2012.2.17

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欧州債務危機への対策相次ぐ

欧州債務危機への対策相次ぐ
PART1

危機克服に向けた戦略

今回の危機の発端は、2009年12月のギリシャにおける債務問題の顕在化だった。その2カ月前に同国で政権交代があり、前政権時代の財政統計に重大な不備とごまかしがあったことが発覚したことから、危機が欧州全体に波及し始めた。その背景には2008年夏のリーマン・ショックで、ユーロバブルが崩壊し、EU加盟国の財政赤字が急拡大していた事情があった。

ユーロ圏諸国(17カ国)は2010年5月、欧州の金融支援策として、欧州金融安定化メカニズム(EFSM1)と欧州金融安定基金(EFSF2)の設立を決定した。また、同年12月に欧州理事会(EU首脳会議)がEFSMとEFSFを収束・拡大し、より包括的で恒久的な欧州安定メカニズム(ESM3)を形成することに合意した。しかし、2年近く経過してもEU内の財政問題の鎮静化には遠く、危機はアイルランド、ポルトガルに及び、さらにはスペイン、イタリアに広がろうとしている。

1 EFSM=European Financial Stabilisation Mechanism
2 EFSF=European Financial Stability Facility
3 ESM=European Stability Mechanism

歴史に残る首脳会議

2011年12月の欧州理事会は調整が難航したが、サルコジ仏大統領は会議後の記者会見で「歴史に残る首脳会議だった」と大きく胸を張った。その成果は、一部の加盟国を除き、いわゆる「財政安定同盟」に向けた動きに基本的に合意したことだ。具体的な内容は、第1に財政赤字がGDP比0.5%を上回った場合には罰則を科すといった新しい財政ルールを含む「財政協約」(Fiscal Compact)作りに合意したこと。

第2は恒久的な安全網(セイフティネット)としてのESMの設立について、当初の2013年7月から1年早め2012年7月に前倒しすることを決めたことだ。これらの措置は、1999年1月のユーロ誕生以来の懸案である財政統合に向けた第一歩を踏み出したという意味で“歴史的”であった。さらに2012年1月30日には、英国とチェコを除く加盟25カ国が前述の財政規律を強化するための「安定、協調および統治に関する条約」(財政協約)に3月に調印することで合意した。

危機対応の財政資金枠を確保

(左から)ギリシャのパパデモス首相、ユーログループのユンカー議長、欧州委員会のバローゾ委員長(2012年1月30日、ブリュッセル)© European Union, 2012

2月2日にはユーロ圏17カ国がESM創設条約に調印、各国の迅速な批准を経て同条約の7月の発効を目指す。ESMの稼動が予定より早まるため、当初12カ月間はESMとEFSFが並存することになる。両者を合わせた最大融資能力は5,000億ユーロ(約50兆円)と設定されている(2012年2月現在)。さらに、将来の課題として「ユーロ圏共同債」の発行を検討するなど、EUは危機回避のため相次いで行動を取っている。

危機の直接的な結果として、以前には予想できなかった速さで、大規模な構造改革が欧州全域にわたって起こりつつある。危機は欧州中央銀行(ECB)の積極的な関与も促した。ESMと財政協約を危機克服のための戦略の二本柱に据え、EUは引き続き財政安定と経済成長に向けて努力を続けていく。

欧州債務危機をめぐる動き
  • 2009年10月 ギリシャ債務問題発覚
  • 2010年5月 ユーロ圏諸国とIMFがギリシャへの金融支援、EFSMとEFSFの設立を決定
  • 2010年11月 アイルランド債務危機に金融支援決定
  • 2010年12月 欧州理事会、2013年7月までに恒久的安全網ESMを創設することで合意
  • 2011年5月 ポルトガル債務危機への金融支援決定
  • 2011年7月 ギリシャ向けの第2次金融支援決定
  • 2011年10月 欧州理事会、ギリシャの債務削減を21%から50%に引き上げ
  • 2011年12月 欧州理事会、財政安定強化のための新条約に基本合意、ESM創設を2012年7月に前倒し
  • 2012年1月 英、チェコを除く25カ国が財政協約調印で合意
  • 2012年2月 ユーロ圏17カ国、ESM創設条約に調印

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