2021.7.21
Q & A
EUは2021年4月に「インド太平洋地域における協力のためのEU戦略」を採択。世界が新型コロナ感染症の大流行から回復し始める中で、民主主義、法の支配、人権、国際法といった自身の核心的価値の推進に基づき、あらためて同地域の安定に積極的に関与していく姿勢を表明した。この画期的な戦略のねらいと主なポイントを説明する。
21世紀に入って20年、アフリカ東岸から太平洋島嶼国までを包含するインド太平洋地域の人口は世界の60%を占め、世界の国内総生産(GDP)の60%を創出、この地域の成長が世界の経済成長の3分の2に寄与するなど、経済的・戦略的に非常に重要な地域となっています。
インド太平洋地域には中国、日本、インドの3経済大国があり、また、この3カ国ならびに韓国と東南アジア諸国連合(ASEAN)は、EUの戦略的パートナーです。2030年までに新たな中産階級として24億人が世界経済に参入すると見込まれていますが、その90%をこの地域の住人が占めると言われています。
また、近年の世界特許出願件数の3分の2がインド太平洋地域の国々からの出願であるなど、この地域は、デジタル経済および関連技術開発の最前線にあり、グローバルなバリューチェーンや国際貿易・投資の流れの中核となっています。さらに、世界の海上貿易の60%はこの地域の海洋を通過し、特に南シナ海を通る貨物だけで全体の約3分の1を占めています。国際貿易の大きな主体であるEUは、この地域の海上輸送ルートが自由で開かれた状態に保たれることに強い関心を抱いています。
インド太平洋地域における国際協力は、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成など、世界共通の課題に国際社会が取り組む上で極めて重要です。EUは長年にわたり、この地域において開発協力と人道援助を実施し、気候変動や生物多様性の損失、環境汚染への取り組みに寄与し、航行の自由や人権を含む国際法の遵守に貢献するなど、一貫して大きな役割を果たしてきました。
世界がコロナ禍からの脱却を目指す中、欧州とアジアは双方の市民の幸福に資するよう、グリーンで持続可能な社会経済的回復に向けて今こそ協力しなければならないとEUは考えています。
「インド太平洋地域における協力のためのEU戦略」は、この地域に関わるEUの政策分野を全て網羅していますが、重要な分野においては付加価値をもたらす具体的な行動計画が含まれています。名称の通り、重点は「協力」に置かれています。
インド太平洋地域におけるパートナーとの協力
新たなパートナーシップ協定の締結や東南アジア諸国連合(ASEAN)との連携深化、地域ガバナンスの強化に向けた取り組みの支援
グローバルな課題に対する支援
人権の促進、気候・環境対策について連携する「グリーンアライアンス」の構築、海洋の保護、災害リスクの低減、公衆衛生など新たな重要分野への優先的対応など、世界共通の課題の解決への取り組みを支援
EUの経済的アジェンダの推進、サプライチェーンの保護
新たな自由貿易協定、世界貿易機関(WTO)改革に向けた協力、サプライチェーンの多様化など
安全保障・防衛分野における役割の遂行
サイバー脅威やディスインフォメーション(虚偽情報)、海賊行為といったリスクへの対応および航行の自由への支持
質の高い連結性(コネクティビティ)を確保
志を同じくする現地パートナーとの実践的な協力を通じ、質の高いインフラプロジェクトを支援・推進するなど、EUと同地域の間の連結性を確保
研究、イノベーションおよびデジタル化に関する協力の推進
インド太平洋地域内の専門技術力・知見を効果的に活用するため、高等教育や科学技術に関し志を同じくするパートナーとの協力の深化
前述の通り、インド太平洋地域は、世界にとっても欧州にとっても非常に大きな可能性を持っています。しかし、この地域における現在のダイナミクス(力学)を見ると、地域内の安全保障体制を欠く中で、地政学的な競争が激化し、貿易やサプライチェーンに対する圧力や、技術・政治・安全保障の分野における緊張が高まっています。さらに、人権の普遍性も脅かされています。こうした動きは、同地域内外の安定・安全をますます脅威に晒し、EUの利害に直接的な影響を与えています。
