2017.2.28
FEATURE
米国に次ぎ世界第2位の規模を持つ欧州の宇宙予算。宇宙分野を取り巻く環境が大きく変化する中、欧州連合(EU)は予算を効率よく使い、結束した行動を取るため、「欧州のための宇宙戦略(Space Strategy for Europe)」を採択した。PART 1では戦略の背景と概要および現行の宇宙計画を解説する。
EU、欧州宇宙機関(ESA)、加盟国などを合わせた欧州の公的宇宙予算は年間70億ユーロに上り(2015年)、米国の400億ユーロに次ぎ、世界第2位である。世界のトップレベルの商用通信システムや衛星打ち上げシステムを有し、衛星の製造数でも世界総数の約3割と、国際的な宇宙産業のキープレーヤーであり、気象観測や宇宙探査では数多くの業績を残している。ESAが2004年に打ち上げた彗星探査機ロゼッタが、10年の歳月をかけて人類史上初めて彗星に着陸した偉業は記憶に新しい。一方、新興国の台頭、民間の参入、宇宙利用の新たなニーズに加え、再使用型打ち上げロケットや小型衛星などの「ディスラプティブ・テクノロジー(破壊的技術)」の登場で、宇宙分野を取り巻く状況は急激に変化している。
また、人工衛星を利用した航法(測位)サービスや国際宇宙ステーションの運用などでは米国主導の部分が大きい。EUは自身が経済停滞にある中、競争力を維持・強化し、経済に貢献させるため、宇宙政策の刷新を迫られた。
昨年10月に発表した「宇宙戦略」は、①欧州の人々が宇宙の提供しうる利益の十分な確保、②宇宙に関する新興企業が成長できるような収益構造を創り出す、③欧州の宇宙における主導的立場を促す、④世界の宇宙市場における欧州のシェアを増加させるーーを4つの柱に、広範に及ぶ措置を提案している。その詳細を紹介する前に、まずEUの宇宙開発の概要について触れておく。
EUでは宇宙政策はEUと加盟国の共有権限として定められており、EUレベルで加盟各国の政策調整や財政面でのサポートを行っている。その目的は気候変動などの喫緊の課題への対処に宇宙技術を利用し、宇宙技術革新を奨励し、市民に社会経済的な恩恵をもたらすことだ。
1975年に発足したESAは、欧州の宇宙計画の立案・実施を担う中心的な機関だが、EUの専門機関ではない。もちろんEUとは密接な協力関係にあるが、欧州の22カ国が参加する、政府間協力機構である。参加国の中には、非EU加盟国もあれば、EU加盟国でも完全な参加国とはなっていない国もある。またカナダとも協力関係を結んでおり、プロジェクトに応じて参加している(ESA参加国等の情報はこちら)。
現在進行中の宇宙計画である「コペルニクス(COPERNICUS)」や「ガリレオ(GALILEO)」などは、EUとESAが共同で進めている。そしてここに各国政府や専門機関がプログラムに応じて参加し、欧州の宇宙産業の発展という共通のビジョンのもと、それぞれが役割を補い合っている。
現在、EUが運用する18基の衛星が軌道上を回っており、さらに今後10~15年間のうちに30基以上の衛星を追加する予定だ。これらの衛星はEUの宇宙計画の中で利用される。現在進行中の宇宙計画のうちEUの宇宙政策の鍵を握っているのが「コペルニクス」、「ガリレオ」、「エグノス(EGNOS)」の3計画だ。それぞれの概要は次の通り。
コペルニクス(COPERNICUS)
地球観測衛星が取得した画像を解析し、気候変動や自然災害、農業政策や漁業政策などに活用する、EUが世界に先駆けて構築した地球観測システム。得られる画像解析データはビッグデータとしてさまざまなサービスを通じてユーザーに提供。取り組みが進む主要なサービスは地上、海洋、大気の各モニタリング、気候変動、緊急活動対応、安全保障の6テーマに分かれている。軌道上に4基の観測衛星を運用中で、2017年内に追加3基の打ち上げが予定されている。 |
ガリレオ(GALILEO)
欧州版の全地球衛星測位システム(GPS)。現在日本でも利用されているGPSは米国の軍事衛星を利用したサービスであるため、ガリレオは代用可能な民生システムとして構築を目指している。現在14基の衛星が配備されており、2020年の本格運用に向けて準備を進めている。 |
