2012.11.21
FEATURE
「レジリエンス」という言葉を聞いたことがあるだろうか。「災害対応能力」と訳されることもあるこの言葉は、防災を考える上での重要な概念であり、東日本大震災という未曾有の災害を体験した日本が直面する課題でもある。そして、欧州委員会が人道支援・開発援助政策の中で新たに打ち出したのが、レジリエンス強化への取り組みだ。
日本では48年ぶりに10月9日から14日まで東京で開催された国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会では、欧州債務危機への対応を中心とした世界経済の安定が主眼となるテーマだった。一方、世界銀行と日本政府のイニシアチブの下で討議されたもう一つの大きなテーマが、災害に強い社会づくりのための防災への取り組み、それに伴う投資の必要性だ。
10月9日~10日に世界銀行と日本政府が共催した「防災と開発に関する仙台会合」では、各国政府・国際機関の幹部、市民社会の代表が集い、開発計画と一体のものとして防災に取り組むための課題を協議した。欧州連合(EU)からは、欧州委員会の国際協力・人道援助・危機対応担当のクリスタリナ・ゲオルギエヴァ委員が出席した。世界銀行によれば、この30年間で、自然災害による経済的損失は3倍以上に増え、累計は3兆5,000億ドルに達している。会合に参加した各国の閣僚たちは、途上国の開発支援で防災をより重視することで合意、政府や国際機関に対し、災害に脆弱な国々を災害に強い社会につくり変えるため、技術協力や資金支援を提供するとのコミットメントを再確認した。
今回IMF・世界銀行年次総会に出席したゲオルギエヴァ委員とアンドリス・ピエバルグス開発担当委員の2人は、来日前の10月3日、共同で欧州理事会、欧州議会に新たな施策を提案した。「災害対応能力を強化するためのEUの手法-食糧安全保障の危機の教訓(EU approach to resilience: Learning from food crisis)」(以下「EUの手法」)と題された提案では、レジリエンスを「個人や家庭、コミュニティー、国や地域が、内乱などの人災も含めた災害によるストレスやショックに耐え、適応して迅速に回復する能力」と定義している。
また、来日中、JICA研究所(開発途上国に関する諸問題を扱う研究機関)で行った講演の際に、ゲオルギエヴァ委員は「レジリエンス」に関して、あらためてこう解説している。「レジリエンスとはショックに対処する能力であり、その強化には3方向での投資が必要。耐震構造などのインフラや環境修復のための投資、訓練などにより人的能力を向上させるための投資、そして早期警告システムの構築を含む組織的能力を強化するための投資である」。
「EUの手法」によれば、レジリエンス強化の具体的な手段としては、例えば、頻発する自然災害(干ばつや洪水)による凶作などに備えた「季節的セーフティネット」プログラムの策定などが挙げられる。こうしたプログラムは大抵の場合現金給付を伴い、無条件給付もあれば、労働力の提供や職業訓練といった条件が付く場合もある。ハリケーンなどの周期的な災害、あるいは地震などの予知不能なリスクに関しては、防災を地域社会に根付かせるための援助が最も効果的だ。
「手法」は、EUが取り組んでいるアフリカ西部のサヘル地域および東部の「アフリカの角」における援助戦略を踏まえている。この両地域では、未曾有の干ばつを原因とする食糧危機のために、3,000万以上もの人々が飢えに苦しんでいる。昨年、「アフリカの角」地域は過去60年で最悪の干ばつに襲われた。人口増加、資源のひっ迫、不安定な情勢などのために、この地域の貧しい国々では、干ばつ被害への対応と復興がより一層困難になっている。一方、過去30年の干ばつで急速に砂漠化が進むサヘル地域では、この10年で3度の干ばつに襲われ、食糧危機に伴う栄養失調の深刻さは6月ごろにピークに達した。
こうした事態に対応するため、欧州委員会は本年、両地域を対象にした2つの戦略—SHARE(Supporting Horn of Africa Resilience)およびAGIR-Sahel (Alliance Globale pour l’Initiative Resilience)—を始動させた。
SHARE(2012年1月) | AGIR-Sahel(2012年6月) | |
---|---|---|
