ユーロの試練は続く

ギリシャ議会の再選挙で、緊縮財政策を進めてきた旧与党が勝利を収めたことにより、ユーロ圏からギリシャが離脱して欧州が大混乱に陥る事態はとりあえず回避される見通しとなった。だが、ユーロ圏にはスペインの財政・金融危機など多くの火種がくすぶる。ユーロの試練は続きそうだ。

最悪の事態は回避された

記者会見し、再選挙の勝利を宣言する新民主主義党(ND)のサマラス党首(2012年6月17日、ギリシャ・アテネにて)(写真提供/AFP=時事)

ギリシャ議会の再選挙で仮に反緊縮派が勝利していたら、ギリシャ経済は大混乱に陥る恐れがあった。欧州連合(EU)に支援条件の大幅緩和を求めても合意は期待しにくい。協議決裂、支援打ち切りとなれば、政府は資金繰りに窮し、債務不履行(デフォルト)を宣言するとともに独自通貨の発行に踏み切るほか道はなくなる。その場合、おそらく預金口座は凍結され、預金はユーロから強制的に自国通貨に転換される。しかし、ギリシャの現状では、独自通貨は暴落必至で、物価は急騰する。

そう予想するギリシャ国民は、一斉に銀行に走り、預金を引き出そうとしただろう。そうした混乱はギリシャに対する債権を持つユーロ圏の銀行の経営を揺さぶるし、スペインなどにも飛び火すればユーロ危機はさらに深刻になる。

緊縮派の勝利はギリシャ国民がユーロ圏残留を選択したことを意味し、悪夢のようなシナリオが現実になる事態はまずもって回避された。

通貨統合という歴史的試み

ユーロは1999年、EUの中の11カ国の共通通貨として創設された。当時は会計上の通貨であったが、2002年の紙幣・硬貨の流通開始を経て、現在ではEU加盟全27カ国中17カ国が導入している。20世紀の二度にわたる大戦などの反省から、戦後、欧州統合への動きが進展する中で、通貨統合は1970年代から議論され、東西ドイツの統一をきっかけに実現へ動いた。通貨発行権という国家主権の主柱のひとつを各国が放棄し、超国家的機構に委ねるという意味で、ユーロの創設は歴史的な挑戦といえる。それだけに克服すべき課題も抱えている。

通貨が共通なら政策金利などの金融政策も共通になる。共通の金融政策がうまく機能するためには、物流や労働力の移動などで共通通貨圏の一体化が進み、域内の経済状態に極端な差がないことが前提になる。

そのため、通貨同盟参加の条件として経済の収れん基準が定められた。1)過去1年間の消費者物価上昇率が最も低い3カ国の平均値プラス1.5%以下であること、 2)財政赤字が国内総生産(GDP)の3%以下であり政府債務残高がGDPの60%以下であること、 3)過去2年間独自に通貨切り下げを行っていないこと、4)過去1年間の長期金利が消費者物価上昇率の最も低い3カ国の平均値プラス2%以下であること――というのがその基準である。

だが、政府債務残高以外の基準は、過去1~2年という短期間の数値にすぎない。2001年にユーロに加わったギリシャが財政赤字の過少計上などの粉飾を行ったのは論外としても、最初の参加国を決める基準年だった1997年には、多くの国が一回限りの臨時増税や国有企業の株式売却で財政赤字を減らすといった“お化粧”を施して基準をクリアした。政府債務残高に関しては、イタリアやベルギーはGDPの120%程度という基準の2倍の高さだった。しかし、ユーロの創設は1999年1月1日が最終期限とされていた。延期は通貨統合そのものの中止につながる恐れもあり、見切り発車せざるをえなかった。

ユーロが導入されると、参加国の国債の金利は最も信用の高いドイツとほぼ同じ水準まで下がった。ユーロ圏内では為替変動リスクがなくなったという利点も大きく、成長余地の大きい南欧などにはドイツやフランスといった成熟した先進国から大量の資金が流れ込み、好景気に沸いた。

その反面、スペインやアイルランドでは1980年代の日本をもしのぐ不動産バブルが膨らみ、ギリシャやポルトガル、イタリアでは財政のタガがゆるんだ。域内でほぼ共通になった金利が、そうした国々にとっては低すぎたのである。

緊縮財政か、成長戦略か

2007年に不動産バブルがはじけ、アメリカ発の金融危機による景気の悪化も加わると、欧州の金融機関は大量の不良債権を抱え、各国政府の財政は急激に悪化した。信用の低下によってギリシャなどの国債利回りは跳ね上がり、市場での国債発行による資金調達が難しくなった。

欧州連合条約には、危機に陥った国を救済しないという条項がある。しかし、危機が広がる中で、問題国を放置すれば危機の深刻化、拡大に拍車がかかる恐れがあることから、EUはすでにギリシャ、ポルトガル、アイルランドへの支援を実施しており、スペインも銀行に対する支援を、キプロスも緊急融資を要請している。

EU非公式首脳会合後に記者会見するオランド仏大統領(2012年5月24日、ベルギー・ブリュッセルにて)(写真提供/AFP=時事)

その反省から、構造的な財政赤字をGDPの0.5%以下に抑える新たな財政協定が合意され、政府債務残高の対GDP比60%以下というルールを厳格化するなど、ユーロ圏は財政規律の強化に動きはじめた。しかし、イタリアのようにGDPの約120%の政府債務残高を抱える国が20年間毎年GDPの3%ずつ債務を減らし続けるのは現実には簡単でない。

そのため、緊縮財政一辺倒の政策を見直す動きが表面化している。フランスの大統領選挙では雇用や経済成長を重視する社会党のオランド候補が当選し、EUも新たな成長政策の策定に動きはじめた。経済が成長すれば税収が増える一方、失業給付などの歳出が減って財政が好転する。

また、各国が独自の通貨を採用している場合には、危機に陥った国の通貨は下落するが、自国通貨安によって産業の国際競争力が強まり、輸出の増加をてことして経済が成長軌道に戻ることが期待される。しかし、共通通貨の下では問題国は通貨安による経済の自律的な回復を期待できない。

緊縮政策による財政健全化も、緊縮政策と成長政策の両立も、どちらも決して容易ではない。だが、同じ課題は日本を含めて多くの国に突きつけられている。ユーロ圏の混乱が深まれば、ユーロ圏外に飛び火する危険性も大きい。ユーロの試練は対岸の火事ではない。

(2012年6月28日 記)

※本稿はジャーナリストの見解であり、欧州連合、欧州委員会および加盟国政府の公式の立場を反映するものではありません。

著者プロフィール

丸山 康之 MARUYAMA Yasuyuki

読売新聞東京本社調査研究本部次長・主任研究員。東京大学教養学部教養学科卒業。読売新聞で東北総局などに勤務した後、経済部記者として証券、素材産業、流通産業、大蔵省、農水省、外務省などを担当。中部本社報道部、経済部、東京本社経済部の各次長などを経て2006年から現職。