2019.1.25
Q & A
EUと英国の間で行われた約17カ月にわたる交渉を経て、2018年11月14日に合意した「脱退協定」案。これが発効し、英国の秩序あるEU脱退を可能にするには、日・EUそれぞれの法制にのっとった批准手続きの完了を必要とするが、英国議会下院は2019年1月15日、この脱退協定案を否決した。本稿ではあらためて、交渉の過程を振り返り、協定案の主な内容を紹介する。
英国が欧州連合(EU)および欧州原子力共同体から脱退(報道では「離脱」)するにあたっての条件や枠組みに関して、欧州委員会が代表するEUと英国政府の間で約17カ月続いた交渉は、2018年11月14日に全ての側面で確定し、双方の首席交渉官の間で合意に達しました。この合意を記した脱退協定案は、英国の秩序あるEU脱退を保証し、EU基本条約やおびただしい数のEU法が英国に適用されなくなった後の、法的な不確実性を無くそうとするものです。
全体で585ページに及ぶこの文書は、基本的な条項に始まり、EUと英国双方の市民の権利、分離を巡る諸問題(separation issues)、移行期間、未払い分担金清算、脱退協定のガバナンスの仕組み、英国領北アイルランドとアイルランドの間の厳格な国境管理を回避するための防御策(バックストップ)、キプロスやジブラルタルに関する取り決めなどをはじめ、EUからの脱退に絡むあらゆる側面を詳細に網羅したものです。
これまでの経緯を振り返ると、英国は2016年6月23日、国民投票によってEUから脱退(離脱)することを決定。9カ月後の2017年3月29日に、テリーザ・メイ英首相は、欧州理事会のドナルド・トゥスク議長に宛てた書簡によって正式に脱退を通告し、EU条約第50条(脱退条項)が発動され、脱退に向けたプロセスが正式にスタートしました。
脱退条件に関する交渉は2017年6月19日に始まり、まず第一段階として、明確にしなければならない最も重要な分野、すなわちEUと英国双方の市民の権利、英国の未払い分担金清算、そしてアイルランド島の国境設置回避が最優先課題として議論されました。
2017年末、EUと英国双方の首席交渉官が発表した「共同報告書」を鑑み、EUは3つの優先課題で「十分な進展があった」と判断し、交渉を第二段階に進めることとしました。2018年初めには、共同報告書を基に、欧州委員会が脱退協定案を起草。続く3月、欧州委員会と英国は合意された部分とそうでない部分が分かる形で協定案の改訂版を提示する一方、メイ首相はアイルランド島内の厳格な国境管理を回避するための法的効力のある防御策を含めることを、あらためて約束しました。同月の欧州理事会では、英国の提案により移行期間を設けることに合意するとともに、将来的なEUと英国の関係に関する交渉指針を採択しました。その後も交渉は精力的に続けられ、2018年11月14日に脱退協定の全ての側面、および「将来のEU・英国関係の枠組みに関する政治宣言」の概要について、合意に至ったというわけです。
交渉は欧州理事会の交渉指針にのっとり、それを補完するEU理事会の交渉指令にしたがって行われました。欧州委員会は、英国以外のEU27加盟国とさまざまなレベルで定期会合を重ね、包括的な交渉プロセスとすることを担保し、また欧州議会や各諮問機関、関係者らの意見を取り込むよう努めました。さらにEU加盟国、EU理事会、欧州議会、英国に対して常に交渉文書や方針説明書を開示しながら、先例のないほど高い透明性を確保してきました。
現状では、英国は2019年3月30日にEUを脱退することになっていますが、脱退協定案では、脱退日以降2020年12月31日までを移行期間と定めています。この間、全てのEU法はそのまま英国に適用され続け、英国はこれまでどおり加盟国の一つであるかのように扱われます。しかし後述するように、英国はEU諸機関や統治の仕組みに参加することはできません。
移行期間とは、各国の行政機関や企業、市民が新たな関係に適応していくための準備期間であり、EUと英国が新しい将来の関係について交渉する時間を提供するものでもあります。移行期間は、2年間という英国からの希望を考慮すると同時に、現行のEU予算「多年次財政枠組み2014~2020年」の終了に合わせ、2020年12月31日までと設定されました。
移行期間中は、EUのアキ(EU基本条約から規則、指令、決定などのEU法、欧州司法裁判所の判例法、EUが締結した国際協定などの全てが蓄積された法体系全体)は、これまでどおり英国に対して、また英国内において適用されますが、これは英国がEUの関税同盟と単一市場(人、物、資本、サービスが自由に移動できる領域)に参加し続けることを意味します。
