2018.6.22
FEATURE
近年、ソーシャルメディアの著しい発達により、真偽が明らかでない情報も容易かつ瞬時に拡散されるようになった。特に、国家や企業、個人の信用を失わせることを目的に故意に流されるディスインフォメーション(虚偽情報、disinformation)は、きわめて重大な問題をはらんでいる。そこで欧州委員会は、本年4月26日、まん延するディスインフォメーションの対策として、EU共通の実務規範を定めることなどを盛り込んだ政策文書「ネット上のディスインフォメーションに対する欧州の取り組み」を策定した。
現代の情報社会に生きるわれわれは、毎日大量の偽の情報にさらされていると言っても過言ではない。例えば、本年4月に発表された欧州連合(EU)の世論調査「ユーロバロメーター」によると、回答者の37%が毎日またはほぼ毎日、また31%が少なくとも週に1回の頻度で「フェイクニュース(偽ニュース)に遭遇している」と答えており、自国や民主主義全体にとって危惧すべき問題だという懸念が人々の間に広がっている。
ディスインフォメーションは、公共機関や、デジタルもしくは従来のメディアに対する信頼を損なわせるだけでなく、情報に基づいた意思決定を行う人々の能力を阻害することで、民主主義に悪影響をもたらす。これがネット上で組織的かつ大々的に展開されることで、気候変動や移民問題、治安、保健衛生、金融といったさまざまな分野の政策や社会的議論、そして一般ユーザーの行為が操られてしまうのだ。また、科学的かつ実証的な証拠に対する信頼性を弱めてしまう恐れがある。
これを受けて、欧州委員会は本年4月26日、ネット上で拡散されるディスインフォメーションとその影響に対処すべく、欧州の価値と民主的制度を確実に守るための行動計画と自主規制ツールを提示する、「ネット上のディスインフォメーションに対する欧州の取り組み(Tackling online disinformation: a European approach)」と題した政策文書を発表した。同文書(詳細は後述)の中で、欧州委員会は、この問題に対するEU共通の「実務規範(Code of Practice)」を定めているほか、ファクトチェッカー(事実確認者)の独立したネットワークを支援すること、また良質なジャーナリズムを奨励するツールを導入することなどを提言している。
ディスインフォメーション(disinformation)とは、経済的利益を得ることや、意図的に市民を欺くことを狙って、「世論に影響を与えたり、真実を覆い隠したりするために故意に作られて広められる、検証可能な偽情報、または誤解を与える情報」を指す。ただし、誤報や風刺、パロディーなどは、これに含まれない。また、一般的によく使われる「フェイクニュース(偽ニュース)」という言葉は、「ディスインフォメーションが抱える複雑な問題を単純化したもの」として定義できる。
このような情報のまん延を防ぐことが、今日の欧州にとって喫緊の課題となっている。EU加盟国の中には、法的措置を検討している国々はあるものの、ディスインフォメーションやフェイクニュース自体は違法ではないため、現行の法制や自主規制では対応し切れていないのが現状だ。
ディスインフォメーションが問題化した社会的背景は複雑だ。まず、ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)が、市民を惑わすために故意に流される情報の浸透を目的として巧みに利用されるようになった。第2に、新聞や雑誌などの紙媒体を中心としていた従来のメディア業界が、オンラインプラットフォーム※1 の台頭により転換期を迎え、ジャーナリストや報道機関にも大きな影響を与えるようになった。さらに、世界規模で広がる経済的不安定や過激思想、また文化面での変化などが人々の不安をあおり、こういった情報に惑わされやすい環境を作っていることも看過できない。
