世界の人権擁護をリードするEU

© European Union, 2012
PART1

EUにおける人権の位置づけ

人権思想の発祥の地である欧州が、世界的に見て人権の先進地域であることは疑いない。欧州連合(EU)に先立って発足した欧州評議会が1950年に制定した欧州人権条約(1953年発効)は、世界人権宣言に基づいて自由権を規定した世界最初の条約となった。
参考1⇒EU基本権憲章と欧州人権条約

EUとしても、起源である経済共同体から発展を遂げる過程で、人権を法的に規定し、統合の基盤としてきた。ではそれ以降、東方へと拡大を進め、さらにはグローバル化の時代に突入する中で、人権問題への取り組みはどのようにシフトしつつあるのだろうか。EUにおける人権の法的、機構的な枠組みを概観するとともに、域内および対外的な位置づけを明らかにしていこう。

EUの人権に関する法的枠組み

人権—EUの法的枠組みと機構
1993年11月 EU条約(マーストリヒト条約)発効

2000年12月 EU基本権憲章調印

2007年3月 EU基本権庁発足

2009年12月 リスボン条約でEU基本権憲章に法的拘束力付与

EUにとって人権は、その発足とともに明確に規定された基本理念である。創設時に制定した基本条約(マーストリヒト条約、1993年発効)を見てみよう。前身の経済共同体の諸条約では明文化されていなかった「人権」が前文から登場する。

「自由、民主主義、人権と基本権の尊重、法の支配の原則に対する忠誠を確認する」(EU条約前文—1992年)

これがその後、複数回にわたる条約の改正を機に、「人間の尊厳」、「平等」、「少数者」を加える形で発展し、現行の条文となった。

「(欧州)連合は、人間の尊厳の尊重、自由、民主主義、平等、法の支配、ならびに少数派に属する人びとの権利を含む人権の尊重という価値に基盤を置いて成り立つ」(EU条約第2条)

ただし人権を含む基本権に関して包括的、具体的な言及がなされるのは、2000年調印のEU基本権憲章(英語全文)を待たねばならなかった。

憲章には(1)尊厳、(2)自由、(3)平等、(4)連帯、(5)市民権、(6)司法——の各章の下に、EU市民の基本的権利がまとめられている。
参考2⇒EU基本権憲章の主な条項

EU基本権憲章は2000年12月7日のニース欧州理事会(首脳会議)において調印された。調印者は左から、二コル・フォンテーヌ欧州議会議長、ユベール・ヴェドリーヌ仏(議長国)外務大臣、ロマーノ・プロディ欧州委員会委員長 ©European Union

EU基本権憲章の成立は、EUの存在意義が単なる経済共同体の段階を完全に終え、さらに本格的な政治的統一体へと向かって大きく一歩踏み出したことを意味する。事実、憲章は2004年調印のEU憲法の主要な一部となるはずだった。しかしEU憲法が批准に至らず、代わりに2009年に発効したリスボン条約によって、基本条約と同等の地位を有することが定められ、EU基本権憲章に法的拘束力が与えられるに至った。こうして人権は、法的に裏打ちされたEUの基本理念として確立され、欧州統合プロセスの重要な基盤となっている。

EU人権政策の広がり

では、EUが政治的主体としての一貫性、整合性をもつ上で、人権は「政策」としてどのように機能しているのだろうか。加盟国に共通の価値として域内で人権を擁護し、促進するのはもちろんだが、対外的にも人権の尊重を求めていくことが重要となることに注目しよう。これは、EU条約にも明記されている。

国際舞台での(欧州)連合の行動は、その創設、発展、拡大における理念となり、世界の他の地域での推進をめざす諸原則に則っている。その原則とはすなわち、民主主義、法の支配、人権および基本的自由の普遍性と不可分性、人間の尊厳の尊重、平等と連帯の原則、国連憲章と国際法の原則の遵守である」(EU条約第21条)

この原則をさらに「政策」として発展させたのが、欧州委員会とEU外務・安全保障政策上級代表が2011年12月12日に採択した共同政策文書(英文)だ。この中で人権と民主主義は、「対外行動の中核」と位置づけられている。

