2014.10.16

EU-JAPAN

日欧双方が利するビジネス関係構築を目指す

日欧双方が利するビジネス関係構築を目指す

駐日欧州連合(EU)代表部や加盟国大使館、在日欧州経済団体などと連携を図り、日本政府に開かれた貿易、投資の環境を創設するための政策提言、提案を行っている欧州ビジネス協会(EBC)。同協会にとって、交渉中の日・EU自由貿易協定(FTA)の行方やアベノミクスの動向は、目下最大の関心事といえる。2014年2月に同協会会長に就任したダニー・リスバーグ氏に、これからの日欧関係や日本経済再生の条件などについて伺った。

 会員企業の「共通の目標」を見極めるため、意見集約に奔走の日々


EBCが毎年作成している日本の商環境の動きをまとめた報告書の2013年版は、アベノミクスの三本の矢に貢献することを目指して、「第四の矢」と題されている
出所:欧州ビジネス協会

日本で欧州のビジネスを代表する。それがどのような責任を伴うのか、即座に想像するのは難しい。1972年の設立以来、在日欧州企業の通商・投資環境の改善を目指して活動を続けているEBCは、「在日欧州(連合)商工会議所」として欧州各国の在日商工会議所を束ね、情報通信技術、自動車、医療機器など28(2014年10月現在)に及ぶ産業別委員会が抱えるさまざまな問題に対応しなければならない。2,500を超える企業や個人会員に貢献する、共通の目標を見極めるのは容易ではない。

2014年2月にEBCの新会長となったダニー・リスバーグ氏の本業は、フィリップス日本法人の代表取締役社長。一企業の立場を越えてメンバーの声を代表すべく、この半年間でさまざまな意見の集約を行ってきた。EBCは委員会ごとに規模も異なり、組織的なサポート体制に恵まれた大規模な委員会もあれば、数社で構成するボランティア頼みの委員会もある。「小規模な委員会にもそれぞれの強みがあります。例えば人的資源委員会はネットワーキングに優れ、税制委員会は法律の知識が豊富。一方、情報通信技術や自動車のように、全業種に有益な情報を持っている委員会もあります。このようなノウハウを全委員会で共有することもEBCの仕事です。各委員会の意見を聞いた結果、会員の要望の7割くらいが共通していることが分かってきました」。

これまでもEBCでは副会長や医療機器委員会の委員長を務めてきたリスバーグ氏だが、最大の関心事はやはり日本との自由貿易協定(FTA)締結に向けた交渉だ。日本とEUは、2013年3月からFTAと戦略的パートナーシップ協定の並行交渉を開始しており、直近の日・EU首脳協議で日本の安倍総理は、2015年内の交渉妥結を目指したいと発言している。EU側交渉団へのタイムリーな情報提供など、交渉を陰でサポートしてきたリスバーグ氏は「FTA締結は数十年に一度の大きな節目。方針を打ち出すだけでなく、特定の法律や慣行を変えていかなければなりません。200以上の交渉項目がある中、どこまで緻密にEUサイドの交渉のサポートができるかが鍵。内容が薄い拙速な交渉にならないよう、膨大な数の法律を理解して、事実ベースの議論をする必要があります」と、性急な妥結には慎重な姿勢を見せている。

景気面でアベノミクスは評価するが、問題は「どう持続させるか」

EBCは、欧州企業の日本におけるビジネスを支援する組織である。しかしビジネスは一方向ではなく、相互に成長することで新しい機会を創出するのがリスバーグ氏の狙いでもある。「欧州企業は、日本のパートナーを探して共にイノベーションを起こそうと考えています。EUと日本が共に経済を発展させることでビジネスが増え、双方の国民が利益を得ます。健全な競争環境を作れば、勝者以外の企業にも必ずメリットが出てくるはずです」。

