2024.11.7
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幾何学模様が連なる、モビールのような室内装飾「ヒンメリ」。肌に感じるか感じないか程度のそよ風を受けてゆったりと揺れるヒンメリは、見る人に癒しを与えるフィンランドの伝統装飾だ。フィンランドでヒンメリに出逢い、その美しさに魅せられて自らヒンメリを作るうちに、いつしかアーティストとして活動するようになったという山本睦子さんを北海道に訪ね、その魅力について聞いた。
ライ麦のわらで作るヒンメリのゆらめきは、まるで竹林の中で風に揺れる竹葉のように繊細で優しい。もともとは収穫を祝う伝統的な装飾品だったが、現在は、フィンランドのクリスマスを彩る装飾として知られている。
「私も、冬にフィンランドを訪れた時に初めてヒンメリを目にしました。クリスマス用に飾り付けされた商業施設のショーウインドーの中でも、温かな灯りに照らさたヒンメリはひときわ美しく、とてもモダンなデザインに感じました」と山本睦子さんは当時を振り返った。
グラフィックデザイナーとして仕事をしてきた山本さんにとって、世界的なテキスタイルブランドMarimekko(マリメッコ)などを生んだデザイン大国フィンランドは憧れの国だったと言う。フィンランドを訪ねれば、その大胆な図案や色使いがどのように生まれたのかを理解できるのではないかと考えた。そこで図らずも、正八面体を基本の形として組み合わせるヒンメリの美しさにひと目で心を奪われた。
帰国後、いつかまた旅する時のために習っていたフィンランド語のネイティブの先生に「ヒンメリを作りたい」と話したところ、「なぜヒンメリ?」と驚かれた。ヒンメリは古い時代の装飾品で、今は街で見かけることはあっても家庭に飾られることはあまりない。そんな伝統色の強いヒンメリに日本人が魅了されたことを先生は不思議に思ったようだ。ただ幸運なことに、その先生はフィンランドの伝統的な文化や風習に詳しく、ヒンメリの作り方も知っていた。語学レッスンの後に基本のヒンメリ作りを教わるところからスタートした。
「平面のデザインを仕事にしている私にとって、立体を生み出すことが新鮮でした。仕上がりをイメージしたラフを描き、わらと糸で正三角形に作るところまではほぼ平面の作業ですが、糸を持ち上げると立体が突如現れる。その瞬間は、今でもワクワクします」
山本さんは、材料にも心を砕く。ヒンメリは太さや色をそろえると圧倒的に仕上がりが美しくなるが、天然のライ麦は1本が2mくらいに成長し、根元から穂先にかけて段々茎が細くなり、色もバラバラ。人工素材を使った方が楽なはずだが、「天然の材料を使い、いつしか飾りとしての寿命を終えたものはすべて大地に還る、そんなサイクルにしたい」と自然の素材を使うことにこだわる。今では、自身で無農薬のライ麦を栽培している。
作品を作り始めた当初は自身のウェブサイトで発表するのみだったが、その美しさに多くの美術館や商業施設から「展示したい」と声がかかるようになった。
なぜヒンメリは見る人の心に響くのか。それについて山本さんは「『f分の1のゆらぎ』という言葉をよく耳にしますが、ヒンメリの揺れも『f分の1のゆらぎ』に近いのかもしれません。だから見ていて心地良いですし、落ち着くのではないでしょうか」と分析する。
「f分の1のゆらぎ」とは、自然界に存在するリズムや揺れなどのことで、人をリラックスさせたり心地よさを感じさせたりする効果があるとされている。代表的なものに焚き火の炎や、川のせせらぎの音などがある。
「フィンランドの人たちは家の中を快適に過ごすことに貪欲と言えるほど熱心です。灯やカーテンの使い方ひとつをとってもとても上手で、木や石など、自然にあるものを利用して暮らしを彩っています。フィンランドの暮らしから、心地よく暮らすためのヒントをたくさんもらえる気がしているんです。ヒンメリもその一つ。これからも多くの作品を作っていきたいと思います」
「自然を敬う心こそ、日本とフィンランドをつなぐものかもしれない」と山本さん。日本で一番フィンランドの気候に近い北海道を拠点に、ヒンメリが生まれた当時の人々の暮らしや願いに思いを馳せながら、遠く隔たれた日本とフィンランドをつなげていく。
ヒンメリ作家、グラフィックデザイナー。ヒンメリの作品制作、展示、ワークショップなどを通じて、フィンランドの伝統装飾品の素晴らしさを伝えている。現在は北海道フィンランド協会の理事も務め、フィンランドと北海道の文化交流にも積極的に関わっている。2024年11月10日まで神戸ファッション美術館で「フィンランドのライフスタイル」展にて作品を展示中。
ヒンメリの起源やフィンランドでの飾られ方などについて、日本にあるフィンランドの文化学術機関であるフィンランドセンターのアンナ=マリア・ウィルヤネン所長に話を聞いた。
ヒンメリは中世に中東欧からスェーデン、そしてフィンランドへと伝わった伝統的な装飾品です。「himmeli」の名前はドイツ語に由来していて「空」を意味します。
フィンランド人はクリスマスの直前、家を片付けることに夢中になります。そしてすべてを片付けた後、テーブルの上にヒンメリを吊るしました。またヒンメリは豊作を祈る手段でもあり、ヒンメリが大きければ大きいほど芳醇な収穫が得られると考える人もいたようです。
現在、ヒンメリはクリスマスツリーに飾るのが一般的で、他の場所に飾られているのをあまり見かけません。フィンランドの人々にとってヒンメリは素朴な飾りですが、ヒンメリは見る角度や回転によって、まるで新しいものを見るような感覚になることもあり、時が立つのを忘れて見入ってしまいます。また落ちる影も魅惑的なので、日本の人たちが魅了される理由も分かる気がします。
フィンランドにはヒンメリで知られる地域があり、西海岸や中西部がその一つです。周囲を雪に覆われたとても暗い冬の街の小さな店や市場に、美しいヒンメリが展示されているところは神秘的ですらあり、フィンランドには素晴らしい伝統が残っているなと感じます。
私の家にも祖父母から伝わる小さなヒンメリのオーナメントがあります。祖父母はもうこの世にいませんが、彼らは私にとってとても大切な人たちでした。ですから、クリスマスの時期にヒンメリを飾ることを通じて、祖父母が一緒にいてくれるように感じられるのも素敵なことです。
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