EUの新戦略「Trade for All」― 万人が貿易の恩恵を受けるため

© European Union, 1995-2016
PART 2

新戦略の内容と今後の貿易交渉への影響

新戦略は「Trade for All」の名の通り、できる限り多くの人々の利益を確保することを目的としている。PART2では、「全ての者に貿易の恩恵を」とする新戦略が想定する受益者と、その内容、および新戦略が今後の貿易交渉に及ぼす影響などを解説する。

消費者―社会や環境の保全に配慮した物品の提供を可能に

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欧州連合(EU)の開かれた貿易政策によって、消費者はすでに多くのモノをより安価に手に入れている。新戦略の下で締結される新たな貿易協定は、この状況をさらに拡大しながら、消費者の安全を守ることを目指す。欧州委員会は、貿易が価格や商品の選択肢にどれだけ影響を与えるかについてより詳細に分析していく。

また、新戦略では、消費者が購入する商品について信頼を高める行動を促している。欧州委員会は欧州の消費者、環境および社会を守ることを誓っており、この原則が将来EUの締結する貿易協定でも順守されることを約束している。これにより、消費者は商品がどこでどのように作られたのかを知り、人権を尊重し社会・環境の保全に配慮して作られた商品だという信頼の下に購入できるようになる。

労働者―効果的な貿易協定で、より多くの経済機会を創出

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将来の経済成長の9割が欧州域外で発生することを踏まえ、欧州内の雇用問題を考えることが肝要だ。新戦略は、貿易協定の効果を高めることで欧州の雇用を増やし、より多くの経済機会を創出する。現在交渉中の日本や米国との貿易協定がまとまり、新たにアジア太平洋地域や中南米などの国々との交渉が始まれば、輸出関連業種の雇用をさらに創出することができるだろう。

将来の自由貿易協定は、世界中で労働者の権利尊重を推進するための拘束力の強い条項も含む。貿易相手国が児童就労の廃止、労働者の団結権、職場での差別の撤廃といった主要な労働基準規定を施行することを優先事項とする。自由貿易協定(FTA)には、国際的に労働権を促進するための明確な条項を含むこととする。交渉中の環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP)にはこれらを含む重要な規定が明確に盛り込まれることとする。 

中小企業―中小企業向けの特別条項を提案し、利益を得やすい環境に

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欧州企業の9割が中小企業であるという実態を踏まえ、新戦略は中小企業の成長にも重点を置いている。あらゆる貿易交渉において中小企業に関する特別な条項を提案することで、貿易協定が生み出す機会から中小企業が利益の得やすいような道筋を付ける。そのために、製品の法的必要条件を明記した専用ウェブポータルを設け、中小企業が情報にアクセスできるような配慮を貿易相手国に要請することや、貿易協定における全ての項目について中小企業の懸念を考慮に入れることなどを求めていく。

欧州委員会は、貿易協定をEU加盟各国の中小企業のグローバル化支援戦略に落とし込むサポートをする。

途上国―開発支援の立場を強固にし、さらに公正で倫理的な貿易に

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新戦略は、EU市民のみならず、途上国の人々にも利益をもたらす。EUは世界最大の輸入額を誇る地域であり、EUの開かれた奥行きのある市場は途上国の人々にとって多くの収入を得る重要な場所だ。新しい戦略は、この基本的な開発支援の立場を強固にするものである。EUはこれまでも国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の実現に向けたもっとも強力な支持者であり、持続的開発の推進を積極的に貿易政策に盛り込んできた。

これを世界中で推進するのもEUの役割である。貿易を行う中で人権に対する懸念を取り上げ、EUとの貿易が人権侵害撲滅に最も効力を発揮するであろう途上国、特に一般関税特恵制度の恩恵を受けている国々との対話をいっそう活発化する。公正で倫理的な貿易を支え、サプライチェーンを責任をもって確実に管理することが、小規模生産者により持続可能な貿易機会をもたらし、貧しい国々の労働者によりよい労働条件を与える。

新戦略が今後の貿易交渉に及ぼす影響

新戦略は、WTOドーハラウンド、TTIP、日・EU自由貿易協定(FTA、日本では経済連携協定・EPA)、EU・中国投資協定など、現在交渉中の大型案件の妥結に向けたさまざまな優先順位を明らかにする。さらに、活況なアジア太平洋地域(豪州、ニュージーランド、フィリピン、インドネシアなど)との新たなFTA交渉への道を開き、アフリカ諸国との関係強化を進める。また、メキシコおよびチリとの間に結ばれた現行のFTAや、トルコとの関税同盟を見直す際にも新戦略を適用する。

2013年4月以降、ほぼ3年で14回の交渉を行った日・EUのFTAについて、双方は2016年内に合意することを目指している。12カ国が参加する環太平洋パートナーシップ協定(TPP)との比較について、駐日EU代表部のティモ・ハマレーン通商・経済部部長は「EUは米国よりも多くを望んでいるわけではなく、米国が日本から得られた結果とは違うものを目指している。日本とEUの間には、日米間とは異なる利害関係があり、例えば、TPPは米や小麦など多くの基礎農産物を対象としているが、EUは(同じ農産物でも)加工品に関心がある。TPPはさまざまな発展度合いの国々が合意する必要があったため、妥協の産物という側面もあったように思う。それに比べると、日本とEUのFTAはより高次元の要望を満たし合う協定になるはず」と分析する。

日本とのFTA交渉に臨む、EU側首席交渉官のマウロ・ペトリチオーネ欧州委員会通商総局次長(当時はアジア・ラテンアメリカ局長)(2014年1月27日、ブリュッセルでの第4回交渉会合にて) © European Union, 1995-2016

EUの新戦略が求める透明性について、ハマレーン部長は、「日本は交渉時の情報公開にとても用心深い。交渉は秘密になりがちで、ごく少人数のグループしか交渉の内容を知り得ない。しかし、(EU側は市民に情報開示を行う責任があるので)日本とEUの交渉は、TPPよりも開かれたプロセスになるだろう。ただし、EUが一方的に情報を開示することは交渉で不公平となるので、この点については、欧州委員会が現在検討している」と説明する。

新戦略の「万人」が意味するのはEU市民だけではない。貿易政策の透明性を高め、交渉者が互いの市民社会への説明責任を果たすことで、双方の国や地域のできる限り多くの人々に恩恵をもたらす貿易が実現できるのである。