2012.9.24
FEATURE
地球上にはさまざまな自然があって、いろいろな種類の生物が住んでいる。複数の種類の生物が集まって構成され、一定の機能と構造を持って安定的に存在するものが生態系だ。例えば、森林や草原では、それぞれに生息する生物の種類は違うし、サンゴ礁にも多様な生物が生息する。それらが生態系の多様性—生物多様性 (biodiversity) —を生んでいる。多様性が失われるということは、生態系が崩れ、自然環境が損なわれているということであり、人間の暮らしや経済にも大きなマイナスの影響を与えているのだ。
国連が「国際生物多様性年」と定めた2010年の10月、名古屋で開催された国連の「生物多様性条約第10回締約国会議」(10th Conference of the Parties to the Convention on Biological Diversity, COP10)に、国際的な環境NGOの副理事を務める米国スターのハリソン・フォードが来日、生物多様性保全のための迅速な行動を呼びかけ、米国政府に生物多様性に関する条約(生物多様性条約、CBD)の早期の批准を求めたことはまだ記憶に新しい。現在、日本を含む192カ国および欧州連合(EU)がCBDを締結しているが、米国は未締結だ。
EUは1992年にリオ・サミットでCBDが採択された翌年の93年に署名、94年に批准し、生物多様性の減少を食い止めるためにさまざまな取り組みを続けている。しかし、生物種の数の減少を食い止め、再生させるには、さらなる大胆な戦略が必要だ。欧州の生態系では、ほ乳類の約40パーセント、鳥類の12パーセント、両生類の22パーセントが絶滅の危機に瀕している。こうした現象は、経済活動にも深刻な影響を与えている。例えば、欧州では蝶類の7パーセントが危機に瀕しており、花粉媒介者である蝶、ミツバチなどの減少は、農産物の収穫に影響する。蝶やミツバチの授粉など、生物や生態系が人間にもたらす自然の恵みのことを「生態系サービス」と呼ぶが、EUの試算によれば、EU域内の虫媒の生態系サービスによる経済的効果は、年間150億ユーロに及んでいる。
EUの生物多様性保全への取り組みは長く、1979年には野鳥の生息地を指定し、保護することを義務付ける「鳥類指令」(Birds Directive)が発効している。1992年に発効した「生息地指令」(Habitats Directive)は、450種類の動物と500種の植物を貴重な野生種としてその生息地の保全を定めたもので、この指令によりEU域内に「Natura 2000」と呼ばれる生物保護地区のネットワークが確立された。Natura 2000はEU域内の26,000地区、EU 全土の約18パーセントに相当する面積を自然保護区に指定している。また、EU域内の海洋にもNatura 2000の保護地域が設定されている。
こうした取り組みはある程度実を結んでいるものの、 生物多様性の減少を食い止めるまでには至っていない。例えば、2010年時点で、欧州に生息するほ乳類、両生類、鳥類などを含むすべての動物種の25パーセントが絶滅の危機に瀕しており、生息地指令対象の保護地区の62パーセント、生物種の52パーセントが十分な保全対策をとられていない。それどころか開発や自然資源の乱獲で、欧州の生態系の状況は全体として悪化している。
こうした状況を踏まえ、欧州委員会は2011年5月に今後10年間に向けたEUの新たな生物多様性戦略を公表した。同戦略では、2050年までに生態系や生物多様性が人間に提供する多様な自然の恵み(=生態系サービス)を保全、評価、そして回復するというビジョンを掲げた。そのビジョンのもとに、2020年までに生物多様性の損失を阻止するための6つの優先目標(Target)を掲げた。
Target 1 | Target 2 | Target 3 | Target 4 | Target 5 | Target 6 |
---|---|---|---|---|---|
鳥類指令と生息地指令の完全実施 | 生態系とそのサービスの維持・回復 | 生物多様性の維持、回復への寄与を高めるために持続可能な農林業政策を推進する | 漁業資源の持続可能な利用 | 侵略的外来種の対策を強化する | 生物多様性保全の国際的取り組みへの貢献を強化する |
これらは、2010年のCOP10で採択された、2020年までの生物多様性保全対策についての国際合意に沿ったものだ。同戦略では、それぞれのTargetごとに、複数の行動プラン(Action)を設定した。例えば、Target 1のActionには、海洋環境も含めたNatura 2000ネットワークを完成させ、効果的な管理体制を確立して、管理のための適切な予算を確保すること、司法関係者も含めた利害関係者への啓もう活動などを通じて自然保護法令の執行を推進するなどが挙げられている。
