2019.12.5

Q & A

EUのワークライフバランス指令とは?

EUのワークライフバランス指令とは?

ジェンダー間の雇用格差を是正し、個人の生活の質を向上させることを目指す、EUの新「ワークライフバランス指令」。この新指令により、EUが定めた「欧州社会権の柱」の基本原則でもうたわれている、ジェンダー平等や機会平等、ワークライフバランス、育児と子ども支援、長期介護といった面での、さまざまな改善点を紹介する。

Q1. 「ワークライフバランス指令」が施行された背景と目的を教えてください。

共働きの家庭で夫婦双方のワークライフバランスが保たれることは、労働市場への参加を拡大し、個人の生活の質(QOL)の向上に寄与します。2019年8月に発効した、欧州連合(EU)の新たな「ワークライフバランス指令(育児者と介護者のワークライフバランスに関する2019年6月20日の欧州議会・理事会指令〈Directive (EU) 2019/1158〉)」は、労働市場への参画率が男性よりも女性の方が低いことや、女性のキャリアアップへのサポートが不十分であることに加え、労働市場におけるジェンダー間の処遇と機会の不平等に対処するための包括的な措置として策定されました。新指令はまた、男性も家族の世話をすることを奨励しており、非差別とジェンダー平等を推進します。

新指令は、男性も家族の世話をすることを奨励しており、非差別とジェンダー平等を推進する
© European Union, 2019 / Personalities: Lore Van Orshaegen

例えば、女性の就業率は男性に比べて11.5ポイントも低く、フルタイムで働く女性の割合は男性を18ポイント下回っています。中でもジェンダー間の雇用格差は、育児や介護に関わる人々に最も顕著に表れています。女性は家族の世話のためにパートタイムで働くことが多く、働く女性全体の31.1%がパートタイム労働者として勤務しており、男性の8.2%よりも格段に高くなっています。

このような構造がジェンダー間の賃金格差、ひいては年金受給額の格差につながり、結果的に、女性は男性よりも社会的排除や貧困に陥りやすい状況にあります。その一方で、ジェンダー間の雇用格差による経済的損失は、年間3,700億ユーロにも上るとされ、EUの経済にとっても格差是正が喫緊の課題となっています。

こうした現状を改善するため、欧州委員会は産前産後休業や育児休業に関する既存の指令に代わるものとして、2015年により総合的な指令を提案しました。これは2017年に採択された「欧州社会権の柱(European Pillar of Social Rights)」の原則と深く関わっており、特にジェンダー平等、機会平等、ワークライフバランス、保育と子ども支援、長期介護といった基本原則の実行を奨励する内容となっています。同案に基づく「ワークライフバランス指令」は、欧州議会と欧州理事会での採択を経て、2019年8月1日に発効しました。

新指令では、「父親の産休」「育児休業」「介護休業」「柔軟な勤務形態」の4分野について規定を設けています(Q3の表を参照)。

Q2. 従来は、どのような関連法規が適用されていましたか?

EUはこれまで、「産前産後休業指令(Maternity Leave Directive、1992年発効)」と「育児休業指令(Parental Leave Directive、2010年発効)」という2つの指令を、ワークライフバランス向上のための枠組みとしていました。

「産前産後休業指令」では、女性の産休期間を最低14週間、このうち就業禁止期間を出産前と出産後の2 週間、また国によっては出産前か出産後の2週間のどちらかとし、EU加盟国の国内法に即した適正な給付金の支給を規定していました。欧州委員会は2008年に、同指令の改正案として産休期間を18週間に延長し、このうち少なくとも出産後6週間を就業禁止期間とし、産休期間中は給与全額を手当として支払うことを提案しました。欧州議会は2010年に、産休期間をさらに20週間に延長、また2週間の「父親の産休」を加え、母親の産休と同じ条件を認める改正案を決議しましたが、EU理事会で意見がまとまらず、同案は4年間凍結されました。その後もEU理事会が合意に達しなかったため、欧州委員会は2015年7月に提案を取り下げ、新指令の提案に切り替えたのです。

ワークライフバランス指令によって得られるメリットを説明するビデオ © European Union, 1995-2019

一方、「育児休業指令」では、働く父親と母親両方に対する育休の最低必要条件と、これに関連する雇用保護について規定していました。その主要項目は以下のとおりです。

  • 労働者は実子誕生、または養子受け入れ後に育休を取得する権利がある
  • 男性と女性は、育休の取得に際し、雇用契約の種類に関係なく同等の待遇を受ける
  • 最低4カ月の育休を両方の親に個人的権利として与えなければならない
  • 育休取得に関する規定
  • 育休取得後に労働者が復職する権利と、差別されない権利を保障する規定

新指令は2010年の育児休業指令を拡充しつつ、置換するものとして施行されましたが、上記の産前産後休業指令に加え、パートタイムや同一賃金などに関する他の幾つかの指令と関連性が高くなっています。

Q3. 新指令では、現行の法令と比べてどのような点が改善されているのでしょうか?

