2016.7.28

FEATURE

文化を国際関係の中核に据えるEUの新戦略

文化を国際関係の中核に据えるEUの新戦略
PART 2

EU文化戦略の概要

さまざまな文化政策を経て、新たに策定されたEU文化戦略。PART2では、戦略の柱となる5つの行動指針とパートナーとの協力体制など戦略の具体的な内容を紹介する。

戦略の柱となる5つの行動指針

今回、採択された「EU文化戦略」では、国際的文化交流の分野においてEUが果たすべき行動として以下の5項目を挙げている。

1) 文化的多様性の推進と人権の尊重

文化的表現は言論の自由の一つ。文化的多様性を推進するための第一歩は、まず、各市民の基本的人権を尊重することである。

2) 異文化間の相互理解と対話の促進

国際関係における文化の潜在的能力を最大限に活用するためには、欧州文化だけではなく、地球上全ての文化間での相互理解を新たに行うことが必要である。

3) 補完性の原則に則ったEU内での権限の分担

文化に関するEU基本条約の定めのとおり、EUは与えられた権限の範囲で、各加盟国の行動を支援・調整・補完し、EUと加盟国は共に域外国やしかるべき国際機関との協力を促進する。また、EUは適宜、各国の文化機関や財団、および世界中の公的機関や民間企業の間で協力や共同作業を促進・奨励するまとめ役や世話人としての役割を果たすことも考えられる。

4) 文化に対して分野横断的なアプローチを推進

従来、文化として捉えられていた芸術や文学だけではなく、教育、クリエイティブ産業や新テクノロジーの研究、文化遺産保護、工芸などの分野からも文化的アプローチを行う。

5) 既存の協力枠組みを利用

EUの政治的方針と矛盾しない一貫性のある文化政策を取るために、既存の国際的協力体制と資金調達手段などの枠組みを通じて文化を推進する。

パートナー国との文化的協力体制の強化

さらにパートナー国との文化的協力体制を強化するために、下記の3つの方策が盛り込まれている。

1) 社会的・経済的発展のための原動力として文化を支援

(a)文化政策の策定を支援

EUを含む世界の多くの国・地域が批准している国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「文化的表現の多様性の保護と促進に関する条約(文化多様性条約)」(2005年)では、「国内および国際的な開発政策ならびに国際的な開発協力において文化を戦略的な要素として組み入れる必要性」が強調されている。従って、EUはパートナー国が自国の政策に文化を取り入れていけるよう、支援すべきである。EUは、また、パートナー国との政策対話を深め、ガバナンス体制を強化していくことで、ユネスコの文化多様性条約の批准および実施を促していく。

(b)文化産業とクリエイティブ産業の強化

© European Union, 1995-2016

文化産業は実際に経済効果を生み出す。グローバル不況と言われた2004年から2013年の時期においてさえ、クリエイティブ産業の取引は倍増している。創造力、イノベーション、デジタル化にリードされる新しい経済モデルの中で、文化は中心的な役割を果たすようになった。文化・クリエイティブ産業は世界の国内総生産(GDP)の3%を占め、3,000万人(EUでは700万人以上)の雇用を生み出している。

アジア地域については、クリエイティブ産業の育成の面で、知的、文化・人的交流を通じてアジアと欧州間の相互理解を目指す「アジア欧州財団(ASEF)」が、アジア欧州会合(ASEM)の枠組みの中で1997年に設立された。以来18年間、アジア・欧州双方の2万人以上の人材を対象に、文化・経済・教育・ガバナンス・保健・持続可能な開発などの分野で700を超えるプロジェクトが実施されている。また、EUの専門機関である「欧州研修財団(European Training Foundation)」は、第三国におけるクリエイティブ産業育成も含めた職業システムの改善を援助し、生涯教育や職業教育のノウハウを提供している。

(c)パートナー諸国における地方自治体の役割を支援

© European Union, 1995-2016

欧州文化首都の成果や世界各国の文化度を調査した「世界都市文化レポート2015(World cities culture report 2015)」を見ると、文化に投資する自治体は、相当の経済成長や社会一体性の強化が期待できることを示している。欧州委員会の共同研究センター(JRC)は、各都市レベルでの文化的、クリエイティブな活動をモニタリングし、その結果、より的を絞った投資を行ったり、ベストプラクティスの共有を可能にするツールを開発している。

例えば、不平等を根源とする社会問題の解決を目的とした映画上映をラテンアメリカ諸国で推進したり、同じ社会的・経済的・環境的問題を共有し、より良い解決方法を見出すことを可能にする姉妹都市提携を推進している。

2) コミュニティー同士の平和的関係促進に向けた異文化間対話および文化の役割の推進

(a)文化活動に関わる人々を支援

© European Union, 1995-2016

文化活動に関わる人々やアーチスト間の対話や交流、協力関係は異文化対話のカギとなる。また、芸術作品や公演が各国を巡回することも、新しいアイディアの伝達やイノベーションの促進につながる。例えば、EUの文化産業振興策「クリエイティブ・ヨーロッパ」には、加盟候補国だけではなく欧州近隣政策(ENP)諸国も参加できる。

(b)異文化間の対話によって平和を推進

EUは、紛争の予防のため、そして紛争後の和解と相互理解のためには、異文化間の対話が必至と考えている。例えば、ボスニア戦争後の和解にEUが貢献したことで、同国のEU加盟に向けたプロセスが大いに進展したことが好例である。