ディスインフォメーションに対するEUの具体的措置の中で、中核をなすのが「東方パートナー諸国向け戦略的コミュニケーション対策室(East StratCom〈Strategic Communication〉Task Force)」の設置である。2015年3月、同対策室は、EUの東方の近隣諸国で拡散されているロシア政府寄りのディスインフォメーションに対処するべく、欧州対外行動庁(EEAS)内に開設された。ロシア語に堪能なコミュニケーションの専門家14人で編成されたチームが、ロシア政府寄りの、偏向的で歪曲され、かつ誤った見解や解釈を提供している情報を世界各地から収集し、ウェブページ「Disinformation Review」上で公開している。これらの事例は、今日までに3,900件以上報告されている。
また欧州委員会は、2016年9月にEUの著作権法の改正を提案した。この改正案は、著作権保持者の立場を強め、オンラインプラットフォーム上でコンテンツが視聴される場合には、交渉の上で報酬を得られるようにすることが目的だ。これによって、良質なジャーナリズムとメディア業界の自由と多元性を擁護できる。結果的に、信用に値し、信頼に足る情報をより多く広めることによって、拡散を封じる試みだ。
これに加えて、EUの対策には、次のような段階的取り組みがある。まず、人々のメディアリテラシー(メディアから得られる情報をうのみにせず、自分で真偽を批判的に判断し、それらを取捨選択しながら活用する力。また、時に自ら発信者となってメディアを創造する力)を高めるため、欧州委員会が専門家グループを組織し、市民が情報の誤りや偏りを暴く方法を含めたメディアリテラシーのベストプラクティス(最良事例)に関する情報交換を行っている。
さらに欧州委員会は、ディスインフォメーションに対するEUの政策的取り組みへ提言することを目的に、本年1月、オンラインプラットフォームの運営者や報道・放送機関、市民社会、学者、ジャーナリストなどの代表39人からなるハイレベル専門家グループを立ち上げた。同グループは3月に報告書を提出し、(1)オンラインニュースの透明性の向上、(2)メディア・情報リテラシーの推進、(3)一般ユーザーやジャーナリストに向けた、ディスインフォメーションに対抗する力を付けるためのツール開発、(4)欧州におけるニュースメディアのエコシステム(業界全体の収益構造)の多様性および持続可能性の保護、(5)欧州におけるディスインフォメーションの影響に関する継続的調査の促進、という5点を取り組みの柱として提言した。
これに加えてEUは、市民や報道機関、公共機関、オンラインプラットフォームの運営者などを対象に、ディスインフォメーションおよび偽ニュースの定義を通知するほか、これまでの対策を評価し、良質な情報を増やすことでネット上のディスインフォメーションのまん延を阻止するために、今後取るべき行動に関して広く情報を収集する公開協議を、昨年11月から本年2月にかけて実施した。また、前述のユーロバロメーターの調査結果も、ディスインフォメーション拡散の実態を把握するための段階的取り組みとして大いに活用された。
これまで取られてきた措置や行動は、EU内での分断を避け、国境を越えたEUレベルの取り組みを探ることを目指していた。その中で直面した課題は、「表現の自由や基本的権利、そして全ての欧州市民にとって大事な価値を、いかに損なうことなく、効果的かつ適正なディスインフォメーションへの対策を導き出せるか」ということであった。
本年4月に発表された政策文書「ネット上のディスインフォメーションに対する欧州の取り組み」では、透明性・多様性・信頼性・全員参加の4つの原則に基づき、次の5つの取るべき行動が打ち出された。
欧州委員会はこれらの取り組みについて、本年12月までに進捗を報告する予定だ。報告書では、ディスインフォメーションの継続的な監視を担保するため、今後も活動が必要かどうかなどを検討する。
本政策文書によって、EUはディスインフォメーションの深刻な脅威に対抗するための包括的な取り組みを明示した。いかにして、より高い透明性と良質な情報に基づいたデジタルエコシステムを構築し、欧州市民が偏向的もしくは誤った情報に惑わされない能力を持てるようにし、また民主主義と公正な意思決定の過程を守れるか。デジタル単一市場の構築を目指すEUは、それと密接に関わるネット上のディスインフォメーション対策に本腰を入れ始めた。
※1 ネット広告、ネット市場、検索エンジン、SNS、アプリ市場、決済システムなどの広範なネット上の活動の基盤
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