EUによるインド太平洋地域への戦略的アプローチは、長期的視点に基づいたものであり、国際舞台で行動するEUの能力の向上につなげることを目的としています。この戦略により、ルールに基づく国際秩序、公平な競争条件、貿易・投資のための開かれた公正な環境、相互主義、レジリエンス(強靭性)の強化、気候変動への取り組み、EUとの連結性向上などが促進されます。
日本との関連では、2021年1月のEU外務理事会会合に茂木敏充外務大臣が日本の外務大臣として初めて参加し、日本の「自由で開かれたインド太平洋」ビジョンについてEU側に説明しました。EUと日本は戦略的パートナーであり、インド太平洋地域においても志を同じくするパートナーであります。
また、米国との関係はバイデン政権の発足で再活性化し、欧米共通の関心分野で関与することを再び推し進めるようになりました。2020年12月にEUが発表した「A New EU-US Agenda for Global Change(グローバルな変革に向けたEU・米国間の新たなアジェンダ)」と題する政策文書では、インド太平洋地域について「志を同じくするパートナーと協力を深める」ための地域であると言及しています。
「インド太平洋地域」という概念は、さまざまな国や組織が外交政策の中に取り入れており、その意味するものはそれぞれが独自に定義しています。EUでは、「主に海洋で連なった、アフリカ東海岸から太平洋島嶼国までの連続した領域」と定めています。
例えば、日本(2007年)、オーストラリア(2013年)、インド(2014年)、米国(2017年)、ニュージーランド(2019年)およびASEAN(2019年)が独自にインド太平洋政策を採択しています。またEU加盟国では、フランス(2018年)、ドイツ(2020年)、オランダ(2020年)の3カ国が、この地域に関連する政策や指針を提示しています。
EUの「インド太平洋地域における協力のためのEU戦略」は、特にインド太平洋への取り組みをすでに発表しているパートナーと同地域への関与を深めていくことを強調しています。同時に、同地域に対するEUの今後の関与については、協力を希望するあらゆるパートナーを受け入れるとも約束しています。EUの戦略は、現実的かつ柔軟で多面的なものであり、共通の原則や価値、相互利益といった基盤をパートナーとEUが共有できる具体的な政策分野があれば、協力関係を構築できる内容となっています。
EUはインド太平洋地域において、対外直接投資(FDI)や貿易・開発協力を推し進める世界的リーダーとして、その経済的プレゼンスで広く評価されています。また、EUは持続可能な開発や気候変動対策といった分野で、信頼できるパートナーであると同時に先駆者としても認められています。
しかし、EUが行動をさらに高める余地がある分野もあります。 例えば、サイバー空間・宇宙・海洋領域での安全保障の提供などです。
EUは今回の戦略の下、パートナーの海上領域認識(海洋監視)能力向上を通じて重要な海上輸送ルートを保護する取り組みや、ソマリア沖・アデン湾で海賊対処活動に従事するEU海軍部隊「アタランタ作戦」とインド太平洋各国の海軍部隊との共同訓練や共同寄港の回数を増やすなどの取り組みに着目しています。
EUはまた、インド太平洋地域のパートナーに対して、EUの共通安全保障・防衛政策(CSDP)下の軍事・文民ミッションへの参加拡大を呼び掛けていきます。テロ対策、サイバーセキュリティ、海洋安全保障および危機管理の分野については、特定のパートナーとの協力を強化します。EUはインド太平洋での欧州の海軍の有意のプレゼンスは将来的に重要だと理解しており、EU加盟各国が海軍のプレゼンスのほか、それぞれに専門知識や資源を有する分野においてEU戦略に関わることを目指しています。
世界では新型コロナウイルス感染症により、多くの人命が失われ、経済も壊滅的な影響を受けました。インド太平洋地域も例外ではなく、EUは、甚大な影響から持続可能で包摂的かつグリーンな方法で経済や社会を復興し、より強靭な保健体制を構築するため、この地域の全てのパートナーと協力していきたいと考えています。この点において、EUはワクチンを世界各国に供給しており、そうした役割からもEUへの注目度はますます高まっています。
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