文化を国際関係の中核に据えるEUの新戦略

© European Union, 1995-2016
PART 1

EU文化戦略とその背景

2016年6月8日、欧州委員会は、同委員会とフェデリカ・モゲリーニ欧州連合(EU)外務・安全保障政策上級代表が共同で提出した「国際文化関係のためのEU戦略に向けて(Towards an EU strategy for international cultural relations)」(以下、「EU文化戦略」)と題した政策文書を採択した。同戦略は、EUとそのパートナー国との文化協力を奨励し、平和、法の支配、表現の自由、相互理解および基本的価値の尊重に基づく世界秩序を推進することを目指している。PART1では、戦略策定の背景とともにEU文化政策の歩みを紹介する。

世界的な課題解決のために求められる文化の役割

急速に変化し、相互に接続された今日の世界において、文化は、EUとパートナー諸国が関係改善するまたとない機会を提供する。また、文化は、欧州と世界が現在直面している課題、例えば、難民や移民の受け入れ、急激な過激化への対応、文化遺産の保護などといったことを解決していくための貴重な手段にもなり得る。文化・クリエイティブ産業が持つ潜在的可能性や文化交流がもたらす経済的利益も、EUおよびそのパートナー諸国の包摂的な成長や雇用創造のために利用されなければならない。

このような認識の下、欧州委員会とモゲリーニ上級代表は、EUの加盟国、欧州議会、市民社会などから、国際的な文化関係を進展させる戦略的な展望の策定を求められ、それが相互協力や相互学習という考えに基づいた、文化協力の新しいモデルを実行するための「準備アクション」(後述)へとつながったのである。

こうした展開は、EUの文化による外交戦略の開発への要請が強まる一方の世界状況に呼応するものでもある。文化協力が進み、人々の直接の接触や交流が増大することで、EUは強い世界的な主体としての役割を演じることになるだろう。それは、ジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長が提起した10の優先課題の中の「国際舞台でより強力な役割を負う」に対する一つの答えであり、また、EUとしての近未来のグローバル戦略への野心を反映している。

「国際文化関係のための戦略」の目的

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グローバル社会における文化の重要性を追求してきたEU

戦略の具体的な内容に入る前に、まずはこれまでのEUの文化政策の経緯について振り返ってみる。

文化を重視するEUでは、2007年に欧州委員会が、グローバル化社会における文化の役割についての政策綱領を採択、EU初の文化戦略「グローバル化する世界における欧州の文化アジェンダ(The European Agenda for Culture in a globalizing world)」を発表した。同戦略は、文化面におけるEU加盟国内での協力体制を深め、文化活動が一貫性を持つようにEU全体としての方向性を明確にした戦略で、①文化的多様性と異文化間対話の促進、②2000年に打ち出された10カ年の経済社会政策「リスボン戦略」の枠組みの中で、創造性を引き出すきっかけとして文化の促進、③EUの外交関係における重要要素としての文化の促進――の3点を柱に掲げた。

翌2008年11月、EU理事会では、外交において文化的多様性を推進することを優先事項とする決議を採択。4年ごとに文化のための業務計画(Work Plan for Culture)を採択し、2回目(2011年~2014年)からは文化外交戦略が優先事項として盛り込まれた。さらに2011年5月には、欧州議会が「EUの対外行動の文化的側面に関する決議(Resolution on the cultural dimension of the EU’s external actions)」が採択され、その結果、「文化を国際関係の中核に据える新戦略」という「準備アクション」に50万ユーロ が拠出されることになった。

パートナー諸国などを対象にEUの文化的潜在能力なども調査

「準備アクション」とは聞き慣れない言葉だが、現時点ではまだ具体的なEUのプログラムや活動領域に含まれていないものの、将来的な可能性のあるプロジェクトに欧州委員会が一定の予算を割り当てて調査を行い、新しい提案の準備を可能にする政策ツールである。

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例えば2013年には、デジタル化時代に備え、世界でどのように欧州映画を上映していくかの可能性を探る「デジタル時代の視聴覚作品に関する準備行動(preparatory action on circulation of audiovisual works in the digital era)」が実施されている。

「文化を国際関係の中核に据える新戦略」の準備アクションは、入札で選ばれた文化機関コンソーシアムが実施主体となり、2013年から2014年にかけて行われた。EU加盟国および近隣諸国、そして日本を含めたパートナー国計54カ国を対象に、これまでEUおよびEU加盟国がどのような方法で文化活動を行い、今後どのような活動の可能性があるかを現地調査やヒアリング、国際会議でのディスカッション等の段階を踏んで徹底的に調査報告し、今後の行動について助言を提示した。

このような経緯を経て、本年4月、欧州の文化協力向上などを目的に欧州委員会が隔年開催している「欧州文化フォーラム」において、モゲリーニ上級代表による「文化はわれわれの外交政策の本質的部分でなければならない。人々、特に若者の間の懸け橋となり、相互理解を強固にするための強力な手段である。文化はまた、経済的・社会的発展の原動力になりうる。われわれが共通の課題に直面する中、欧州、アフリカ、中東、アジアにいる全ての人々が、過激化と闘い、私たちを分断しようとする者に対抗する文明の協力体制を構築する助けとなりうる。だからこそ、EUにとって文化外交を今日の世界との関係の中核に据えなければならない」との発言につながり、ほどなくして今回の文化戦略が発表されたのである。

欧州文化フォーラム2016で、新たな文化戦略の重要性について講演するモゲリー二上級代表(2016年4月20日、ブリュッセル)  © European Union, 1995-2016