3) 文化遺産に関する協力体制の強化

© European Union, 1995-2016

文化遺産は、文化の多様性の表現の中でも重要なものであり、保護する必要がある。文化遺産の修復およびPRは、観光や経済成長に貢献する。欧州委員会は、国際的レベルでの文化遺産保護に貢献し、EU内に文化遺産を不正な手段で輸入することを規制する法案を準備している。また、2018年には、欧州文化遺産年(European Year of Cultural Heritage)を開催することが予定されている。

EUの研究資金助成計画「ホライズン2020」は、文化遺産の保存や管理のための新しいソリューションの開発や研究、開発をサポートするほか、ユネスコのイニシアチブに沿って文化遺産保護のための緊急対応システム設置に協力。衛星映像システムを利用し、文化遺産の破壊度を測り修復プランを立てたり、自然災害や紛争後、文化遺産の破壊度を見積もる専門家の派遣などを行っている。

 文化外交に対するEUとしての戦略的アプローチ

Ⅱで提案してきたパートナー国との文化的協力体制を強化するための3つの方策が功を奏すためには、全てのステークホルダーの協力が欠かせない。すなわち、中央政府から地方自治体に至るまでのあらゆるレベルでの政府、各地の文化団体や市民組織、欧州委員会および欧州対外行動庁(EEAS)、EU加盟国およびその文化機関といった、中心となる主体が相互に補完し合い、相乗効果を生み出すことが必要となる。

1) EUとしての協力強化

特に第三国で戦略を実施していく上で重要な役割を担うことになるのが、139カ国に存在し、それぞれのホスト国ですでにさまざまな文化活動を行っているEUの代表部である。EU代表部は、現地において文化機関やその他のステークホルダーが連携、協力する上でのプラットフォームの役割を果たすことになる。また、その国ならではのニーズや機会を特定することで、EUの行動が、EUの戦略的目標を追求すると同時に、現地の文化的背景とも一致するようにする。

このように関係機関が効果的なパートナーシップを構築できるようにするため、2016年2月には「EU文化外交プラットフォーム(EU Cultural Diplomacy Platform)」が設立された。同プラットフォームは、EU加盟国文化機関および他のパートナーからなるコンソーシアムが運営し、EUの文化外交政策について欧州委員会およびEEASに助言したり、ネットワーキング推進、ステークホルダーとの共同事業の実施、文化事業の分野でのリーダー育成などを行う。

国際舞台で活躍できる文化活動のリーダー育成プログラムがスタート
EU文化外交プラットフォームは、EUと第三国とその市民間の関係を強化することを目的としており、ゲーテ・インスティトゥート(ドイツ文化センター)を筆頭に、欧州文化基金、EUNIC(EU文化機関ネットワーク)グローバル、ブリュッセル芸術センター(BOZAR)、ブリティッシュ・カウンシル、アンスティチュ・フランセといった文化機関が構成するコンソーシアムの協力を受けている。

© European Union, 1995-2016

この度、活動の一環として、国際舞台で文化活動の未来のリーダーとなる若者のスキル向上、マネージメントやネットワーク作りに焦点をあて、文化の新しい展望を切り開く教育を行う「グローバル・リーダーシップ・プログラム」が発足し、今年は10月16日から21日にかけてマルタの首都ヴァレッタで開催される。

このプログラムは、EU加盟国のほかに、ブラジル、カナダ、中国、日本、インド、メキシコ、ロシア、南アフリカ、韓国、米国といったEUにとっての戦略的パートナー諸国10カ国出身の、25歳から39歳までの若手の文化プロジェクトマネージャー40人を書類選考する。選ばれた人の渡航に関する手続きは全て、文化プラットフォーム側が行う。

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このほかに、EEASと欧州委員会と加盟国文化機関の連携強化、欧州文化会館(European Culture House)の設置、文化活動に関わる市民組織への支援強化、EUとしての合同文化イベント(映画祭など)への支援なども予定されている。

2) 学生、研究者、卒業・修了生間の文化交流

EUは、放射線研究で二度ノーベル賞を受賞しているキュリー夫人の名をとった研究者育成制度「マリー・スクウォドフスカ=キュリー・アクションズ(MSCA)」で、2014年から2020年にかけて6万5,000人の研究者を資金援助する。また、2020年までに2万5,000人の博士課程の学生、欧州以外の1万5,000人の研究者に欧州で研究する機会を与える予定。さらに2014年から2020年にかけて、15万件の奨学金を欧州と第三国で研究する人々に提供。同期間に1,000のEU加盟国内の大学と第三国の大学の共同研究プロジェクトを資金援助する。学生交換プログラム「エラスムス」には年間総額21億ユーロが拠出されている。

欧州委員会は、EU加盟国とパートナー国で、過去にエラスムス・プログラムで留学した人々を集めたグループ「エラスムス・プラス・アルムナイ」を立ち上げ、彼らが現地のEU代表部と協力関係を築くことを奨励している。また、EUと第三国の大学間協力を促進するエラスムス・プラスの下で、世界中の450のジャン・モネ・センターオブエクセレンス(CoE)にEU研究コースを設置することをサポート。各センター同士の繋がりを強化することにもつながる。世界中で毎年25万人が、EUに関する研究に携わっている。

PART3では、欧州委員会教育・文化総局のマルティーヌ・ライシャーツ総局長のインタビューを紹介する。

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