2018.4.5
FEATURE
本年は「欧州文化遺産年」。欧州にある文化遺産の経済的・社会的価値を再認識し、その多様性と豊かさをたたえることを目的に定められた。欧州各地の歴史的建造物や遺跡をはじめ、文学や芸術、食文化、伝統芸能、工芸技術、自然景観、デジタル遺産などあらゆる形の文化遺産を対象に、さまざまな催事が行われている。
「欧州年(European Year)」とは、年ごとに特定のテーマを決めて、改善策や解決方法を探ったり、人々を啓発して推進したりすることを目的として、1983年に始まった欧州連合(EU)の取り組みだ。全加盟国を挙げて関連イベントを活発に開き、当該テーマについて広く人々にも関心を持ってもらい、議論したり考察したりするきっかけにしようというもの。また、EUや各加盟国の政府にとって、そのテーマが重要であるという政治上のシグナルを対外的に発信する機会にもなる。
テーマは、その時々の社会情勢などに合わせて欧州委員会が提案し、欧州議会とEU加盟国の賛同を得て決定する。これまで、初回のテーマ「中小企業と手工業」(1983年)を皮切りに、「環境」(1987年)、「栄養と健康」(1994年)、「言語」(2001年)、「アクティブエイジングと世代間の連帯」(2012年)などが取り上げられてきた。過去の欧州年のテーマ一覧はこちら。
3年ぶりの欧州年となる今年の欧州文化遺産年では、“過去の文化財を守る”といった既存の概念だけにとらわれない視点が注目されている。「私たちの遺産:過去が未来と出会う場所(Our heritage: where the past meets the future)」をスローガンに、歴史的なものから現代的なものまでを包括し、有形・無形の文化、自然景観のみならず、デジタル遺産※1を含めたさまざまな形式の文化遺産を対象にしている。
欧州には歴史的、伝統的な文化遺産が数多く存在する。国連教育科学文化機関(ユネスコ)に登録されている1,073件(2017年7月現在)の世界遺産のうち、半数近くに相当する453件が欧州にある。こうした豊かな文化遺産に恵まれているEUにとって、文化遺産は人々の絆を結び、社会の結束を高め、年齢、社会的背景、文化や国が異なる人々の交流を促進する触媒の役割を果たすとともに、都市や地方の雇用を創出して、持続的な経済や社会の発展に寄与する大きな可能性を秘めているといえる。
さらに、世界の国々・地域と交流する上で、EUは文化が中核を成すと考えている。世界が直面する諸問題に取り組む上で文化政策が重要であるとして、EUは2016年に、パートナー諸国・地域との文化協力を促進することを目指した「国際文化関係のための戦略」を策定している。そして、世界のあちこちで紛争や自然災害により文化財が破壊・損失の脅威にさらされているという危機感を募らせた結果、EUは2018年を欧州文化遺産年と定めた。
EU・国家・地域・地元のあらゆるレベルで文化遺産の経済的・社会的価値を見直し、文化を今後の暮らしや政策に生かそうという今年の「欧州文化遺産年」のために、EUは特別に800万ユーロの予算を割り当てている。そのうち500万ユーロはEUの文化産業振興策「クリエイティブ・ヨーロッパ」の公募を通して、国境を越えた最大25件のプロジェクトに資金提供される。加えて、「結束基金(Cohesion Fund)」(2014年~2020年)から約60億ユーロが、さらに研究資金助成計画「ホライズン 2020」のワークプログラム(2018年~2020年)から1億ユーロ相当の支援が文化遺産プロジェクトに充てられる。
欧州文化遺産年のための特別なものではないが、EUではこれまでにも、以下のような文化遺産関連の大規模なプロジェクトを実施してきた。
1985年から毎年開催されている「欧州文化首都(European Capitals of Culture)」は、EUで最も成功している文化プロジェクトといっても過言ではないだろう。加盟国内の2都市を指定し、1年を通して文化イベントを実施することで人々の交流を図り、文化的多様性を楽しもうというユニークな取り組みだ。
2002年から文化財の保護に対する優れた取り組みを表彰している「EU文化遺産賞(EU Prize for Cultural Heritage)」は、欧州の文化財保護に関わる団体や個人が所属する団体「ヨーロッパ・ノストラ」が運営しており、別名「ヨーロッパ・ノストラ賞」とも呼ばれている。
ユネスコの世界遺産とは別に、EUでは2013年より独自に「欧州遺産ラベル(European Heritage Label)」として38の文化遺産を指定している(2018年3月現在)。今日に至る欧州統合の理念と歴史を象徴する場所などを認定・登録し、保護することが目的だ。古代アテネのアクロポリスとその周辺の遺跡群(ギリシャ)はもとより、中世欧州の重要な資料を残すアラゴン連合王国時代の公文書保管所(スペイン)、1989年8月19日に政治集会が開かれ、ベルリンの壁崩壊からその後の冷戦終結の引き金となった「汎ヨーロッパ・ピクニック記念公園」(ハンガリー)などが指定されている。
