2013.8.27

FEATURE

障害者も参画するEUのユニバーサル社会づくり

障害者も参画するEUのユニバーサル社会づくり
PART 1

障害者が参画してつくる社会

欧州連合(EU)加盟国に住む6人に1人、約8,000万人が何らかの障害(※1)を抱えて暮らしている。EUの統計によれば、こうした人々は就労を含めた社会活動への参画が難しく、平均より7割も貧困率が高い。また、75歳以上の3分の1以上が障害によって何らかの不自由を感じており、社会の高齢化とともにこの割合は上がると見られている。障害がある人々の社会的、経済的状況を改善するためのEUの取り組みとは?

ビデオ 障害がある人の基本的権利 © 2013 European Union Agency for Fundamental Rights

国連は2006年に「障害者の権利に関する条約」を採択し、条約は2008年5月に発効した。障害者の問題を福祉問題としてのみならず、人権、司法の立場から取り上げ、反差別や平等、積極的な包摂(inclusion)への取り組みといった要素を盛り込んだ本条約は、各EU加盟国に加え、EUレベルでも署名・批准が行われ、EUでは2011年1月から効力を有している(批准済み加盟国は現在25。日本は未批准)。

障害者の人権を守るには、あらゆる政策分野が関わってくる。欧州委員会は、「障害者行動計画2003-2010」を引き継いで「欧州障害者戦略2010-2020」という枠組みを策定しており、上記国連条約の目的をこの中に取り入れている。

欧州障害者戦略に盛り込まれた8分野の優先課題

Accessibility
モノやサービスへのアクセス
Participation
社会参加
Equality
平等
Employment
雇用
Education and lifelong learning
教育・生涯学習
Social protection and inclusion
社会的保護と包摂
Health
健康・保健
External action
対外活動

この戦略の目的は、障害のある人々が社会、経済(特にEUの単一市場における)活動に参加し、権利や利益を存分に享受できるようにすることだ。この目的を達成し、国連の条約を施行するためにも、EUレベルの政策として一貫性を持つ必要がある。そしてあらゆる障壁をなくすため、これら8つの優先分野で取り組みを進める。

モノやサービスへのアクセス(アクセシビリティ)

アクセスシティ賞2012を受賞したベルリン市の地下鉄駅 ©Joite

ここでは、物理的環境、交通、情報通信技術、その他の施設やサービスに健常者と同様にアクセスできることを指す(※2)。EUではアクセシビリティを効率よく実現するため、法制化や標準化を提案しているが、道のりはこれからだ。例えば、本年夏に内容が公表される予定だった欧州アクセシビリティ法(European Accessibility Act)の法案づくりは遅れており、12月のハイレベル会議で今後の進め方が議論される。高齢者や障害者がウェブで提供されている情報にアクセスし利用できるウェブアクセシビリティについては、十分に満たす公共のウェブサイトはEU平均で全体の5%しかない。一方、公共施設のユニバーサルデザイン化は、多くの自治体が積極的に取り組んでおり、欧州委員会は、成功事例を表彰するアクセスシティ賞を2010年に創設している(Part 2参照)。

社会参加

スペイン・アヴィラ市内の駐車場

アクセシビリティを高めることで、障害のある人でも文化活動やスポーツなどの余暇活動をはじめ、社会活動へ参加がしやすくなる。例えばEU域内での移動支援として、EU共通の障害者用駐車カード制度がある。利用者は居住国だけでなく、駐車が必要な国を届け出れば、専用駐車スペースを利用できる。またEU は、構造基金や地域開発基金などの補助金を有効に活用し、加盟各国が施設での介護から、在宅を含めた地域での介護に移行していくことを推進している。

平等

2012年世論調査(ユーロバロメータ393)によれば、前回の2009年調査(53%)より減ってはいるものの、回答者の46%が障害による差別があると感じている。また、障害だけでなく、人種や性別による差別も絡み合うといっそう不利になってくる(discrimination on the multiple ground)。基本的権利に関するEUの専門機関「EU基本権機関(European Union Agency for Fundamental Rights=FRA)」によれば、例えば医療サービスに関する苦情を裁判所に申し立てる場合、複合的な差別の訴えは理解されにくく、法律上、1つの差別として訴えた方が手続きが進めやすい事例もあると報告している。このほかEUでは特に、雇用面での障害者差別について指令などを通じて注視している。

