的年金を補完することにある。
課題となるのは、いかに不公平感を排除し、適切で透明な年金収入を確保するのか。シンポジウムでは、「年金制度改革は国レベルで取り組む問題である」「法的な退職年齢を引き上げるだけでは問題解決にならない」など、年金制度に対するEU市民からの見解も示された。新たな年金制度を確立するにはEU市民の合意が不可欠となる。そのためにも雇用政策を含めたさまざまな政策とリンクする必要があることがあることが強調された。
高齢化社会はマイナスの側面を持っているだけではない。高齢者が活動的なライフスタイルを維持できるようにすることで、新たな市場が創出できる可能性があり、若年層や研究者、製造業、介護者などの雇用機会も創出すると期待されている。
これまでニッチとされてきた高齢者市場だが、日本やEUを筆頭にマス市場へと近づいている。実際、医療・介護業界だけで提供していた商品やサービスにエレクトロニクス業界を含めた他業種が参入しようとしている。シンポジウムでは、フィリップスエレクトロニクスジャパンの高齢者事業を紹介。同社は2011年に緊急通報システム「Lifeline」を日本に導入している。課題先進国である日本でベストプラクティスを構築できれば、世界への展開が可能になるという。
高齢者市場は医療・介護分野にとどまらない。「らくらくフォン」が成功事例として挙げられるように、少しのサポートによって元気に過ごせる高齢者層に目を向ければ、ニーズはたくさん考えられる。新たな市場として開拓するには、機能面はもちろん、デザイン性の高さも求められるし、コストパフォーマンスも重要になるが、潜在的な購買意欲に訴えかけることに成功すれば、持続可能な商品となる。
日本では、サービス分野でも新たな取り組みが推進されている。シンポジウムでは、先駆的役割を果たしてきた生活協同組合連合会の取り組みを紹介。宅配事業にとどまらず、過疎地での買い物用のバス運行サービス、移動店舗、コミュニティーセンターなど、そのサポートは広範囲に及ぶ。
高齢化社会を活性化させるツールとして注目されているのがICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)。シンポジウムでは高齢化社会におけるICTの可能性が示された。例えば、高齢者層は「職場に高齢者向けの設備が整っていない」「スキルアップのための学費が高額化している」「女性の失業率が増大している」などいくつかの障壁に直面している。ICTをツールとして活用できれば、在宅勤務などニーズに合わせた就業形態が可能になるし、生涯教育にも取り組みやすくなる。公益サービスやボランティアにICTを活用すれば、働いていない高齢者を支援することも可能だ。講演では、インフラ構築の必要性やデジタルデバイドの解消など、ICT導入に向けた課題も提示された。
2日目のテーマはヘルシーエイジングにかかわる研究開発とイノベーション。高齢化社会を活性化させるには、高齢者の生活の質を保持しつつ、長期的な健康維持を可能にすることが求められている。シンポジウムでは、心臓病、後成的遺伝学、情報通信技術(ICT)、再生医療、加齢に関する社会的側面、ロボット工学といった幅広い分野にわたって行われている研究やイノベーションが紹介された。
第1セッションのテーマは「併存疾患(複数の疾患を抱えている状態)のない生活」。加齢にともなう併存疾患が個人や社会にどのような影響をもたらすのか、併存疾患を軽減するにはどのような対策が可能なのか、について講演が行われた。併存疾患が治療を困難にする代表的な症例として心臓病が取り上げられ、感染、栄養、ライフスタイル、遺伝など併存疾患を誘引する環境的要因についても考察された。また、併存疾患に対する治療効果が期待されている最先端の再生医療「細胞シート」についても発表があった。
第2セッションでは、ヘルシーエイジングへ向けた社会イノベーションに関する講演が行われた。企業が新たな市場を求めて行うイノベーションとは異なり、社会的課題の解決を重視する社会イノベーションは、高齢化社会への対策においても新たなソリューションを提供する存在として、特にEU諸国で注目されている。認知症予防に向け、中年期にできる対策、高齢者の虚弱度を低下させる事業など、幅広い事例が紹介された。
第3セッションではICTと情報社会分野研究における成功事例が報告された。とりわけ、四肢を補助するロボットスーツやユビキタスネットワークロボット、セラピー用ロボットといった、介護現場へのロボットの導入が目に見える成果をもたらしている事例が紹介された。
保健研究の視点からの講演もあり、糖尿病の発生を軽減するのに重要な役割を果たす、お茶の摂取についての興味深い報告、生体時計と睡眠パターンの重要性について発表された。
今回のシンポジウムで、浮き彫りになったのが、高齢化社会へ対応するには、政治、経済のみならず、医療、工学、社会科学などあらゆる分野でのアプローチが必要になる、ということだ。日本、EUをはじめとする世界各国がベストプラクティスを共有し、横断的な取り組みを行うことも求められる。
同時に、高齢者にとって「生きがい」を感じられるライフスタイルを見つけることも重要なテーマとなる。その答えは労働だけではない。わずかな報酬で、自分の経験や技能を生かしながら、少額の報酬を得る有償ボランティアも「生きがい」になりうるし、レジャーなどを通じて第2の人生を満喫する人もいるだろう。いずれにしろ、引退後の人生は本人の意志に基づき、自発的に行われるものでなければならない。シンポジウムを通じ、どんな選択肢も可能にする社会の構築が重要であることが鮮明になった。
「アクティブ&ヘルシー・エイジングのための政策対応と研究・革新」の案内およびプログラム(日欧産業協力センター)
「アクティブエイジング」という社会変革(EU MAG 2012年4月号特集記事)
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