こうしてEUの人権政策は、域内にとどまらず、加盟候補国をはじめとする近隣諸国へ、さらに世界各国へと影響をもつものとなった。そしてその政策は、2012年6月25日の外務理事会において、行動計画を伴う戦略的な枠組み(「人権と民主主義に関する戦略的枠組み」)として採択され、具体的な実施に向けて新たな一歩を踏み出したところだ。この中で明確に述べられているように、EUは第三国、市民社会、国際機関との連携や対話を通じて、「世界中の人々が、人権と法の支配に基づいた自由で民主的な社会の中で自由で尊厳のある、安全な生活を送ること」を理想に掲げ、これを追求していく。

EUの人権に関する各国へのアプローチ

対加盟国
人権の尊重を徹底し、EU域内共通の価値を確立する。
対加盟候補国
加盟の条件として基本権憲章の遵守を要求する。
対途上国
経済支援の条件として人権状況の改善を求める。
対先進国
重大な人権侵害(死刑など)に抗議し、EUの立場を主張する。

EUの主な「人権ツール」

EUが世界の人権状況を改善していくための手段として用いている主なプログラムや機構を以下に挙げる。

■人権と民主主義に関するEUの戦略的枠組み

EUが対外政策の柱のひとつとして初めて明確に打ち出した戦略および行動計画。2012年6月25日、EU外務理事会で採択。
日本語抄訳

■EU人権ガイドライン

EUのガイドラインは、法的拘束力はないものの、閣僚レベルで採択されたEUの重要な指針を指す。人権の分野に関しては、以下の8つのガイドラインがある。

  1. 死刑制度(2008年)
  2. 拷問・その他の残虐で非人間的な取り扱い(2008年)
  3. 第三国との人権対話(2009年)
  4. 子どもと武力紛争(2008年)
  5. 人権擁護者(2008年)
  6. 子どもの権利の推進と保護(2008年)
  7. 女性および少女に対する暴力 あらゆる形の女性差別との戦い(2008年)
  8. 国際人道法(2009年)

以上をまとめた『EU人権ガイドラインと国際人道法』(2009年)のダウンロードはこちらから。

■民主主義と人権のための欧州機関 (EIDHR)

2006年、それまでの「民主主義と人権のための欧州イニシアチブ」(2000年~)に代わって発足。市民社会との効果的な連携を人権政策の成功の要と位置づけ、人権および基本権が尊重されていない国や地域に対して、その強化を促す活動を行う。公共および民間の諸機関、人権擁護団体などへの助成も含め、予算は2007-2013年で11億400万ユーロにのぼる。

以下にEIDHRの支援活動の一部とその成果を紹介する。

・公正な選挙実施(ハイチ)

EIDHRは、政情不安に加えて震災で混乱するハイチの民主化支援として、130人の選挙監理委員と3,000人の選挙監視員を養成した。その結果、2010年11月から一連の大統領選挙、総選挙が実施され、2011年5月のマルテリー大統領誕生に至った。

ロマの子どもたち ©European Union/Reporters

・ロマの社会的統合(ウクライナ、モルドバ)

東欧や旧ソ連諸国では、ロマの社会的疎外が深刻。EIDHRは、特にウクライナ、モルドバの両政府に対する欧州評議会の協力プロジェクトを支援し、ロマの社会経済的地位の改善と社会的統合を進めている。中でも、子どもの教育、女性の社会進出、医療を受ける機会の充実に重点が置かれている。

・危機にある子どもたちの支援(ブラジル、ネパール、コンゴ民主共和国)

ブラジルのアマゾン地域パラ州は、貧困により子どもの強制労働や虐待が横行しており、人権侵害が最も深刻な地域のひとつ。EIDHRは、こうした被害を受け、施設に保護された子どもたち800人の教育支援を行っている。また子どもの権利擁護の分野で働くソーシャルワーカーを支援している。

