2013.4.23
FEATURE
1985年から欧州連合(EU)が毎年制定する欧州文化首都。今年はスロヴァキアのコシツェとフランスのマルセイユ=プロヴァンスがその役を担う。「マルセイユ=プロヴァンス」と聞いて、おやと思う人がいるに違いない。なぜ単に「マルセイユ」ではないのか、と。この点がまさに今回の欧州文化首都の大きな特徴でもある。
「マルセイユ=プロヴァンス」とは
マルセイユ市と周辺の市町村を含めた行政上の正式名称として「マルセイユ・プロヴァンス都市共同体(※1)」(Communauté urbaineMarseille Provence Métropole)がある。しかし今回の欧州文化首都「マルセイユ=プロヴァンス」は、それよりずっと広い地域に及び、近隣のエクス・アン・プロヴァンス、マルティーグ、アルルといった中都市やその周辺の市町村を含む97自治体にまたがるメガエリアを指す。 |
紀元前600年頃に建設され、フランスで最も古い都市といわれるマルセイユ。港湾都市として栄え、フランスおよび地中海で最大の貿易港(欧州5位)を擁する。フランス第2の都市であり、国際的な知名度は高い。地元のサッカークラブ、オランピック・ド・マルセイユは、かつて欧州チャンピオンに輝いたこともある名門で、市の知名度アップに一役買っている。そのせいか、スポーツが盛んな街というイメージが強い反面、文化色があまり感じられなかったのも確かだ。
その点、近隣には豊かな文化的環境で知られた都市がある。例えば、画家セザンヌの出身地で、数々の美術館があり、学術都市でもあるエクス・アン・プロヴァンス。ゴッホが愛し、世界遺産に登録されたローマ遺跡や中世の建造物を有するアルル。商業都市マルセイユにこれらの都市が加わってこそ、「文化首都」の名を存分にアピールできる。
そもそもマルセイユ市議会が2013年の欧州文化首都に立候補することを決議したのは、9年前の2004年3月。それから約2年半の間に、一都市としての立候補に限定せず、近隣地域を組み入れた大都市圏として名乗りを上げる“秘策”が練り上がった。国内の最終選考まで残ったボルドー、リヨン、トゥールーズといった強力なライバルを退けるためには、「マルセイユ=プロヴァンス」構想がどうしても必要だったのだ。
2006年12月には、同構想に基づく計画の推進団体「マルセイユ=プロヴァンス」が発足、2007年11月に正式立候補、翌月の第1次選考を通過し、2008年9月の最終選考を経て、マルセイユ=プロヴァンスが欧州文化首都2013に選ばれた。こうして、過去の欧州文化首都にはなかった広範囲な開催地が生まれた。
マルセイユ市長を務めて18年目のジャン=クロード・ゴダン氏はこう振り返る。
「アイディアが斬新だったからこそコンペに勝てた。行政の壁を越え、共通の目的を掲げて、新しい文化的な対話の場をつくる。この点で他の候補都市に差をつけることができたと思います。マルセイユの歴史と切っても切れない地中海、そして地中海に開く欧州というテーマの上に、創造的な文化プロジェクトを打ち立てたことが勝因でしょう」(PACA地域圏(※2)の無料カルチャー情報誌『ジベリーヌ』のインタビュー、2012年11月)
欧州文化首都「マルセイユ=プロヴァンス2013」(以下、MP 2013)では、年間を通じて展覧会、公演、イベントなど大小さまざまなプログラムが組まれており、その数は全部で900近く(うち650がマルセイユにて開催)とも言われる。絵画、彫刻、音楽、演劇、ダンス、文学、映画はもちろん、ポップカルチャーや料理、サーカスや大道芸など、ありとあらゆる文化のジャンルをカバーしている。伝統的な古典芸術から、最新のテクノロジーや都会的感覚を駆使した現代アートまで、バリエーションも豊かだ。中でも、マルセイユ=プロヴァンスの特徴を強く打ち出したイベントを以下に紹介しよう。
ミディ(Midi)とは南フランスのこと。エクス・アン・プロヴァンスやアルルなど、偉大な画家たちが愛した南仏の風景を、1880年から1960年代までに描かれた200点近い名作絵画で紹介する。エクス・アン・プロヴァンスとマルセイユの2カ所で別々の展示が同時に開催。
会期:2013年6月13日~10月13日
http://www.grandpalais.fr/en/event/grand-atelier-du-midi (英語)
南仏では、夏真っ盛りとなる6月後半から8月前半にかけて毎年、各地でさまざまなフェスティバルが開かれ、野外中心のイベントが目白押しとなる。欧州文化首都の今夏は、例年よりさらに充実したプログラムが期待できる。
