次世代移動通信(5G)で日・EUがシンポジウム

© European Union, 1995-2016

スマートフォンの爆発的な普及もあって、インターネットを流れるデータ量は飛躍的に増加し、2020年のモバイルデータトラフィックは、2010年に比べ30倍以上になることが予想されている。このような状況に対応するため現在の第4世代携帯電話(4G)より高速かつ大容量のデータ通信を可能にする第5世代移動通信システム(5G)の実現に向けて世界が動き出している。日本とEUも、2 月8日と10日の2日間にわたり、東京でシンポジウムを開催し、日欧の5G分野の研究者、技術者を集め、5G開発の現状や実現に向けた課題、今後の日欧協力などについて話し合った。

大容量データ通信時代を迎え日欧の5G専門家が意見交換

今や携帯電話が私たちの日常生活の一部であることは疑いようもなく、外を歩けばどこでも一心不乱にスマートフォンをのぞき込んでいる人々に出会う。ただ電話をかけたりショートメールを送ったりするだけではなく、映像や音楽をストリーミング再生したり、高度なグラフィックのゲームに興じたり、地図を見ながら移動するなど、近年は利用方法の多様化によってデータ通信量が飛躍的に増加。5G研究は、このような大容量のデータを、低コストかつ低消費電力で処理することを目標に進められている。

2020年ごろの商用化を目指している5G。大容量化や高速化などのコンセプトは固まり始めており、今後は標準化に向けた動きなどが本格化していくことになる © European Union, 1995-2016

このような中、2016年2月8日と10日、駐日欧州連合(EU)代表部はフランス大使館などと共同で、5Gをテーマにした2日間のシンポジウムを開催した。会場には5G関連の政策立案者、専門家、日欧それぞれの研究開発団体の代表者など200人を超える人々が集まり、総勢30名が登壇した。

シンポジウムでEUにおける5Gの取り組みを説明する欧州委員会のベルナール・バラニ・ネットワーク技術課課長補佐

日本とEUは、2015年5月に5Gをめぐる戦略的協力に関する共同宣言に署名している。これは5Gの定義に関する共通理解を醸成、5Gに関する世界標準化を推進しつつ適切な周波数帯を特定、新たなアプリケーションやエコシステムの発展を推進するなど、5G 分野での協力を強化するものである。また欧州の「5Gインフラストラクチャ協会(5G PPP)」と日本の「第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)」も2015年3月に覚書を交わし、次世代モバイルコミュニケーション開発について共同で道筋をつけることに合意している。

成長が見込まれている「IoT」分野に欠かせない5G技術

現在、新しいテクノロジーと機器(デバイス)がインターネットに接続され、今後も「データ量は増えることがあっても、減ることはない」と予測されている。近い将来、大きな成長が見込まれている分野が、たくさんの新しいオンライン機器を統合していくことになるであろう「モノのインターネット(Internet of Things、IoT)」である。コンピュータなどの情報・通信機器だけでなく、さまざまなモノに通信機能を持たせ、インターネットに接続したり相互に通信することにより、自動認識や自動制御などを行うことだ。

成長が見込まれている「モノのインターネット(IoT)」の実現には、膨大なデータ量や新しいデータ送受信を可能にする5Gの開発が欠かせない  © European Union, 1995-2016

例えば、健康を管理するための情報やスポーツ時の身体情報を送信する衣類や、上下水道や電気の使用状況のデータ送信、目的地やスピードなどの情報を提供する自動運転車、エネルギーの使用状況を知らせてくれる住宅、関連製品の情報を提供する未来の工場、リモートコントロールによる操作など、さまざまな技術の開発が行われている最中だ。

そこでは膨大なデータ量や新しいデータ送信の方法に対応した新世代のネットワーク技術開発が必要になる。改善が求められているのはデータ送信の速度だけでなく、接続待ち時間の削減、省エネ向上、ユーザー密度の高い環境への対応などである。工場、e-ヘルス(IT技術を活用した、健康づくりに役立つ情報・サービスの利用・提供)、エネルギー、自動車など、各部門によって技術上の要件は異なるだろう。

産業界の中枢を担う5Gのネットワークと機器の安全性確保を検証

主要な課題の一つは、これら多岐にわたる部門の技術をネットワーク上に集めたときに起こるであろう、さまざまな影響に対処することだ。5Gネットワークと先端機器は現代社会や多様な産業界の中枢を担うテクノロジーであることから、ネットワークと機器の安全性を確保するのは必須の条件となる。2月に開催されたシンポジウムでは、このような予想を2つのプレゼンテーションで検証した。この検証の成果は今後の技術開発に組み込まれ、認証、評価、ネットワークの安全基準などにも応用されることになるだろう。