リスバーグ氏は、アベノミクスに対する評価も冷静だ。「円安については賛否両論がありますが、いわゆる『三本の矢』のうち、1本目と2本目の矢は株価を上げ、景気を好転させました。10年前は考えられなかったことが、実際にできています。問題は、これをどう持続させるか。3本目の矢である構造改革は進んでおらず、GDP成長率にも影を落としています。先日、ある会合で『3本目の矢は、1本の矢ではなく、何千本もの針だ』という意見を聞いてなるほどと思いました。また、アベノミクスの柱と位置付けられている国家戦略特区構想における外資系企業への優遇策については、まだ具体的な情報が出揃っていないのも懸念するところです」。

日本の経済界との意見交換は、日・EUビジネスラウンドテーブル(BRT)で活発に行われている。毎年、日本とEUの経済界の代表が共同で双方の首脳にビジネス環境の改善を提言するBRTを通じて、経団連や経済同友会のメンバーと直接ビジネスの話ができる機会は極めて貴重だ。「目標を共有できる部分は合意をまとめ、合意できない部分についてはEUの立場を説明しています。共同提言書の作成には大変な時間がかかります。言葉のニュアンスひとつを巡って文案が何十回も往復したり、合意寸前の文書に少し手を加えただけで大幅に削除されたり。なぜこの言葉にこだわるのだろうと考えるうちに、相手のスタンスが正確に分かるようになってきました」。

東京で開催された第16回日・EUビジネス・ラウンドテーブル(BRT)年次会合。米倉弘昌氏(住友化学株式会社 代表取締役会長)、ファブリス・ブレジエ氏(エアバス最高経営責任者)が共同議長を務めた(2014年4月8日、9日、東京・帝国ホテル) 写真提供:http://www.eu-japan-brt.eu/ja

縦割り行政の改善には、ルールの統一と問題の可視化が重要

日本と欧州の企業が共に望んでいるのは、構造改革と規制緩和だ。海外から見れば日本の中でさえ統一できていないルールがたくさんあるという。「ある省庁が定めたルールを、別の省庁が政策上の理由から軽視するなど、省庁ごとに方針が異なる例は少なくありません。消費者の利益にならない過剰なルールもあり、指摘しても当の省庁では問題の所在にさえ気付いていないことがよくあります」。

リスバーグ氏は「海外から見れば日本の中でさえ統一できていないルールがたくさんある」と指摘する(フィリップス日本法人本社、東京・港区)

国全体の方針が統一されていない上に、担当官が交代するたびに数年間の交渉が振り出しに戻ることも。関係者が実現を急ぎ、政府がゴーサインを出している事案でも、認可を出す財団の理事会の開催が年に一度きりだと、書類を待つだけで1年が過ぎる。とにかく我慢強く交渉を続けなければならないのが現状だ。「縦割り行政が改善されないのは、自省の権益を守りながら、他省の改善だけを求めているから。ルールを統一して遵守し、問題を可視化してみんなで理解すれば、解決方法は意外に簡単に見つけられるはずです」。

リスバーグ氏の専門は医療機器である。日本の複雑なルールは、日本の医療機器メーカーが海外でビジネスをする際にも障壁となっているという。「日本医療機器産業連合会(医療機器、器材や用品等の開発、生産、流通に関わる団体などで構成)と、EBC医療機器委員会が要望していることは8割ぐらいがまったく同じで、合意も文書化されています。品質マネジメントシステムや国際整合性の改善を進めることで、日本のルールで開発したものも海外で使えるようになります」とリスバーグ氏。

目下の大問題は、医療データの取り扱いにある。クラウドを含む情報技術(IT)はあるが、患者の治療情報に関するルールが日本では何も決まっていない。「診察データのオーナーシップが明確になっていないため、セカンドオピニオンを求めた患者が、別の病院で同じ検査を二重三重に繰り返しています。また慢性疾患で療養中の患者が自宅で亡くなると必ず警察の捜査が入るため、医師も、看護師も、医療機器メーカーも、認可を出す官僚も、自分に責任が及ぶのを恐れて在宅医療の技術革新に積極的ではありません。医療関係者全員が萎縮してイノベーションが起こりにくい環境になっているのが問題ですね」。