これによって英国はEUの貿易政策に従い、特に共通通商政策などの政策分野ではEUの排他的権限に制約を受け続けることになります。この間に英国は、EUが結んだ全ての国際協定から派生する義務を負い続け(域外国は英国市場へこれまでと同様にアクセスできる)、EUが排他的権限を持つ分野において、EUからの許可がない限り、新たな独自の協定を結ぶことはできません。
脱退後は、移行期間中にあっても、英国はもはやEUの意思決定プロセスに関わることはできなくなり、EU諸機関や関連機関で英国の立場を代表することはできなくなるほか、英国から任命、指名、選出された人や英国を代表する人が、EU諸機関や関連機関に参加することもできなくなります。例外的なケースを除けば、英国はEU加盟国の会合にも出席できなくなります。
脱退協定案では、2020年7月1日までに、EU・英国の将来の関係について合意するために最大限の努力をするとしていますが、それが難しいと判断された場合のために、移行期間の延長の可能性も用意しています。この延長は、EUと英国による合同委員会(Joint Committee)によって1回のみ可能であり、2020年7月1日までに決められなければなりません。
全てのEU市民は、EU法によって守られた権利の下、EU内のどこに住み、どこで学び、どこで働くかといった人生の大事な選択をしてきました。こうした人々とその家族が有する市民の権利を保護することは、交渉の初めから最優先課題として位置付けられてきました。
脱退協定案では、移行期間の終了時点で、移動の自由に関するEU法にのっとって、英国に居住しているEU市民および加盟27カ国のいずれかに居住している英国市民に関し、その人たちの権利を保護するとしています。同時に、かかる市民の家族(配偶者や登録されたパートナー、両親、祖父母、子ども、孫、あるいは恒常的な関係にある人)がまだ市民本人の居住国に住んでいない場合、将来的に同じ国に移り住む権利も保障しています。
EU市民と英国市民およびその家族は、EU法の下、居住国の市民と同等の扱いを受ける権利を全うすることができます。ただし、こうした人生の選択が移行期間終了以前になされた場合に限られます。
前述したとおり、英国は脱退日以降も移行期間が終了する日まで、EU加盟国の一つであるかのように、関税同盟および単一市場に参加し続けます。つまり、英国とEU27加盟国間の物品の移動は、移行期間の終了日まで「域内輸送」とされ、物品は「域内物品」として通関手続きや税関検査を通ることなく、そのままそれぞれの市場に流通させることができます。このルールは、厳密には移行期間の終了日前に、英国あるいはEU域内からの輸送が始まった物品について、たとえ双方の領域への到着が移行期間終了日以降であったとしても適用されます。
移行期間が終了すると、新たな自由貿易協定などが締結されない限り、英国とEU加盟国との輸出入は第三国との貿易と同じ扱いとなります。
EU加盟国の一つであるアイルランドと、英国領の北アイルランドは、同じアイルランド島で国境を接しています。歴史的にも結び付きの強いアイルランド・北アイルランド間では、現在、医療や環境、運輸、電力など多くの分野で日常的な協力関係にあり、年間に延べ1億1,000万人が国境を通過し、毎日1万4,800人が通勤・通学で往来しています。
脱退協定案には、アイルランドと北アイルランドに関する議定書(Protocol)がその一部として含まれています。議定書には、アイルランドと北アイルランドの間に、厳格な国境管理を行わないための法的に実施可能な、いわゆる「バックストップ」と呼ばれる防御策が規定されており、これは、いかなることがあってもアイルランド島内で厳格な国境管理をしないことを担保するものです。
防御策の内容は、移行期間が終了してもEU・英国との間でそれに代わる後続の協定が適用されない限り、EUと英国は単一関税領域を設立し、輸出入物品への関税や量割り当て、原産地確認などの手続きを不要とすること、1998年に締結された聖金曜日協定(ベルファスト合意)で定められた権利が減少されないこと、現行の英国とアイルランドの「共通旅行地域(Common Travel Area)」制度を継続すること、アイルランドと北アイルランドの単一電力市場を継続することなど、これまでのアイルランド・北アイルランドの協力関係が維持されるための必要な条件を極めて詳細に含めています。
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