2023.11.17
FEATURE
気候危機が深刻化する中、パリ協定に沿って産業革命前からの世界平均気温上昇を1.5℃に抑えるためには、迅速かつ抜本的な対策が必要とされている。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が2023年3月に発表した第6次評価報告書の統合報告書によれば、私たちは、地球温暖化および壊滅的になる恐れがあるその影響への対策において、明暗を分ける勝負の10年の最中にいる。
1988年に設立されたIPCCは、気候変動に関して最も権威ある情報源であり、報告書を定期的(おおよそ6~7年毎)に作成している。同報告書の準備にあたっては、世界中から集まった数百人の科学者が、何万点にも及ぶ最新の科学文献を精査。IPCC自体は研究を一切行っておらず、執筆者はボランティアで働いている。
本年3月に公表された第6次評価報告書の統合報告書は、主に温室効果ガスの排出を通じた人間活動が地球温暖化を「明白に」引き起こしているとし、「全ての人にとって住みやすく持続可能な未来を確保するための機会の窓が急速に狭まっている」と指摘。「(2030年までの)この数年間に実行される選択と行動は、現在そして何千年にもわたって影響を及ぼすだろう」と警告した。
IPCCの報告書は、単なる科学レポートではない。最新の気候科学と政策立案の橋渡しをすることで各国政府間の合意形成に役立っており、世界の気候外交において重要な役割を果たしている。その重要性は、2007年にIPCCがノーベル賞を受賞したことによっても示されている。
欧州委員会の研究・イノベーション総局のユニット長で、IPCCの会合で欧州委員会の代表団を率いるフィリップ・トゥルケン氏は、「IPCCのユニークな点は、EUを含む195カ国・地域の政府全てが一字一句承認した政策立案者向けの要約が含まれていることだ」と語る。
欧州連合(EU)は、独自の研究・イノベーション計画を通じて、IPCC報告書を支える「気候科学」に世界有数の規模の資金を提供している。EUは、IPCC報告書に科学的根拠を提供している論文において、全米科学財団(NSF)に次いで世界で2番目に多く言及されている資金助成機関である。IPCC第6次評価報告書では、EUの研究・イノベーション資金助成計画が支援する研究プロジェクトのうち1,200件以上から4,500を超える文献が引用されており、全参考文献の約9%に相当する。そうした優れた成果はEUの資金助成を受けたプロジェクトの質の高さと重要性を表している。
EUは2019年12月に発表した成長戦略「欧州グリーンディール」において、気候変動対策を最優先課題に位置付け、2050年までに欧州を世界初の気候中立な大陸にするという目標を掲げている。気候科学は、気候システムの仕組みやその経時的変化に関する理解を促し、温室効果ガスの排出削減や気候変動への適応について賢明な判断を下すための基礎となる。
そのため、EUが資金助成する研究では、「欧州グリーンディール」の目標達成に必要な科学の発展に取り組んでいる。「ホライズン・ヨーロッパ」と呼ばれるEUの研究開発助成計画(2021~27年)では、資金拠出の35%以上が気候変動対策に割り当てられ、その額は7年間で334億ユーロ超に上る。
例えば、「ホライズン・ヨーロッパ」では、排出量の削減方法に関する研究を助成している。その好例が海運部門だ。沿岸部ではフェリーが最大の汚染源となることが多く、電気フェリーの導入は空気の質の改善や汚染の減少につながり、地域社会にとって大きな違いをもたらす。EUの研究助成を受けて設計された、デンマークの完全電動式フェリー「エレン」は、毎年2,000トンの二酸化炭素(CO₂)を大気中から削減することに成功している。
また、気候変動への適応方法に関する研究への助成も行っている。その一例がオランダのロッテルダム市だ。多くの都市部と同様に、ロッテルダムも気候変動に対して脆弱で、洪水や豪雨のような異常気象が増加傾向にあり、しばしば災害や人命の損失、経済的損害をもたらしている。そのため、EU助成受けた研究プロジェクトでは、解決策の一つとして、駐車場だった場所に雨庭を作り、雨水が下水システムに過剰な負荷をかけることなく、地面に排水されるようにすることを提案した。
気候モデルに関する研究への助成も非常に重要だ。気候モデルの主な目的は、温室効果ガスの排出に対して地球がどのように反応するかを理解して予測することにある。複数の助成プロジェクトでは、このモデリングの不確実性を減らす方法を研究している。例えば、EUが資金助成したあるプロジェクトでは、20種類の気候モデルを収集して比較し、差異を分析することで、気候予測の改善に努めている。それが成功すれば、政策立案者は、適時に適切な判断を下しやすくなる。
気候変動は地球規模の問題だ。そのため、地球規模で対策を強化するには、全ての人が参加する必要がある。それが、世界の公開性と科学の交流を促進する上で、EUの研究プログラムが範例となる理由の一つだ。歴代のEUの研究・イノベーション計画は、EU域外国、すなわち「第三国」の数多くの研究機関や科学者に財政支援を行い、欧州の科学者とともにこの人類の存続に関わる課題に取り組む機会を提供してきた。2014年から2020年までをカバーしたEU助成計画「ホライズン2020」の下では、約80カ国から106の研究機関が気候変動研究プロジェクトに参加し、中には1億7,000万ユーロ近い資金援助を受けた機関もある。
日本はEUにとって、研究・イノベーションの分野における重要な戦略的パートナーであり、過去20年間、着実に関係を発展させてきた。最近では、このような協力が強く求められている分野として、気候変動が目立ってきている。2020年5月、両者は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック、気候変動、デジタルへの移行、高齢化社会といった深刻な世界的課題に直面する中で、科学・技術・イノベーションにおける協力強化が必要であるとの認識から、そのための意図表明文書に署名した。同文書においてEUと日本は、特に気候変動分野における協力を強化し、世界的な気候中立性の実現に向けこの分野へ投資をすることを誓った。
EUや国際的な研究により、気候変動の原因や、緩和策と適応策の両方についての理解は大きく深まった。今日の喫緊の課題は、それらの実施と導入を加速させることである。
温暖化を1.5℃に抑えるためには、社会のあらゆる部門と部分にわたって、即時かつ大幅な排出削減が必要であり、2030年までのこの数年間が決定的な意味を持つ。世界は今すぐ行動を起こし、技術的なものだけでなく、自然や社会的なものも含め、人類に与えられたあらゆる手段や解決策を使わなければならない。
EUは、「欧州グリーン・ディール」で構想されている社会生態学的変革の枠組みを提供する世界レベルの気候科学の主要な資金提供者として、今後も主導的な役割を果たしていく。
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