2017.2.12
FEATURE
欧州には「ポップス」という音楽形態を共有しながらも、各加盟国が個性溢れるサウンドやスタイルを競い合っている独特な音楽シーンがある。その中で頭角を現したアーティストに与えられるのが、EUの「ヨーロピアン・ボーダーブレーカーズ賞」。欧州ポップスの魅力と2017年の受賞者を紹介する。
2017年1月11日、オランダ北部フローニンゲン市のコンサート会場に歓声が上がり、欧州連合(EU)加盟国で活躍する10組の新星アーティストがステージに登場した。彼らこそは、「国境(ボーダー)」も「既製の音楽スタイルの枠」という境界(ボーダー)も打ち破り、明日のユーロ・ポップを生みだすボーダーブレーカーズ。欧州の音楽シーンから一目置かれる、2017年の「European Border Breakers Awards(ヨーロピアン・ボーダーブレーカーズ賞、EBBA)」受賞者たちだ。この賞を紹介する前に、まずは、欧州ポップス事情について少し触れてみることにする。
私たちが日々耳にする音楽は、ジャンルにかかわらずその国固有の文化ルーツを反映している。ポピュラー音楽には、日々の暮らし、例えば「馬の走る躍動感」や「糸を紡ぐリズム」などから育まれた「ビート感」が遺伝子のように受け継がれている。メロディーも同様に、現代のシンガー・ソングライターがふと口ずさんだフレーズに、出身国の伝統的な音階が無意識に使われていることは多い。「その国固有」と言っても、欧州では長い歴史の中で国境そのものが変化を続けてきた。今まで隣の国、隣の民族が奏でていた音楽が混じり、新しいリズムや調子が作られる。それは、古くから盛んな大陸内での移住や交易による影響も計り知れない。ここでは、はるか以前から異なる音楽がぶつかり合って新しいサウンドとなることが当たり前に繰り返されてきた。
このような歴史的な背景もあって、欧州にはバラエティ豊かな音楽が満ちている。グローバルな影響力を持つアーティストがそこから飛び出すことも珍しくない。過去を振り返ると、親しみやすいメロディーとサウンドで世界中を虜にしたABBAはスウェーデンのバンドだ。機械的なビートが売り物のテクノミュージックはドイツが本場。そこから、フランス出身のDJ デヴィッド・ゲッタや、日本のアーティストとも繋がりの深いオランダのDJアフロジャックなどにより、テクノは世界中のダンスクラブを席巻している「エレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)」へと進化した。EDMは当初ユーロ・ダンスと呼ばれていたくらいだ。このようにクリエィティブなエネルギーが渦巻く中で、欧州から国際ステージでの成功へと向かいつつある新しいアーティストに与えられるのがEBBAだ。
EBBAは2004年にスタートし、現在は欧州連合(EU)の産業振興策「クリエィティブ・ヨーロッパ(Creative Europe)」※1の文化・クリエイティブ産業振興プログラムに組み込まれている。目的は、人や物が自由に移動できる単一市場の強みを最大限に活かし、国境を越えた音楽の流れを盛り上げること。そして、欧州のポピュラー音楽全体を「単一市場における産業の一つ」として捉え、国際的な音楽市場への進出力を高めることだ。EU加盟国および、欧州の非加盟国のうち「クリエィティブ・ヨーロッパ」(注)が参加を認める国々において、その年に初めて出身国外で楽曲を発売したアーティストが対象となる。その中から楽曲の売り上げ、コンサートの集客数、欧州放送連合(EBU)加盟ラジオ局で放送された回数などを基準とする審査を経て選ばれた10組に賞が与えられる。
2009年からEBBAの授賞式とコンサートは、オランダのフローニンゲン市で毎年1月に開かれる「ユーロソニック・ノールダースラフ(EUROSONIC NOORDERSLAG)」ミュージックフェスティバルの一部として行われるようになった。オランダ国営放送によって録画され、共同運営組織であるEBUの加盟局から各国に放送される。4日間にわたり欧州アーティストのライブと、ポップカルチャーにちなんだコンファレンスが行われるユーロソニック・ノールダースラフは、チケットが発売開始から1時間以内に全て売り切れてしまう、人気のフェスティバル。EBBAの授賞式はフェスティバルの幕を開けるオープニングアクトの役割を果たしている。