写真の盛んな欧州でも最も名高い写真の祭典。今年で44回目を迎える。オープニングウィークの7月1日~7日が最も賑わうが、数々の展示会は9月22日まで開かれる。
http://www.rencontres-arles.com/en (英語)
1948年以来開催されているオペラを中心としたクラシック音楽の祭典。欧州文化首都の今年は、17世紀以来初めて、野外のサン=ジャン大劇場で上演されるフランチェスコ・カヴァッリのオペラ『ヘレナの誘拐』が目玉。音楽祭の開催期間は6月15日から7月27日まで。
http://www.festival-aix.com/en (英語)
マルセイユも、マルセイユ・ダンス・フェスティバル(6月19日~7月12日)、FIDの愛称で知られるマルセイユ国際ドキュメンタリー映画祭(7月2日~8日)、ロンシャン宮で開かれる五大陸ジャズフェスティバル(7月17日~27日)ほか、さまざまな催しが続く。8月には市内あちこちの公園で毎日、日没後に映画の野外上映が行われる。
数々のイベントが行われるMP 2013の中でも、ひときわスケールが大きくユニークなのが、「GR® 2013」だ。GRとは大ハイキング(grandes randonnées)の意。MP 2013開催地のほぼ全体に8の字を描くように、38市町村を横切る365kmのコースを設定し、10人の「歩くアーティスト」たちとともに歩くイベント。「道は作品」とのコンセプトで、自然や街の中を通り抜けながら、人と自然の関係や都市空間のあり方を考える試みだ。「誰でもいつでも参加できる」のがこのイベントの特徴で、参加者は思い思いにその様子を、写真、音声、文章などで発信、共有することができる。
http://www.mp2013.fr/gr2013/ (仏語)
先に述べたように、一般的には文化都市のイメージが薄かったマルセイユだが、2013年の文化首都に決まった2008年以降、大々的な文化インフラ計画が次々と打ち出された。今年に入って独創的な建築が相次いで完成し、文化首都の名にふさわしい新たな景観を生み出している。今回の主な会場ともなるマルセイユの最新カルチャースポットを紹介しよう。
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マルセイユ旧港(Vieux Port)のジョリエット地区に立つ6,000㎡の巨大倉庫を改装した「J1」。MP 2013のメイン会場だ。2,500㎡の巨大展示スペースでは、2つの大規模な展覧会が開かれる。コンサートやシンポジウムなどの会場となるホール、アトリエやフォトスタジオ、3つのギャラリー、書店やバー・レストランが併設。フェリーの発着場としての機能を維持しているのもユニークで、地中海の文化発信地と呼ぶにふさわしい。
■企画展
2013年1月12日~5月18日(5月1日を除く)
MÉDITERANÉES. Des grandes cités d’hier aux hommes d’aujourd’hui(地中海——いにしえの都市国家からいまに生きる人々まで)
2013年10月11日~2014年1月12日
Le Corbusier et la question du brutalisme(ル・コルビュジエとブルータリズムの問題)
冷房設備がないため夏季(5月19日~10月10日)は閉館
旧港地区の市庁舎裏に立つ3000㎡(地上3階、地下2階)のパビヨンM。MP 2013の「メインゲート」的な機能を果たす総合案内スペースだ。万国博覧会のパビリオン(フランス語でパビヨン)をイメージして設計された。イベントやプログラム、マルセイユ市やプロヴァンス地方についての情報が得られるほか、さまざまなイベントが開催。
開館日:2013年1月12日~12月31日(5月1日を除く)
入場無料
MP 2013に合わせ、今年6月7日にオープンする4万㎡の巨大ミュージアム。旧港ジョリエット地区のJ4埠頭に立つ。2005年に閉館となったパリの国立大衆芸術民間伝承博物館の所蔵品を受け継ぐ。3階建てでフロアごとに異なる展覧会を開催。敷地内にはマルセイユの代表的モニュメント「サン=ジャン要塞」を含み、要塞の内部も写真やビデオ作品の展示スペースとして使われる。
■オープニング特別展
2013年6月~12月
Le Noir et le Bleu. Un rêve méditerranéen(黒と青——地中海の夢)