対象 | アフリカの角:エチオピア、ソマリア、ケニヤなどアフリカ東部 | サヘル地域:マリ、チャド、ブルキナファソなど西部の半乾燥地帯 |
背景 | 2011年に過去60年で最悪の干ばつに襲われ、影響は1,300万人以上に及ぶ。ソマリアの一部について国連が1992年以来の飢きんを宣言。 | 2012年の干ばつによる凶作で、1,800万人が食糧危機に陥っている。中でも深刻な状況にあるのは、人口20パーセントにあたる1,200万人の最貧層。 |
支援内容 | 2012年および2013年に2億7,000万ユーロ超の資金を提供。最も支援を必要としている人々に的を当て、国連機関、NGOなど欧州委員会の人道支援パートナーを通して、提供される。小児の栄養失調の治療、天然資源、家畜衛生、貿易などの管理の向上、農業(営農の改善と適応、小規模灌漑)、代替所得を創出する活動、基本的なサービス(水、衛生)など多様なプロジェクトが対象。 | 欧州委員会のイニシアチブの下で、国連機関や各国政府、人道・開発援助の機関が連携して援助を展開。援助対象国の政策に、脆弱層向けセーフティネットの構築、早期警告システム、保険の活用などの防災戦略を組み込む体制づくりなど、より広範で長期的な支援を目指す。今後3年間で7億5,000万ユーロに相等する援助を実施する予定だ。 |
こうしたアフリカでの実績に基づき、人道支援・開発援助の両面から、多面的・長期的な取り組みで、食糧危機などの根本的な原因解決に向けた戦略をまとめたのが「EUの手法」だ。援助対象国の政策枠組みや戦略にレジリエンス強化をしっかりと組み込むことを目指す。援助支援ネットワークでの情報共有などを通じての早期警告システムの構築、保険業界との協力強化などが、さらなる課題だ。提案内容は、以下のようにまとめることができる。
(1)レジリアンス強化をEUの援助資金の重点ターゲットにする。
(2)効率的で効果的な援助のための戦略的アプローチ
(3)災害リスク評価の向上とリスク管理の強化
さまざまな災害リスク(大規模災害などに対する予防対策、あるいは発生時の緊急措置体制が整備されていないことにより損失を被るリスク)をより的確に評価し、災害リスク管理を強化する。災害の危険、脆弱性と災害による損失の度合いと範囲を明確に理解しなくてはならない。
(4)国際社会における合意形成を推進
G8やG20、国連食糧農業機関(FAO)の世界食料安全保障委員会などの国際的協議の場でレジリアンス強化の方針を推進する。
(5)災害リスク管理の分野で、保険・再保険の斬新な利用法を提唱
欧州委員会は、こうした指針に基づいた行動計画を、2013年前半にまとめる予定だ。
前述のJICA研究所での講演で、ゲオルギエヴァ委員は「近年、世界の災害件数は増加傾向にあり、途上国での発生件数は8パーセント程度だが、被害者数では全世界の半数を占めている。災害リスク削減・管理への投資は、それに対する4~7倍のリターンをもたらすと考えられており、投資は促進されるべきだ」と語り、防災にコストをかける方が、災害の損害、ひいては人命の損失の軽減に役立つと強調した。
10月来日の際、ゲオルギエヴァ委員とピエバルグス開発担当委員は、レジリエンスおよび災害リスク管理の強化推進のための日・EU協力の重要性を日本政府との話し合いで確認した。「EUの手法」に沿いつつ、特に2015年以降の開発援助におけるレジリアンス強化に向けて、日本とEUがどのような協力をすべきか検討を進めている。
2015年は、減災のための「兵庫行動枠組み」(2005年の国連防災世界会議で採択)、極度の貧困と飢餓の撲滅などを目指す「ミレニアム開発目標」(Millennium Development Goals: MDGs、2000年の国連ミレニアム・サミットで採択)の目標達成期限年であり、国連持続可能な開発会議(リオ+20)の環境保全と貧困根絶などに関する新たな「持続可能な開発目標(SDGs)」の策定期限でもある。各国が2015年に向けて開発分野の共通目標を追求する過程で、EUは開発援助における災害リスク管理向上とレジリエンス強化を最優先させるための先導役を務めることになるだろう。
欧州委員会プレスリリース(英語)
欧州委員会人道援助・市民保護総局(ECHO)ウェブサイト(英語)
駐日欧州代表部ウェブサイト:ニュース
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