働く父親は、子どもの誕生に伴う休暇を取得できるようになり、その間、少なくとも病欠時と同等の補償が受けられます。

育児休業においては、父親と母親のそれぞれに付与されている最低4カ月の休業期間中、そのうち2カ月は両親の間で譲り合うことはできません。また、フルタイム、パートタイム、分割勤務いずれの形態でも取得可能になります。譲渡できない2カ月間の育休期間中は、EU加盟国それぞれの水準で給付金が支払われます。

また新指令は、1年間に5労働日という、EU統一の介護休業規定を設けました。また、勤務環境がより柔軟なものになります。さらに、8歳以下の子どもを持つ労働者、そして全ての介護者は、柔軟な勤務形態を求められるようになります。

新指令施行による改善点

現行法令 新指令
父親の産休(Paternity Leave) EUとして定めた最低基準なし。 父親は子どもの誕生前後、最低10日の休みを取得できるようになる。父親の休業期間中、病気休暇と同等の給付金が支払われる。
育児休業(Parental Leave) 両方の親に最低4カ月ずつ与えなければならず、そのうち1カ月は両親の間で譲り合うことはできない(3カ月は譲渡できる)。 両方の親に最低4カ月ずつ与えなければならず、そのうち2カ月は両親の間で譲り合うことはできない(2カ月は譲渡できる)。また、取得形態は労働者が自分で決めることができる(フルタイム、パートタイムまたは分割勤務)。
給付金や支払金に関するルールなし。 両親間で譲渡できない2カ月間の育児休業の期間中は、加盟国ごとに定められた水準の給付金が支払われる。
介護休業(Carers’ Leave) EUとして定めた最低基準なし(ただし、予想外で不可避の家族の理由による休暇を認める「不可抗力」の場合を除く)。 全労働者は1年のうち5労働日を介護のための休暇として取得する権利を持つ。
柔軟な勤務形態(Flexible Working Arrangements) 育児休業から復帰の際、時短勤務やフレックス勤務を求めることができる。全ての労働者はパートタイム勤務を要求できる。 少なくとも8歳以下の子どもがいる親と全ての介護者は、①勤務時間の短縮、②フレックスタイム、③勤務場所の融通性を要求する権利を持つ。

出典:欧州委員会「A New Start to Support Work-life Balance for Parents and Carers, 9 April 2019」を基に作成

EU加盟各国は向こう3年間で、特に父親の産休の導入、育児休業4カ月のうち両親の間で譲り合えない2カ月を認めること、介護休業の導入、労働者と介護者が柔軟な勤務形態を要求する権利の拡大について、新指令に準拠するよう法令や管理規定を整えなければなりません。

新指令では父親の産休や介護休業などの導入により、より平等なワークライフバランスの実現を目指す
© European Union, 1995-2019

政策面での措置としては、公的介護サービスの規定改善に欧州の各種基金を活用することを奨励する、仕事を持つ親や介護者が差別されたり解雇されたりしないことを保障する、家計を補助的に支えている人が経済的に不利な条件を被らないよう配慮する、といった点が重要となります。

Q4. 新指令の施行によって、どのような変化が期待されますか?

EU市民にとっては、働く親と介護者の勤務条件が改善され、女性の就業率と賃金が上昇し、彼女たちがキャリアアップしやすい環境がもたらされるでしょう。ジェンダー間の賃金と年金受給額の格差、そして女性の貧困リスクが減少します。また、父親の家庭生活への参加機会とインセンティブが増すほか、高齢者、病人、障がい者などの近親者がいる人は、介護のための休みが取れるようになります。

ビジネスの面では、労働市場における女性の数が増えることで、人材が豊富になり、スキル不足により良く対応できるようになります。企業は社員の募集が容易になり、また社員が定着しやすくなるでしょう。欠勤が減り、うまく動機付けられることで、企業全体の生産性も向上します。

加盟国レベルでは、失業率が下がり、税収が増加することで公共財政がより持続可能となるでしょう。EU経済にとっては、労働力の供給の増加により競争力が強化されます。人的資源をフル活用することで、少子高齢化にも対処しやすくなるでしょう。

 

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