Target 2 では、2020年までに、損なわれた生物多様性の少なくとも15パーセントを回復する、としており、その手段として主に「グリーン・インフラストラクチャー(Green infrastructure)」の推進を挙げている。グリーン・インフラストラクチャーとは、Natura 2000に指定された区域だけではなく,道路、都市などによって分断された動植物の生息地を計画的に(例えば、植林地や野生生物が通れるように橋や屋根を緑地で覆った「グリーンブリッジ」や「グリーンルーフ」などで)つなげたネットワークで生態系を守る試みだ。
Target 3、4に関しては、共通農業政策(CAP)や共通漁業政策(CFP)に生物多様性を守るために効果的な施策を統合するというActionが提示されている。例えば、生物多様性保全に有効な「環境公共財」(永年放牧地や生態系を保全する休耕地など)をもたらす農民に対する直接支払いを強化する、また魚資源の乱獲を規制するために、MSY(Maximum Sustainable Yield=生物資源を減らすことなく得られる最大限の漁獲量)に基づいた 漁業資源の管理を改善するなどがその内容だ。Target 5では、年間125億ユーロの経済的損失を与えているとされる侵略的外来種に関し、もっと効果的な法的措置の策定などを挙げている。
国際的取り組みに関するTarget 6では、生物多様性の減少につながるような消費パターンや貿易取引を見直し、改善するなどのアクションが挙げられている。また、2010年のCOP10 で2015年までの履行を掲げた「遺伝資源へのアクセスと利益配分(Access to Genetic Resources and Benefit Sharing)に関する名古屋議定書」実施のための法案準備に取り組むとしている。
2012年4月、欧州議会は、生態系保全の政治的優先順位を高める必要があるとの決議を採択した。最近の調査によるとEU域内の生物多様性は低下が続いており、このままでは社会にとって壊滅的な経済的コストにつながるとしている。決議は欧州委員会が2011年5月に発表した2020年生物多様性戦略に関する意見として採択された。
決議は、生物多様性の減少は社会に甚大な経済的損害を与えることを強調し、CAP、CFPの改革、および多年次財政枠組み(MFF =multiannual financial framework)の編成に織り込まれる生物多様性保全関連の施策が、重要なカギを握るとしている。
一方、2012年7月、欧州委員会は環境保全のための助成プログラム「LIFE+」について、新たに202件のプロジェクトを承認したことを公表した。これらのプロジェクトは、自然保護、環境政策、気候変動、環境問題に関わる情報通信技術分野で行われる事業であり、承認されたプロジェクトへの投資総額は合計で5億1,650万ユーロとなり、そのうち2億6,840万ユーロをEUが拠出する。選ばれた202件の中の「自然と生物多様性」カテゴリーで承認された76件のうち、鳥類指令・生息地指令、ならびにNatura2000に直接関連する自然保護プロジェクトが71件、その他の生物多様性に関するプロジェクトが5件だ。投資総額は2億4,180万ユーロ、そのうちEUの拠出は1億3,600万ユーロとなっている。
2010年名古屋のCOP10で採択された「愛知ターゲット」には、生態系の保護区を世界の陸地の17パーセント、海洋の10パーセントを保護地域にするという、具体的な数値目標が盛り込まれた。また、日本が提唱する「Satoyama イニシアティブ」(日本の伝統的な里山に見られるような、農地、森林などの持続可能な管理による生物多様性の保全・利用を世界的に推進する)が採択された。この10月8日から19日にはインドのハイデラバードで第11回締約国会議(COP11)が開催される。COP11では、 2011年3月に東日本大震災で被災した日本の「Satoyama イニシアティブ」の現状と今後とともに、Natura 2000を中心に保護区のネットワークを推進するEUの積極的な生物多様性の保全・再生への新たな戦略が注目されることになるだろう。
欧州委員会(環境総局): Nature & Biodiversity
欧州委員会(環境総局): Green Infrastructure
欧州生物多様性情報システム
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