2014.11.28
FEATURE
欧州連合(EU)にとって2014年は5年に一度の欧州議会選挙に続き、主要機関の首脳陣が入れ替わる大きな変化の年となった。中でも今後のEU運営に大きな影響力を及ぼすのが、ジャン=クロード・ユンカー委員長(前ルクセンブルク首相)率いる新欧州委員会の誕生である。ユンカー委員長と27人の委員からなる新委員会は11月1日から2019年10月末までの5年間、EUの政策立案・遂行を担う。本稿では、欧州の改革に向けてスタートした新ユンカー欧州委員会の方針と編成をパート1で、またユンカー委員長を支える各欧州委員をパート2で紹介する。
2014年7月、欧州議会がジャン=クロード・ユンカー候補の次期欧州委員会委員長への就任を承認。9月にはユンカー次期委員長が各加盟国と調整の上、新欧州委員会を構成する委員候補と担当の振り分けを提案した。その後、欧州議会による各委員候補の聴聞、さらに欧州委員会全体としての議会承認と欧州理事会での任命を経て、11月1日、ユンカー委員会が発足した。欧州委員会は、EUの行政執行機関で、法案の発議権や予算の執行機能などを持ち「EUの政府(または内閣)」、「EU法の番人」とも呼ばれている。国家に例えれば大臣に相当する委員らは、委員長出身国以外の加盟国から各1人ずつ選ばれ、彼らを統括するのが委員長である。
2期10年を務めたジョゼ・マヌエル・バローゾ前委員長は、在職中気候変動問題への取り組み、EUの機構制度改革を目指すリスボン条約の調印・発効、欧州債務危機への対処など、重要課題に関わってきた。また、2009年12月のリスボン条約の発効により欧州理事会常任議長職とEU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長職が創設されるなど、EUの体制が刷新された。5年を経てこの新たな体制が安定してきたところでのユンカー委員会の誕生である。
ユンカー次期委員長は2014年9月10日、自らが率いる新欧州委員会の委員候補と編成の発表に際し「前例のない時代の中、欧州市民は我々に結果を出すことを求めている。数年にも及ぶ経済的苦難と、しばしば痛みを伴う改革を経た今、欧州の人々は機能する経済、持続可能な雇用、さらなる社会保護、より安全な国境、エネルギー安全保障およびデジタル時代のもたらす機会を期待している。私は本日、欧州を再度雇用と成長の道に戻すチームを提示している」と新欧州委員会に対する強い期待を語った。
ユンカー委員会には、40代の委員が8人もいる。最年少は、キャサリン・アシュトンからEU外務・安全保障政策上級代表兼欧州委員会副委員長を引き継いだフェデリカ・モゲリーニ(41)。女性登用の割合は33%(28名中9名)で、第二次バローゾ委員会と同水準を維持している。(年齢はいずれも就任時)
委員の中には、首相経験者が5人、副首相経験者が4人、閣僚経験者が19人と、自国内の政治で既に主導的役割を果たしてきた人物が多い。欧州が直面する経済的課題、またウクライナ危機や中東の不安定な状況など、複雑な国際問題に対応していく上で政治的手腕や政策遂行能力に高い期待が持てるだろう。
ユンカー委員長自身も「ミスター・ユーロ」の愛称で知られるEUの功労者であり、その政治的手腕や指導者としての評価は高い。母国ルクセンブルクで1995年~2013年まで18年間、首相を務めた人物で、EUではマーストリヒト条約以来、単一通貨導入などに尽力。2004年~2013年までの9年間はユーログループ(ユーロ導入国の財務大臣会合)の議長を務め、欧州債務危機の際は危機への対応を主導した。
ユンカー委員長は、委員長候補として7月に欧州議会に提出した新委員会に向けた政治的指針の中で、「雇用の確保」、「単一デジタル市場の構築」、「エネルギーの安定供給」など、欧州が直面する10の大きな政治的優先課題の解決を目標として掲げた(10の優先課題については、後述の『ユンカー委員長が重点的に取り組む10の優先課題』を参照)。この目標に向かいいち早く成果を挙げるため、ユンカー委員会では仕事の進め方を効率化し、担当役割が再編された。
これまで、27人の委員(8人の副委員長を含む)が職務を分け持っていたが、モゲリーニ上級代表を含め7人の副委員長はそれぞれ1つのプロジェクトチームを指揮。委員たちは自分の職務にしたがって複数のプロジェクトチームに関わることとなった。これにより、すべての欧州委員が互いに協働できるようになるなど、より柔軟な組織が生まれ、縦割りの弊害が除去される。そして、副委員長は全員、真の意味で委員長を補佐することとなる。また、第一副委員長職を設け、新たに「より良い規制(Better regulation)」を職務に加えた。第一副委員長は、欧州委員会(2万3,000人の職員を擁し多数の総局からなる広義の意味での欧州委員会)が提出する法案が果たして本当にEUレベルで必要なのかどうかを一括して審査する。