またシンポジウムでは、産業界および大学の研究者が、無線によるアクセスと5Gで必要となるネットワーク技術についていくつかのプレゼンテーションを行った。題材となったのは、「周波数の割り当て」、「電波を送受信するためのアンテナと通信機器などがワンセットになった基地局(ベースステーション)インフラ」、「小出力でカバー範囲の狭い基地局(スモールセル)」、ネットワークの制御をハードウェアから切り離し、コントローラと呼ばれるソフトウェアで実現する「ソフトウェア・デファインド・ネットワーキング(SDN)」、さらに「ネットワーク機能の仮想化」や「周波数使用の画期的な新手法」などのトピックである。

日・EU共同研究の活動実績も披露

これまでに、EUの研究・イノベーション資金助成枠組み計画(「FP7」とそれに続く「ホライズン2020」)と、日本の総務省(MIC)ならびに独立行政法人情報通信研究機構 (NICT)は、3つの共同公募を行っている。資金助成を受けているネットワーク関連の10の共同プロジェクトのうち3件が5Gに直接関係している。シンポジウム2日目には、それらの日・EU共同研究が、双方が連携する活動の実例として示された。「ミリ波を活用するヘテロジニアスセルラネットワークの研究開発(MiWEBA)」、「高密度ユーザ集中環境下におけるフォトニックネットワーク技術を用いた次世代無線技術の研究(RAPID)」、「グリーンコンテンツ指向ネットワーキング(GreenICN)」の各プロジェクトに関するプレゼンテーションである。

今年の夏には、3度目の共同公募の中から、5G関連の新しいプロジェクトも立ち上がる。 研究が進むに従って、標準化への取り組みやテクノロジーを実証するための実地試験が必要となってくる。多くのプレゼンテーションがこれらのトピックについて言及し、その後、パネルディスカッションも行われた。

シンポジウムには日欧から多くの関係者が参加した(2016年2月10日、駐日EU代表部) © Copyright 1998-2016 Delegation of the European Union to Japan.

「未来の6Gはどのようなものになるのか」、「垂直的な関係にあるセクター同士やコントロールシステムとの統合や6Gと5Gとの関連はどうするのか」、「既存ネットワーク内ですでに行われた大規模な投資をどのように生かすのか」、「現在一般的に使用されている小型端末(ハンドヘルド)機器は実際のところ2020年までに5Gネットワークに対応できるのか」、「これらの技術開発費用をどのように捻出するのか」といったさまざま問題が活発に議論された。

世界無線通信会議に向け日・EUの相互協力が重要

総括では、欧州の5G PPP理事長を務めるノキアのリサーチ・アライアンス統括であるワーナー・モール氏と日本の5GMF事務局長を務める佐藤孝平氏が登壇。日本と欧州の技術的なアプローチは似ているものの、垂直統合へのアプローチにいくつかの相違点があり、これらの相違点は相補的な性格のものであると説明した。

両氏の見解によると、使用可能な周波数帯を適切に確保することが大きな課題であり、日本と欧州でさまざまな経験が共有できるという。さらには技術開発に使用される周波数帯や、技術開発が始まる時期についても議論がなされた。また両氏は、日・EU間はもとより、他の地域とも連携することによって、5Gの標準化や開発のロードマップに向けた合意を築くことができるとの見通しを語っている。2019 年世界無線通信会議(WRC-19)や技術検証のデモンストレーションに向けた対話と相互協力を進めることが、日本と欧州の双方に大きな利益となるだろう。