ネパールでは、2006年まで11年間続いた内戦の間、少年兵だった子どもなど4,000人に対するカウンセリングや教育支援を行った。

コンゴ民主共和国には、紛争の結果、売春以外に生きる術がない少女が多く存在する。EIDHRは、こうした少女や若い女性800人に読み書きの教育や職業訓練を与えるための支援を行っている。

参考資料

世界の人権と民主主義に関するEU年次報告書2010年(英文)

■EU基本権庁

欧州人種差別監視センターを前身として、2007年に発足。域内の人権・基本権の侵害に関する情報の収集、EU諸機関や加盟国に対する専門的な助言の提供、市民に対する広報活動を中心に行う。EU域内の基本権に関する状況を包括的にまとめた年次報告のほか、反ユダヤ主義、ロマ社会など個別のテーマでも随時、報告書を発表している。2012年4月には、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルおよびトランスジェンダー(LGBT)の人びとに対する差別のデータをEUレベルでまとめた初の「ヨーロピアンLGBTサーベイ」を立ち上げた。

■在外公館ネットワーク

世界130カ国以上のEU代表部が各国の人権状況を定期的に報告するとともに、現地の人権擁護者を支援し、保護する。また、人権に関するセミナーやシンポジウム等のイベント開催を通じて、各国市民の注意を喚起し、意識を高めることに努めている。

■人権対話

戦略的パートナー国を含む第三国を対象に、各国の人権状況に応じた対話の場をもち、積極的に人権問題を提起し、建設的な連携を求めていく。EUの外交にとって人権問題が重要な案件となる中国とは、1995年以来、毎年2回の人権対話を開いており、最近では5月29日にブリュッセルで第31回EU・中国人権対話が開催された。

中国以外の「構造的人権対話」の相手国および地域は、アフリカ連合、アルメニア、ベラルーシ、グルジア、インドネシア、イラン(2006年以降中断)、カザフスタン、キルギス、モルドバ、タジキスタン、トルクメニスタン。

世界の人権状況改善に共に取り組む戦略的パートナーには、日本、米国、カナダ、イスラエル、ニュージーランド、ロシアのほか、EU加盟候補国であるクロアチア、アイスランド、トルコ、マケドニア旧ユーゴスラビア共和国が含まれる。

EU基本権憲章と欧州人権条約
欧州には、EU基本権憲章の成立以前に、人権と基本的自由の保護をうたった条約が存在している。欧州評議会の加盟国間で1950年に調印され、1953年に発効した欧州人権条約である。同条約に定められた条項の侵害に対する訴訟は、欧州人権裁判所(1959年、仏ストラスブールに設置)が管轄する。

EUの加盟国はすべて欧州評議会にも加盟し、欧州人権条約を批准しているが、EU単位での同条約締結は、リスボン条約に明記されているものの、法的解釈をめぐる問題によりいまだ実現していない。また、加盟国に対して法的拘束力をもつEU基本権憲章と異なり、欧州人権条約に基づく欧州人権裁判所の判決は、加盟国に対して勧告以上の強制力をもたない。

なお、EU基本権憲章には、欧州人権条約に規定された基本的な権利に加えて、個人情報保護、生命倫理,適正な行政を受ける権利、環境に対する権利、障害者の権利など、時代の変化に応じて保護が必要となっている新たな項目が含まれているのも特徴だ。

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EU基本権憲章の主な条項
第1章 尊厳
生存権の保障、拷問・奴隷・死刑の禁止など第2章 自由
私的・家庭生活の尊重、個人情報の保護、思想・信教・表現・集会・結社の自由、教育・職業の権利、財産権、庇護を受ける権利(亡命権)など

第3章 平等
法の下の平等、差別の禁止、文化・宗教・言語の多様性、子ども・高齢者・障害者の権利など

第4章 連帯
労働者の権利、社会保障・医療を受ける権利、環境保護、消費者の保護など

第5章 市民権
選挙権、適正な行政を受ける権利、移動・居住の自由など

第6章 司法
効果的な救済・公正な裁判を受ける権利、推定無罪・法律遵守・不遡及の原則など

第7章 一般規定
憲章の適用と解釈

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