さらに、中小企業をEU経済の重要な要素と位置付け、その支援を欧州委員会として初めて重点的に取り扱うこととし、中小企業を委員の職務に加えた。別々の委員が担当していた経済金融問題と税制・関税政策については、税制と関税政策も経済通貨同盟(EMU)の要素であることから、一人の委員の担当とし、EU全体の経済統治をより円滑に機能させることを目指す。さらに、気候変動問題とエネルギー問題を一人の委員が所管するなど、目標を最短で達成するために多くの担当役割の見直しが行われた。
ユンカー委員長はまた、欧州委員会の部局の再編も進めている。企業・産業総局と域内市場・サービス総局を統合する、映画産業支援の「MEDIA」プログラムを教育・文化総局からコミュニケーション通信ネットワーク・コンテンツ・技術総局へ移管する、開発・協力総局の近隣諸国担当局を拡大総局へ移設する、などがその一例だ。
一方、モゲリーニ上級代表は、10月7日の欧州議会での聴聞会でアジア外交にも触れ、日本、中国、韓国とのパートナーシップの重要性をあらためて強調。さらに就任後は、早々に北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長と会談し、定期的な協議を続けるとともに防衛と安全保障でEU・NATO間の協力を強化することを約束した。
ユンカー委員長は11月5日に欧州委員会の初会合を開き、経済的課題、エボラ出血熱対策を中心とした対外政策、プロジェクトチームで協働するための手法などについて活発な議論を行った。また、11月15日~16日にオーストラリア・ブリスベンで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会合で、ヘルマン・ヴァンロンプイ欧州理事会議長とともにEUを代表し、欧州委員会委員長として初めて国際政治の舞台に臨んだ。同会合でユンカー委員長は、日本の安倍晋三総理大臣とも会談し、日本とEUのEPA交渉について2015年中の大筋合意を目指し交渉を加速させることで一致した。
なお、EUの一連の首脳人事は、12月1日にドナルド・トゥスク前ポーランド首相が、ヘルマン・ヴァンロンプイ現欧州理事会議長から職を引き継ぐことで、締めくくられる。
ユンカー委員長は今後重点的に取り組む課題として、10の優先事項(10 Priorities)を掲げている。
10の優先事項(10 Priorities)
雇用、経済成長そして投資の促進 |
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単一デジタル市場 |
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未来を見据えた、気候変動対策を含む弾性のあるエネルギー同盟 |
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産業基盤強化を通じた、より統合され、より公正な域内市場 |
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より統合され、より公正な経済通貨同盟 |
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合理的でバランスの取れた対米自由貿易協定 |
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相互信頼に基いた司法・基本的人権の領域 |
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移民についての新たな政策 |
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国際舞台でより強力な役割を担う |
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より民主的に変化するEU |
EUは現在、経済成長と雇用の伸びが芳しくなく、いくつかの加盟国ではEU懐疑派と評される政治勢力が台頭してきている。厳しい状況での船出ではあるが、ユンカー委員会はいち早く欧州が抱える課題を明確化し、具体的な目標を立てて進み始めている。かつてユーログループ議長として欧州債務危機への対応を先導したユンカー氏が、今度は欧州委員長として、欧州を力強く復活させてくれるだろうか。ユンカー委員会の今後の政策推進展開にEU内外から期待が集まっている。
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