2017.7.24
FEATURE
欧州連合(EU)と日本が政治的合意に達した経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定(SPA)。貿易や雇用などで双方に多大なメリットをもたらすEPAの合意は、日・EUが保護主義に立ち向かうという力強いメッセージを、世界に向けて発信することとなった。合意の意義、今後の動きなどを解説する。
EUのドナルド・トゥスク欧州理事会議長とジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長、および日本の安倍晋三総理大臣は7月6日、ブリュッセルで開催された第24回日・EU定期首脳協議において、4年以上にわたる日本とEUの真剣かつ建設的な交渉を経て、両者間の経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定(SPA)の主要要素について政治的合意に達した、と発表した。ここでは特にEPAについて取り上げる。
世界第4位の経済大国である日本をパートナーに、このEPAはEUがこれまでに締結してきた二者間の貿易協定の中で最も重要なものとなり、2つの大先進経済国・圏を結び付けるものとしては、世界初の二者間自由貿易協定となる。また、この協定は最新で進歩的かつ価値の共有を基盤とした貿易協定であり、労働者の権利のほか、食品安全や環境などの分野で高い基準を確立するほか、気候に関するパリ協定の履行も約束している。
ドイツ・ハンブルクで行われた主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の直前というタイミングでの発表は、今回の合意で両者合わせて世界の国内総生産(GDP)の30%、世界人口の10%を占める日本とEUが、共に保護主義に立ち向かうという非常に力強いメッセージを、全世界に向けて発信した。
ユンカー委員長はこの政治的合意の発表に際し「私たちが開かれた公正な貿易を支持する、という強力なメッセージを、日欧は共に世界に発信している。私たちに関する限り、保護主義の中に保護は存在しない。共同作業によってのみ、野心的な世界標準(グローバルスタンダード)を確立することができるのである」と述べた。一方、安倍総理大臣はEPAを「誇るべき成果」と高く評価し、「この包括的で高いレベルのバランスのとれた協定は、国際貿易・投資の促進に一層貢献し、日本国民、EU市民の双方に大きく裨益(ひえき)するものである」と述べた。
2013年春に始まった日・EU EPA交渉は、首脳協議での画期的合意の発表を受け、今年末までに最終合意を得るという目標に向け、今後は残された論点について交渉担当官が協議を続ける。最終文書が数カ国語に通じた法律家たちによって精査され、EUの全ての公用語と日本語に翻訳された後、双方はEU内と日本国内でのそれぞれの承認手続きを開始する。EUとしては、EPAは2019年の早い時期に発効することを期待している。
EUにとって、日本とのEPAがもたらす恩恵は明白だ。日本はEUにとって第6位の貿易相手国であり、EUは毎時約1,000万ユーロの物品とサービスを日本に向けて輸出している。一方、EUに進出している5,000社近い日本企業は50万人以上を雇用し、EU内の日本への輸出関連の雇用は60万を超えている。EUの執行機関である欧州委員会の試算では、輸出が10億ユーロ増えるたびに、1万4,000人以上の雇用が新たに生まれることになる。
市場アクセスに関しては、現在EU企業が支払っている年間10億ユーロもの関税の大部分が撤廃される、と欧州委員会は算出している。協定発効後、EUが日本に輸出する物品の91%が即時に完全自由化し、この中には化学製品、化粧品、衣料などの重要品目とともに、事実上、全てのワイン、ビールその他のアルコール飲料が含まれている。EPAが完全に施行されれば、この数字は99%に達する見込みで、残りは輸入割当制度や関税減免によって一部自由化される品目である。
一方、日本側では協定発効後、EU向け輸出品の75%が即時自由化されるが、この比率はその後の15年間で100%近くまで高まる。日本が強い関心を寄せていた自動車分野については、自動車にかかる関税が協定発効から7年をかけて完全に撤廃される。自動車部品については、即時撤廃から、撤廃に7年間かかるものまで、品目によって異なる。
EUはまた、EPA により、EUの貿易・農業政策の重要な要素である「地理的表示(Geographical Indications =GIs)」を、双方が高いレベルで保護できるようになることに満足している。地理的表示とは、ある製品が特定国の国内、地方または地域の原産であり、その製品の品質、評価、その他の特徴が地理的起源と結び付いていることを示すための明確な表示である。経済的視点からは、地理的表示は地域社会の価値を創造し、農村開発を支援し、雇用創出を奨励することができる。日本とのEPAでは、食品とアルコール飲料の両分野にわたる200種類以上のEUの地理的表示が承認され、保護される。他方、日本側の地理的表示も40種類ほどがEUにより承認・保護を受けることになる。
このEPAはサービス市場、特に金融サービス、電子商取引(eコマース)、電気通信、輸送の分野も開放する。欧州にとって、EPAは日本国内の、人口30万人以上の48都市での広大な調達市場にEU企業が参入できることを保証し、全国レベルでは、経済的に重要な鉄道分野の調達市場から参入障壁を取り除くことになる。協定には非関税措置、原産地規則、知的財産権、貿易と持続可能な開発に関する章なども含まれる。
今後引き続き作業が必要とされている重要な章に、投資をめぐる企業と進出先国との紛争解決に関するものがある。EUは従来型の投資協定紛争解決を拒否する立場を明らかにし、自身の「投資法廷制度(Investment Court System)」の改良型を提案している。EUは日本を含むすべてのパートナー国に、「多国間投資裁判所(Multilateral Investment Court)」を開設する作業に参加するよう呼びかける予定だ。EUは、こうした国際法廷が、世界中の二者間貿易協定に含まれている多数の私的仲裁措置に代わるものとなり、グローバル化を方向付けるためのさらなる重要なステップとなり、 最高水準の上に成り立つ、公正で規則に基づいた制度を保証するものと確信している。
協定交渉が最終的にまとまり次第、EU側では欧州委員会が、EPAをEU理事会と欧州議会の承認を必要とする「EUのみ」の協定として提案するか、加盟各国の議会と、場合によっては地方議会の支持も必要とする「混合協定(Mixed Agreement)」として提案するか、について決定する。
60年前に平和と繁栄を目指し、壁を打ち崩し国境を開くという願いから生まれたEUは、常に自由で公正な貿易の主唱者であり続けてきた。
「引きこもり孤立しようとする国が存在すれば、保護主義の中に保護は存在しないと気付いている者もいる。壁を作ろうとする国が存在すれば、橋を架けたいと思っている者もいる。グローバル化を遅らせようとする国が存在すれば、グローバル化を方向付けすることができると自覚している者もいる」――7月11日にブリュッセルで開催された日・EUビジネス・ラウンドテーブル年次会合でこう語ったセシリア・マルムストロム通商担当欧州委員は、さらに次のように述べた。
「積極的に関与してこそ、今後の世界貿易に適用する標準を設定する(交渉の)テーブルにつくことができる。EUと日本の間のこの協定は、まさにそれを可能にするものだ」
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