2013.9.6

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英国で新王子が誕生―欧州王室と国民の関係

英国で新王子が誕生―欧州王室と国民の関係

7月22日、英国のエリザベス女王の孫ウィリアム王子と妻のキャサリン妃の間に、第一子が誕生した。王位継承権順位では第3位となるロイヤルベビーは、ジョージ・アレクサンダー・ルイと名づけられた。「未来の国王」の誕生に、英国中が祝賀ムードに染まった。

本年4月に87歳を迎えたエリザベス女王。公邸、執務室でもあるバッキンガム宮殿の中で © Royal Household/John Swannell

1066年、フランスのノルマンディー公(後のウィリアム1世)によってイングランド王国が征服されて以来、過去1千年近くにわたり、英国ではほぼ一貫して王室制度が続いてきた。例外はクロムウェル父子が護国卿(※1)として実権を握った共和制(1649~1659年)の10年間だ。

英国の国王は何をしても許されるという存在ではない。その権限を制限したマグナ・カルタ(1215年)や権利の章典(1689年)などを経て、「君臨すれども統治せず」の立憲君主制が確立されていった。

エリザベス女王(87歳、在位1952年~)は英国の元首のみならず、16カ国の主権国家(英連邦王国/Commonwealth realm)の君主、そして54の加盟国からなる英連邦(Commonwealth of Nations)、および王室属領と海外領土の元首、英国教会の首長だ。在位61年の女王はウィンザー朝(1917年~)の第4代君主でもある。ウィンザー家の家系をたどると、18世紀にドイツからやってきたハノーバー朝で、ドイツ系の王族が現在まで続いている。

長年の歴史のおかげもあって、王室に対する国民の愛着は強い。複数の世論調査では、王室支持派が80%近くを占める。1980年代、90年代に故ダイアナ元皇太子妃が巻き起こした「ダイアナ・フィーバー」は、20代半ばで即位したエリザベス女王に対する国民の熱狂を彷彿(ほうふつ)とさせた。

王室が憧れの対象であるのは事実だが、英国民は現実的な国民でもある。1992年、ウィンザー城が火災に遭い、政府が税金から修繕費を捻出しようとしたところ、国民から大きな反発の声が上がった。翌年から王室は、法的には義務がなかったものの、納税を開始している。王室の維持には国民の支持が必要だ——王室はこのことを肝に銘じている。

写真とユーモアで包み込む報道

キャサリン妃の出産の翌日(7月23日)の英大衆紙は、それぞれ1面でロイヤルベビーの誕生記事を扱った。

デーリー・ミラー紙はウィリアム王子とキャサリン妃が抱き合う写真に「私たちの小さな王子」の見出しを付けた。デーリー・メール紙は初孫を迎えたチャールズ皇太子の写真に「男の子だって、驚いた、これでおじいちゃんだ」と書いた。人を食った見出しを考えつくのがうまいサン紙は通常の「The Sun」(ザ・サン)という見出しをもじった形で、「The Son」(ザ・サン=この場合は「息子」)と書いた。

キャサリン妃の男児出産を伝える英新聞のフロントページ

7月23日、王子とキャサリン妃は「ジョージ」と命名した赤ちゃんとともに、出産した病院の前に姿を現した。その模様をテレビ局が生中継。翌日の各紙はカメラマンがさまざまな角度から撮影した写真を使って特集面や小冊子をつけた。

英国のニュースメディアのウェブサイトは、通常の月曜日であればユニークユーザー(あるウェブサイトのページを何人が閲覧したかの数値)が約6,400万人のところ、王子が誕生した日、ユーザー数は9,400万人を超えた(ガーディアン紙7月23日付)。

主要テレビ局は王子誕生のニュースを2日間にわたり、延々と流した。「過剰だ」とする苦情1,853件がBBCに押し寄せるほどだった(テレグラフ紙、7月30日付)。

より自由で柔軟な価値観の中で

立憲君主制の英王室と、天皇が国の象徴的存在となる皇室とでは、政治には干渉しない点で共通している。しかし、さまざまな違いがあり、例えば、日本の皇位は皇統に属する男系の男子が継承するが、英国では女性も王位を継承できる。