エグノス(EGNOS=European Geostationary Navigation Overlay Service、欧州静止衛星補強型衛星航法システム)
欧州内でGPSやガリレオなどから得られる測位信号を強化するためのシステム。2011年から本格運用をスタート。静止衛星と欧州全土にまたがる地上局によって構成される。より正確な位置情報が得られるため、船舶の航行や旅客機の管制補助など、欧州における“生命の安全”に関わるナビゲーションサービスで利用される。 |
これら3計画のほかにも、EUは研究助成プログラム「ホライズン2020」に基づき、さまざまな宇宙関連の研究開発をバックアップしている。一例では海洋の化学組成を解析する「OSS2015」、農地の持続性をモニタリングする「SIGMA」や「AGRICAB」といったプロジェクトが、宇宙計画から得られたデータを利用し、大きな成果を挙げている。
宇宙戦略の立案は、欧州委員会の2016年業務計画の中の23の主要な取り組みに含まれていた。その意図は、EUの今後10年から15年にわたる宇宙活動に関し、総体的な戦略的ビジョンを提供すると同時に、加盟国やESAの活動との協調やそれらとの補完を適切に行えるようにすることにある。
2016年10月26日に採択された宇宙戦略で示された優先目標は以下の4点。
最優先課題は、前述の現行宇宙計画が有する可能性を最大限に引き出し、もたらされる便益をEUレベルと加盟国内のそれぞれで他の政策や経済分野に生かす。具体的にはガリレオ計画やコペルニクス計画を発展させ、気候変動や安全保障分野の新サービスで利用できるようにするとともに、現在、GPSに過剰に頼っている測位サービスに代わって、ガリレオのサービスを携帯電話や、エネルギーグリッドなどの重要な社会インフラへ利用するよう促進する。
激化する宇宙部門での競争に対処するため、研究・イノベーションを通して、製造とサービス双方の欧州の宇宙産業の競争力を強化する。具体的には宇宙開発関連企業やベンチャー企業に対する投資を促進し、既存の宇宙開発計画に対する支援も継続する。また、欧州投資計画の一環として、宇宙部門への投資支援について、欧州投資銀行(EIB)や欧州投資基金(EIF)と協議を行う。
競争的な条件で他に依存せずに宇宙へアクセスするという原則の確認の下、関連産業は引き続きより柔軟で費用対効果の高い解決策を開発することが求められる。宇宙開発は欧州の安全保障において重要な役割を果たしており、ガリレオとコペルニクスの進展において、安全保障・防衛上のニーズとの相乗効果を高めていく。
宇宙へのアクセスやその利用は、世界中の国々が宇宙を長期的で持続可能な形で利用できるよう、国際的なルール、規範、そしてガバナンスの枠組みによって守られなければならない。平和的宇宙利用や、宇宙探査、宇宙ゴミの問題などについて、EUは国際的なルール作りを促進するグローバルガバナンスを支持する。また欧州の宇宙計画や欧州企業がグローバル市場で活動を展開するために、積極的な外交政策を推進する。
宇宙分野全体に対する指針と方向付けを打ち出したEUの宇宙戦略は、ESAや加盟国と協調し、各当事者が迅速に効率的に実行に移していく。
EUとESAは、EUの宇宙戦略発表と同日に、共同声明を発表した。2004年の枠組み合意以降、密接な協力関係にあるEUとESAだが、今回初めて共同声明を発表し、両者の緊密な協力関係の重要性を再確認するとともに、それぞれの機関の宇宙戦略とその実施を推進するための大枠となる目標設定を示した。
声明ではグローバル市場における欧州のシェア拡大と競争力強化、そしてサイバーテロに対抗するためのインフラ防衛を含めた宇宙利用の安全性と自立の強化を強調。宇宙関連技術やその応用技術が他の公共政策にもたらす恩恵を最大化し、欧州を含めた世界全体が直面する社会課題への効果的なソリューションを提供するというビジョンを掲げた。EUとESA、そして欧州各国がこれまで以上に一致団結して、宇宙分野に取り組む決意を示したと言える。
PART 2では、欧州と日本の宇宙協力について解説する。
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