長年EBBAの司会を務めてきたのは、英国放送協会(BBC)で20年以上続く自分の音楽番組を持つ、英国人ブルースピアニストのジュールズ・ホーランド。彼の番組は、独立系のアーティストや往年の名プレーヤー、一風変わった新人などをヒットチャートに関係なくゲストに呼ぶことで定評があり、EBBAのプレゼンターとしては最適な人物と言えよう。
過去の受賞者からは、英国のアデルや、モデル、歌手、元フランス大統領の妻としても知られるカーラ・ブルーニ・サルコジ、ソウルシンガーのエミリー・サンデーなど国際的スターが数多く生まれている。アデルは2009年に受賞し、その後12年に映画『007 スカイフォール』の主題歌を歌ってアカデミー賞、グラミー賞、ゴールデングローブ賞、ブリット賞などを総なめに。さらに2017年のグラミー賞では、最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞の主要3部門を含む5冠を達成している。そのほかにも、前述のDJアフロジャックや、ダンサブルなアルバム『Clarity』でグラミー賞を獲得、レディ・ガガやアリアナ・グランデなどのアルバム・プロデュースも手がけるドイツのゼッドも、EBBAがその才能をいち早く評価したアーティストの例だ。
今年の受賞者10組は、例年にも増して個性的な顔ぶれとなっている。英国のデュア・リパは、欧州市民によるオンライン投票で決まる「ピープルズアワード」も合わせて受賞した。コソボからロンドンに移住した両親の元に生まれた21歳の彼女は、父親も自国では有名ミュージシャン。メランコリックなメロディーに挑発的な歌詞の組み合わせで注目された。また、フランス生まれのジェインは、アフリカや中近東に住んでいだ時に吸収した民族音楽をおしゃれなサウンドに包み、人気上昇中だ。
2017年EBBA授賞式のハイライトシーンが動画で配信されている 出典:EBBA 2017 SHOW HIGHLIGHTS
2017年EBBA受賞者リスト
(各アーティスト横の動画をクリックすると、プロモーションビデオをご覧いただけます)
アラン・ウォーカー (ノルウェー) |
|
デュア・リパ (英国) |
|
エラ・イスタフィ (アルバニア) |
|
フィロウス (オーストリア) |
|
ハインズ (スペイン) |
|
ヤーコ・エイノ・カレビ (フィンランド) |
|
ジェイン (フランス) |
|
ナミカ (ドイツ) |
|
ナタリー・ラ・ローズ (オランダ) |
|
ウォーキング・オン・カーズ (アイルランド) |
2017年のEBBAを受賞したデュア・リパとナミカは「EBBAに認められたことは、アーティストとしての成功に向かって正しい道を歩いているという証しだと思う。『このまま進めばいいんだ!』という自信をもらえた」とコメントを寄せている。ユーロ・ポップは盛り上がり続けている。今年の受賞者の中からもきっと、グローバルなスーパースターが生まれるに違いない。
EBBAのウェブサイトでは、過去の受賞者の動画を見ることもできる。
新文化産業策 クリエイティブ・ヨーロッパ(EU MAG 2014年10月号)
※1^ EUの文化産業振興策。2014年1月1日に始動し、2020年までの7年間で総額14億6,000万ユーロの予算が組まれている。EBBAは、「欧州文化首都(European Capitals of Culture)」、「欧州遺産ラベル(European Heritage Label)」、「EU現代建築賞(EU Prize for Contemporary Architecture)」などEU独自の文化・クリエイティブ産業振興プログラムの一つ。非加盟国でプログラムに参加できる国々のリストはこちら
2024.12.5
FEATURE
2024.11.30
EU-JAPAN
2024.11.15
WHAT IS THE EU?
2024.11.7
EU-JAPAN
2024.11.6
EU-JAPAN
2024.10.21
FEATURE
2024.10.28
Q & A
2024.11.6
EU-JAPAN
2024.11.7
EU-JAPAN