Au bazar du genre, féminin/masculine(ジェンダーの市、女性/男性)
フランスの文化政策の特徴として挙げられるのが、各地域圏[1]にある現代美術基金。地方行政の最大単位である地域圏が主体となって現代美術の振興を支援する仕組みだ。PACA地域圏の同基金は、創設以来の拠点を離れジョリエット地区に新しいセンターをオープンした(2013年3月22日)。設計を担当したのは隈健吾氏。8階建ての超近代建築には、2つの展示スペース、250人収容のホール、図書館、カフェ・レストランなどのほか、招聘アーティストが居住できるレジデンスも備えられている。
アフリカから欧州への玄関口としてのマルセイユの歴史を物語るのが、かつてのマルセイユ港保健センターの存在。その昔は伝染病の防波堤という重要な役割を担っていた。1940年代から60年代にかけてマルセイユやエクス・アン・プロヴァンスの公共建造物を数多く手掛けた建築家、フェルナン・プイヨンが設計した同センターは、老朽化のため取り壊しが予定されていたが、MP 2013を機に、往時の面影を残す形で改修され、「プロヴァンスの視点」という名のミュージアムに生まれ変わった(2013年3月1日オープン)。
■常設展「港湾保健センターの記憶」のほか、随時企画展を開催。
http://www.museeregardsdeprovence.com/ (仏語)
かつての地中海地域センター(CeReM)が新たに「ヴィラ・メディテラネ」として2013年4月7日にオープンした。L字を横倒しにしたような建物は、MP 2013を機に建てられた新建築の中でも、ひときわ目立つ。最上階の4階を「宙吊り」に、地下の3フロアは水面の下に据え、「空と海の間」を表した。展示スペースのほか、同時通訳ブースを備えた国際会議場もある。文化を通じてさまざまなネットワークが生まれる交流の場を目指す。
■オープニング特別展
2013年1月12日~5月18日
2031 en Méditerranée, nos futurs ! (地中海の2031年、われらの未来!)
http://www.villa-mediterranee.org/en (英語)
マルセイユ3区ベル・ド・メ(5月の美女)地区のタバコ工場を改修して1992年にオープンした「ラ・フリッシュ」(荒地)は、4万5000㎡の広大な「アート村」。現代アートを中心にさまざまなイベント・スペースが並ぶほか、アーティスト集団やプロダクションなど70団体がアトリエやオフィスを構える。今回のMP 2013を機に拡張され、ビジュアル・アートとスペクタクルの会場となる4000㎡の「トゥール・パノラマ」が新たに加わった。
* * *
177万人が住む97市町村を舞台に繰り広げられる欧州文化首都マルセイユ=プロヴァンス2013。企画、制作、広報、運営に関わる予算が4年間で9,200万ユーロ(2013年4月15日時点のレートで118億円)と、文化イベントとしては類を見ないスケールだ。さらに、今年までに建設あるいは改修した文化施設は60にのぼり、総工費は6億8,100万ユーロ(同873億円)。まさに街を変えてしまうほどの巨大イベントであることがわかる。
2013年1月12日に開幕して以来、MP 2013の各イベントの訪問者数は、2月末時点で早くも100万人を超えた。1月12日と13日の週末に行われたオープニングイベントには、マルセイユ旧港だけで40万人、合計60万人を集めた。新しい施設も、2月末時点でパビヨンMが10万人、J1が7万人の入場者を記録するなど好調だ。年間の観光客数を例年の200万人増にすることが目標というマルセイユ=プロヴァンス、夏のバカンスシーズンにはさらに賑わいそうだ。(データ:マルセイユ=プロヴァンス商工会議所)
MP 2013 公式サイト(英語)
欧州委員会「欧州文化首都」(英語)
(※1)^ 都市共同体は、フランス特有の、大都市を中心に周辺の小さな自治体を統合した行政区分。
(※2)^ 地域圏とは、複数の県を束ねた行政区分で、概ね「州」に該当する。マルセイユとプロヴァンス地方はプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏に属する。同地域圏は頭文字をとってPACAと呼ばれる。
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