交渉の秘訣は「お互いが前向きになれることを見つけ実行に移すこと」

交渉にあたってリスバーグ氏が心掛けていることは「相手の問題点を指摘するだけのクレーマーにならず、お互いが前向きになれることを見つけ実行に移すこと」(フィリップス日本法人本社、東京・港区)

外資系企業が日本に進出し、ビジネスを展開していく上で障壁はつきものだが、豊富な経験を持つリスバーグ氏には、交渉を前進させる戦略がある。「相手の問題点を指摘するだけのクレーマーにならず、できる限りお互いが前向きになれることを見つけて実行に移すこと。まずは良いことから始めれば、徐々に協働はうまくいくはずです。会社でも、社員が問題を理解して、お客様のために力を尽くそうという気持ちにならない限り問題の解決は望めません」。

フィリップスの日本法人で代表取締役社長を務めるリスバーグ氏には、もちろん企業経営者としての目標もある。「外資系企業のリーダー的存在になること。当社はヘルスケア(医療)、ライティング(照明)、コンシューマーライフスタイル(家電)の3事業を展開しているので、日本の産業界を横断的に取りまとめる立場を目指しています。また、10年先、30年先に、社員が転職や起業をするときになって、『フィリップスで働いてよかった』、『仕事が変わってもフィリップスが大好きだ』と言ってもらえる会社にするのが目標です」。

近年、フィリップス社は日本市場に「ノンフライヤー」「ヌードルメーカー」といった斬新な家電を次々と送り出してきた。日本人の生活感覚を知り尽くしたリスバーグ氏は、もちろんこの方針を堅持するようだ。「オランダ人の好物であるフライドポテトはもちろん、ヘルシーな和風の揚げ物を簡単に作れるのがノンフライヤー。また、日本の家電メーカーが敬遠していた分野にあえて進出したのがヌードルメーカーです。どちらの製品も、安全で、おいしくて、楽しくて、ヘルシーで、簡単であることが特長。日本も多くの女性が働く時代になり、時間や手間をかけずに生活を豊かにする製品を提供したいと考えています」。

日本市場に投入し人気を集めている「フィリップス ノンフライヤープラス」(左)と、「フィリップス ヌードルメーカー」(右) 写真提供:フィリップス エレクトロニクス ジャパン

若い頃からサーフィンが大好きで、最近は山で沢登りや釣りも楽しんでいる。大の犬好きで、2匹のイタリアングレイハウンドも家族の一員だ。今回の日本滞在はもう23年。このインタビューにも、完璧な日本語で答えてくれた。

相手の意欲を引き出し、協力関係を築くリーダーシップ。細部に目を配りながら、粘り強く合意を目指す交渉術。引き続きのFTA交渉のサポートを通して、リスバーグ氏はきっと日本とEUの双方にさらなる利益をもたらしてくれることだろう。

プロフィール

ダニー・リスバーグ Danny Risberg

1999年にレスピロニクス(現フィリップス・レスピロニクス)に入社。アジア太平洋部門セールス兼マーケティング副社長、アジア太平洋部門副社長兼中国ゼネラルマネージャー、国際部門副社長兼CEOなどの要職を経て、2005年にフジ・レスピロニクス社、社長兼CEOに就任。その後、フィリップス エレクトロニクス ジャパン ヘルスケア事業部執行役員 兼COO(最高執行責任者)を経て、2010年1月からフィリップス エレクトロニクス ジャパン代表取締役社長およびフィリップス・レスピロニクス合同会社職務執行者社長兼務。また欧州ビジネス協会(EBC)においては、2010年4月より医療機器委員会委員長を、さらに2012年6月からは副会長を務め、2014年2月に会長に就任。

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