雇用

ベルリンのデータベースプロジェクト「モビダット」で働く若者

近年の欧州の経済危機は、障害者の雇用や生活に大きく影響を及ぼしている。障害者の雇用率は50%程度にとどまっているが、EUの成長戦略「欧州2020」の実現では、より多くの障害者が労働市場に入り、自活できることが重要だとしている。貧困削減イニシアチブの中でも、雇用の拡大と社会的包摂(social inclusion)はEUが積極的に取り組む課題だ。欧州で注目される「フレキシキュリティ(flexicurity)」(※3)の働き方は、障害のある人々の雇用を増やしていくのに役立つ。

教育・生涯学習

2012年に欧州委員会が発表した研究報告によれば、1,500万人の児童が特別教育を必要としている。こうした児童が学校に行かなくなったり、職業訓練を受ける機会のないままだったりすると、将来的な雇用の可能性も狭まってくる。特別な例を除いて、障害のある児童でも養護学校などに分かれて教育を受けるのではなく、通常の学校教育に組み込むこと(inclusive education)が、すべての生徒にとって望ましいとしている。EUはこうした統合教育を支持しており、そのためにも教員をはじめ、現場の専門家を育てることが重要だ。また、生涯にわたって教育を受け続けられる制度づくりにも取り組んでいる。

社会的保護と包摂

教育や労働市場への参加が低くなると、収入格差や貧困につながるだけでなく、社会的な疎外、孤立が生まれてしまう。こうした人々が、貧困削減プログラムや障害者支援、公共住宅や失業手当、といった保障制度を利用できるようにし、さらにこうした制度が効果的に利用されているかについて評価を続けなければならない。

健康・保健

障害があるために保健・医療サービスが受けられないと、障害とは関係なく健康管理にも影響が出てしまう。EUは、加盟国政府による責任あるサービス提供に向けた政策立案を後押しする。ここには、職務上の危険リスクを軽減させる施策のほか、保健分野の専門家の意識向上や、障害者向けの関連サービス向上が含まれる。

対外活動

EUの対外活動においては、障害者の課題に人権問題として取り組む。国連の条約や障害者のニーズについての啓発を行い、域外国との対話の中でも障害者問題について取り上げていく。

2013年末までに、欧州委員会は、本戦略による成果を国連の障害者権利委員会に報告することになっている。それに先駆けて、2012年12月、障害者団体の代表者など450人以上が一堂に会し、障害者の権利保護について討議する第3回「障害者の欧州議会(European Parliament of Persons with Disability) 」がブリュッセルの欧州議会で開催された。およそ10年に一度開催される同会合では、EUに対し各分野で行動を求める決議文が採択された。欧州議会のマルティン・シュルツ議長(左写真右。左はヤニス・ヴァルダカスタニス欧州障害者フォーラム代表)が開会の挨拶をしたほか、自身もろう者であるアダム・コーサ欧州議員をはじめ、欧州議会内政党会派の長も参加した。

© European Union, 2013

また、本年6月には、コーサ議員ほかの尽力で、欧州議会が75万ユーロを割り当て、EU機関においてろう者と聴者が手話や通訳などを通じたコミュニケーションを円滑に行うための視聴覚機材を設置することが決定した。EU域内には100万人近くのろう者がいるとされており、このプロジェクトは、EU機関が今後、加盟各国で使われるそれぞれの手話を用いてコミュニケーションを取れるようにするための先駆的事業となる。

当事者や関係者のみならず、一般市民の意識や感覚の持ち方でもユニバーサル社会の実現は大きく変わってくる。EUは、毎年12月3日を欧州障害者の日とし、関係者や一般社会への啓発を続けている。

(※1)^ EUで定める定義はないが、国連「障害者の権利に関する条約」第1条には「障害者には、長期的な身体的、精神的、知的又は感覚的な障害を有する者であって、様々な障壁との相互作用により他の者と平等に社会に完全かつ効果的に参加することを妨げられることのあるものを含む。(日本政府仮訳文)」と記され、欧州障害者戦略の補足文書で言及されている。同じ政策分野であっても加盟国で使われる用語の定義は異なっている。

(※2)^ 日本では「バリアフリー」という言葉が広く使われているが、本特集では参照元の英語表現がAccessibilityの場合は「アクセシビリティ」、Barrier-freeのものを「バリアフリー」と使い分けている。前者は可能性の度合いを指すのに対し、後者は障壁が取り除かれた状態を指す。

(※3)^ 「柔軟性(flexibility) 」と「安全性(security)」の2 つの単語を組み合わせた造語。企業や労働者が変化に対応できるようにする十分に柔軟な契約条件と、労働者が現職にとどまったり、あるいは、十分な「つなぎ職」を確保しつつ、短期間で新しい職を見つけたりできるようにする、労働者にとっての雇用の安定を組み合わせた、労働市場政策への包括的な取り組み。http://www.euinjapan.jp/media/news/news2007/20070627/110000/

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