欧州文化遺産年の目的に合致するイベントやプロジェクトには、申請により、欧州文化遺産年のロゴ、スローガンおよびハッシュタグ(#EuropeForCulture)の付いた公式ラベル(以下参照)を2018年末日まで使うことが認められる。EUレベルで認定されるもの(EUの執行機関である欧州委員会または欧州文化遺産年関係者委員会が審査。前述の資金提供を受けたものには全て付与)と、加盟国レベルのもの(各国の欧州文化遺産年コーディネーターが審査)がある。EUの全24公用言語に対応したラベルが用意され、1言語ごとに5色+モノクロという展開となっている。認定を受けたイベントやプロジェクトのアーティストが来日公演を行う予定もあるので、ぜひハッシュタグ#EuropeForCultureをフォローしてほしい。
なお、EUの「権限分担枠組み」で、文化は加盟国が権限を有する政策分野であるため、EU諸機関は各国の行動を支援、調整、補完することとなっている。
欧州文化遺産年は2017年12月7日、イタリア・ミラノで行われた「欧州文化フォーラム」で正式に開幕した。欧州委員会によって2年ごとに開催され、欧州の文化政策について議論する同フォーラムは、文化遺産をテーマに掲げた今年の欧州年の幕開けにふさわしい場となり、また2018年に入ってからはアイルランド、ドイツ、ベルギー、スペインなど加盟国各地でも開幕式が行われた。
推定によると、欧州文化遺産年では28加盟国で開かれる約7,840の催しに、112万人以上が参加。すなわち、1カ国当たりのイベント数が年間平均280という、規模の大きさがうかがえる。ごくわずかだが、その例を幾つか紹介する。なお、欧州文化遺産年のイベント一覧はこちらで参照できる。
『歓喜の歌』チャレンジ #Ode2Joy Challenge
開催日:5月9日、ほか/開催場所:欧州全域/開催規模:EUレベル
『歓喜の歌』として親しまれ、EUの公歌となっているベートーベンの交響曲第9番第4楽章の主題部分を、プロ・アマチュアを問わず、また音楽のみならず写真・ビデオ・絵画・詩・舞踊などのあらゆる表現方法を用いて、独創的にパフォーマンスすることを呼び掛けた一大企画。EUの創設記念日である5月9日の「ヨーロッパ・デー」には、参加者はそれぞれ記録したオリジナル作品をYouTubeやFacebook、TwitterなどのSNSでシェアする。
並外れた女性たち Extraordinary Women
開催日:9月13日~16日/開催場所:英国各地/開催規模:加盟国レベル
初めて英国女性が参政権を獲得してから100周年を記念し、女性解放と男女平等のために戦い、大小さまざまな形で歴史と文化を変えてきた数多の女性の姿に焦点を当てる。「欧州文化遺産の日」の一環であり、これまで知られてこなかった身近な女性たちの存在を掘り起こし、彼女たちの偉業を語り継いで皆で分かち合おうというもの。彼女たちについてのトークや展示会を催すなど、英国各地でイベントが予定されている。
第三の耳祭り Third Ear Festival
開催日:2018年11月12日~2019年11月6日/開催場所:ドブロブニク(クロアチア)/開催規模:地域レベル
中世の面影を残すドブロブニクの旧市街は「アドリア海の真珠」と呼ばれるほど美しく、ユネスコの世界遺産にも登録されている。毎年行われる「第三の耳祭り」では、音楽の演奏や展示会、料理体験などのイベントが繰り広げられ、人々がボランティアを通して地元コミュニティーと関わったり、文化的なコラボレーションをしたりして、多彩な芸術祭を盛り上げる。
欧州文化遺産年の一環として開かれる特別イベントのほか、毎年恒例のEU文化事業もある。6月22日にはドイツ・ベルリンで、文化遺産の保全と管理、研究などを評価してたたえる「EU文化遺産賞」の表彰式が行われる。また、今年の「欧州文化首都」の開催地であるオランダ・レーワルデンとマルタ・ヴァレッタでは、一年を通じて多彩なイベントが繰り広げられる(EU MAG 2018年5・6月号「注目の話題」で詳しく取り上げる予定)。「欧州文化遺産の日」には、欧州各地で約7万ものイベントが催され、3,000万人以上の来場者が見込まれている。
また、日本でも駐日EU代表部と在日加盟国大使館・文化機関が協力して、欧州文化遺産年のイベントを今年の後半に開催する予定である。前述のハッシュタグをフォローするほか、駐日EU代表部の公式ウェブサイトやFacebook、Twitter、『EU MAG』のニュースなどでも告知するので、ぜひ注目してほしい。
※1 デジタル方式により創作されたアートやアニメーションなどの作品や、既存のアナログからデジタル方式に転換されたテキスト、データベース、静止・動画像、音声、グラフィックス、ソフトウェア、ウェブページなどを指す
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