英国では1960年代以降、より自由で柔軟な価値観が浸透し、親、会社の上司、そのほか社会のエスタブリッシュメント(支配者集団)への敬意の念が薄れていった。社会の上層部をネタにする毒舌ジョークが満載の風刺ブームがテレビで花開くのは60年代だ。

非婚カップルから生まれる子どもの比率も、社会の価値観の変化を示す。かつては結婚後に子供を生むのが英国でも普通だったが、事実婚あるいはシングルマザーで出産する人の割合が増える一方だ。最新の統計では英国では47.5%(2012年)の子どもが結婚をしていない女性から生まれているが、日本では人口動態統計(2011年)によれば2.1%だ。

社会通念や価値観が自由化、柔軟化した英国では、王室を批判するドキュメンタリー、新聞記事、ジョークは日常茶飯事だ。一方の日本では皇室をジョークのネタにすることはまずないだろう。

欧州の王室の存在とは

オランダのウィレム・アレクサンダー皇太子(中央)の国王即位式(本年4月30日)には、日本から皇太子ご夫妻も出席した © RVD, photo: Jeroen van der Meyde

欧州の他の国の王室では、ほとんどが立憲君主制をとり、男女にかかわらず最初に出生した子どもに次の元首となる権利が与えられるようになっている(スウェーデン、オランダ、ベルギー、ノルウェー、デンマーク、英国など)。

王室は国を一つにまとめ上げる重要な存在だが、国民との間にきしみが見られるケースもある。

1975年に即位したスペインのファン・カルロス1世は、かつては国民の間で絶大な人気を誇った。しかし、昨年来の経済危機で国民が窮乏生活を強いられる中、ぜいたくさの骨頂ともいえるアフリカへのゾウ狩り旅行が発覚。次女の夫による公金横領疑惑も発生し、信頼感が揺らいでいる。

オランダでは、本年4月、ベアトリクス女王の退位宣言を受けて、長男のウィレム・アレクサンダー皇太子が国王に即位したが、7月21日にはベルギーで、アルベール2世が高齢化などの理由で退位し、長男のフィリップ皇太子が新国王に即位した。

ベルギーでは、7月にフィリップ皇太子が新国王に即位。(ベルギー王室ウェブサイト

財政再建に取り組むベルギーでは、王室に対し、豪華なヨット購入への批判や相続税逃れの疑惑が出ていた。本年6月には、アルベール2世の「隠し子だった」と主張する女性が認知を求めて訴訟を開始している。新国王の誕生で、新規まき直しを図る意味もあったといわれている。

欧州各国の国民は君主や王室に対して愛着や憧れを抱くけれども、同じ人間として、お金の使い方や道徳観においてこうした人々を特別視しない。特権を与えられてはいても、決して気が抜けないのが欧州の元首や王室のメンバーなのである。

欧州の王室

現在の王朝・王家 現在の君主
英国 ウインザー朝 エリザベス2世女王
オランダ王国 オラニエ=ナッサウ家 ウィレム・アレクサンダー国王
ベルギー王国 ベルジック家 フィリップ国王
ルクセンブルク大公国 ナッサウ=ヴァイルブルク家 アンリ大公
スペイン王国 ボルボーン朝 ファン・カルロス1世
スウェーデン王国 ベルナドッテ王朝 カール16世グスタフ国王
デンマーク王国 グルックスブリュク家 マルグレーテ2世女王
ノルウェー王国 グルックスブリュク家 ハーラル5世国王
リヒテンシュタイン公国 リヒテンシュタイン家 ハンス・アダム2世公爵
モナコ公国 グリマルディ家 アルベール2世

*欧州連合(EU)非加盟

著者プロフィール

小林恭子 KOBAYASHI Ginko

在英ジャーナリスト。英国、欧州のメディア状況、社会・経済・政治事情を各種媒体に寄稿。読売新聞オンラインのデジタル・テクノロジー面で「欧州メディアウオッチ」コラムを連載(毎週火曜)。著書は『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス(新書)』(共著、洋泉社)など。
英国・http://ukmedia.exblog.jp/

(※1)^ ピューリタン革命(1642年に始まった英国の市民革命)によって成立したイギリス共和制時代の最高官職。1653年に設置され、クロムウェルが就任。1660年、王政復古により廃止

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