なお、2月のシンポジウムに参加した5G分野における日欧のキーマンに感想および5G分野における日欧協力などについて話を聞いた結果は下記の通り。

第5世代モバイル推進フォーラム
(5GMF)事務局長
佐藤孝平氏
5Gインフラストラクチャ協会
(5GPPP)理事長
ワーナー・モール氏
欧州委員会通信ネットワーク・コンテンツ・技術総局(DG CONNECT)ネットワーク技術課 課長補佐
ベルナール・バラニ氏
駐日EU代表部で開催されたイベントは、5Gに関する日・EU関係を進展させる上でどの程度の重要度を持っていたか? 今回のシンポジウムは、5Gに対するビジョン、戦略、研究開発や標準化への取り組み、等のさまざまななテーマ・課題に関して、日欧の類似点・相違点を考える上で非常に重要なイベントだった。 日欧間でこれから行われる5G開発を互いに展望し、双方のつながりを強化するのに有益なイベントだった。 日本の5Gに向けた最新の計画とアジェンダを理解することができた。攻めの配備タイミングを掲げた日本の取り組みは急速に進んでおり、5Gの周波数帯もすでに特定されている。イベントは2015年の世界無線通信会議(WRC)から時期をおかずに開催され、5G帯域の特定とも関連して、欧州の関係者が日本側の最新の展望を理解する好機となった。「ホライズン2020」の最終事業計画の準備が進行中で、イベントではこの工程も発表された。
5Gに関する日本と欧州のアプローチが、大きく異なっていると思われるのはどのような点か? 総括討議(Wrap-up)でも言及したが、垂直(バーチカル)に対する考え方や取り組みが異なっており、5GMFとしても大いに参考にしたいと考えている。 日本側は、主にブロードバンドのモバイルコミュニケーションに焦点を絞っている。また垂直セクターのリンクを確立させることが非常に難しいという問題点が認められた。それでも伝統的な電気通信を越えて拡張する活動への関心はある。 欧州はすでに垂直セクター間の協力で一歩先を行っており、『垂直的産業を強化する5G』と題する白書を作成している。白書は2016年2月22日にバルセロナで開催された「Mobile World Congress 2016」で公開されている。 長期的に見れば、相違点は多くない。短期的に見ると、日本は超高速サービスと新帯域の使用をより重視している。これは第3世代移動通信の標準化プロジェクト(3G PP)にも反映され、日本はそこで「extended Mobile Broadband (eMBB)」をサポートしている。欧州の状況はこれと異なり、標準化や導入に向けたIoTや機器間通信であるMachine to Machine (M2M)サービスをより重視している。
5G分野における日本と欧州の協力関係は、将来どのようになっていくと予測しているのか? 日欧が得意な分野での研究開発を推進するのが最も効率的であり、それを継続することが重要。今回のシンポジウムのように、相互に情報・意見交換できる機会を定期的に設定するのが重要と考えている。また、標準化活動、特にスペクトラムについては、2019 年のWRCに向けた協力・協調が不可欠だ。 3Gの規格であるUMTS(Universal Mobile Telecommunications System)の開発以来、日本と欧州はすでに長期にわたる協力実績がある。そのため土台となる信頼関係は確立済み。5GPPPは2015年3月に日本の5GMFと覚書への署名を交わしており、5GMFのほか中国、韓国、米国のパートナーたちと共に一連のグローバルな5Gイベントを準備しているところだ。 グローバルな相互運用性を実証するため、日本と欧州には共有すべき問題がたくさんある。現在の協力の枠組みで、私たちは協働で実験や試験に取り組むアプローチをとっている。この協力を通じて、私たちは市場を分断する可能性のある地域ごとの施策を防ぐように努めている。これらの目標は、将来に向けた協力の文脈でも、引き続き有効なものとして進められていくだろう。
日本と欧州が取り組むべき具体的なステップは、どのようなものになると考えているか? 特に具体的な提案はないが、5Gに関する世界的なイベントはたくさんあるので、大きなイベント(例えば、Global 5G Event)の機会を捉えて、日欧のエキスパートの情報・意見交換の場を設定するなどの効率的な活動を検討すべきだ。 前述のとおり5GPPPは、日本の5GMFおよび中・韓・米のパートナーたちと意見交換を行い、コンセンサスを形成するために一連のグローバルな5Gイベントを準備中で、本年5月31日と6月1日に北京で、11月には欧州で開催される。現在は標準化へのプロセスが始まったところで、日欧の関係者が同じ立場で将来を展望して基本的な構想に同意するため、多くの交流を行うことになる。5GPPPは、これらの活動を支援するとともに、コミュニケーションネットワークと5Gの分野で日本とEUの共同公募も予定している。 欧州委員会側では、5G研究における次のステージを定義するプロセスに進んでいる。今後はより「実験的で試験的」な形で日本との共同研究を進めていくよう提案していくことになる。2020年の東京オリンピックに向けて計画されている試験運用に、欧州関係者が参加する可能性を探りたいと考えている。2016年中に2018年〜2020年の日本との最適な5G協力目標を定義することを目指す。