調印60周年を迎えるローマ条約――回顧と未来

© European Communities , 1992 / Source: EC - Audiovisual Service
PART 2

調印60周年とEUの将来

深化と拡大の歴史を歩んできたEUは、ローマ条約調印60周年を機に、これまでの成果を振り返り今後の方向性を見定めようとしている。PART 2 では、調印60周年以降のEUの将来を展望する。

注目が集まる調印60周年の「ローマ宣言」

3月25日には、EUおよび加盟国の首脳たちがローマに参集し、ローマ条約調印60周年を祝う記念式典が開催される。思い出されるのは10年前の2007年3月25日、ベルリンで挙行された調印50周年式典の際、ドイツのアンゲラ・メルケル首相のイニシアチブによって「ベルリン宣言」が採択され、2009年6月の欧州議会選挙前までに、EUの基礎を刷新することを表明したことである。

具体的には、2005年のフランスとオランダの国民投票で拒否され、その批准が停止状態にあった「欧州憲法条約」を断念し、「改革条約」を交渉することが決定された。改革条約はEU条約とEU機能条約から成る「リスボン条約」として実を結び、2007年12月13日に調印され、2009年12月1日に発効、現行条約となっている。では、2017年の3月25日に発表される予定の「ローマ宣言」ではどのようなことが盛り込まれるのであろうか。

英国離脱後を見据えて動き始めたEU

3月25日までには、昨年6月23日の国民投票で選択された英国のEU離脱が正式に欧州理事会に通告され2年間の交渉が開始されているというのが大方の予想であり、3月15日にはオランダの総選挙が終了している。EUと残り27カ国の現職首脳たちも、これ以上離脱国が出ることを望んでいない。そのため、すでに2016年9月16日、議長国スロヴァキア(当時)の首都ブラチスラヴァで、2017年2月3日には議長国マルタの首都ヴァレッタで、英国抜きで首脳会議を開き「英国後のEU」を審議し、いかに27カ国の結束を図るかの方策を考え始めている。

2016年9月16日にスロヴァキアのブラチスラヴァで開かれた27カ国による首脳会合では、英国離脱後のEUについて議論をした Photo: Rastislav Polak / Source: EU2016 SK

可変翼・多速度型の統合の一例「シェンゲン協定」。協定に署名するベルギーとドイツの代表(1985年6月14日、ルクセンブルク) © European Union, 2015 / Source: EC – Audiovisual Service

EUでは、理想は全ての加盟国が同じ速度で統合を前進させることであるが、現実には、英国だけでなく、アイルランドやデンマークなどにも「適用除外(オプトアウト)」※1を認めてきている。基本条約下で合意ができなければ、基本条約の外での政府間協定や合意を得、実験を行い、最終的に基本条約に組み入れる経験もしてきた。1970年代の「経済通貨同盟(EMU)」、「欧州通貨制度(EMS)」、「欧州政治協力(EPC、外交政策の協力調整)」、1985年と1990年の「シェンゲン協定(域内国境での検問廃止)」などがその例となる。これらの柔軟な体制を「可変翼(variable geometry)・多速度(multi-speed)型の統合」と呼んでいる。

 白書「欧州の将来」で今後の選択肢を提示

3月1日、ジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長は、欧州議会に「欧州の将来」と題する「白書」を提出し、英国離脱後の27カ国からなるEUが今後取りうる道について、5つのシナリオを提案。それぞれについて2025年にはどのようなEUとなっているかを提示した。

ローマ条約調印から現在までの60年の主な出来事を60秒にまとめた動画 © European Union, 2017 / Source: EC – Audiovisual Service

5つの選択肢とは―― 1) 現状を維持しながら、徐々に前進する、2) 単一市場だけに専念する、3) 統合をもっと推進したい加盟国だけが推進する、4) 統合の政策領域を縮小し、より効率的に行う、5) EUの統合を共にさらに推進する――である。委員長としてどのシナリオを採るかは明言せず、3月25日の首脳会議での議論に加え、欧州議会、国内議会、加盟国政府、地域政府、市民社会など、広範な場で議論することを求めた。それらの議論を聴いた上で、9月の欧州議会での一般教書演説では委員長の考えを明らかにし、12月の欧州理事会で何らかの最初の指針が採択され、2019年の欧州議会選挙でもこれらを争点にして欲しいと語った。

筆者としては、1) は問題解決にならず、2) は選択肢としてなく、5) は非常に困難で、4) も考えられないこともないが、3) がもっとも可能性が高いと考える。かつてドイツのヴォルフガング・ショイブレ財務相などが1994年に提案した「中核欧州(同心円欧州)」案のように、経済などの能力や参加する意思をもった加盟国が先行して選ばれた政策領域での統合をさらに進める。残りの加盟国には、2016年2月19日の欧州理事会で英国をEUに残留させるために採択された「英EU改革合意」(英国の国民投票の結果を受け、存在しないものとなった)による「アラカルト方式」(定食ではなく、加盟国が参加したい政策領域を選択する)を認め、将来の参加について加盟国を拘束せず、加盟国の判断に任せる。つまり、1つの政策手段で全加盟国を同じように拘束することのないようにするものであり、「大国も小国も同じサイズの既製服を着せられている」との批判にも対応するものとなろう。

 2019年6月の欧州議会選挙までの主な予定

WHITE PAPER ON THE FUTURE OF EUROPE

危機のたびに不死鳥のように、統合の敷居を高めて新しい姿でよみがえってきたECSC/EEC/EC/EUであるが、これからの将来を決めるのは、今年予定されているフランスの大統領選挙とドイツの総選挙の結果である。

PART 1・2執筆=田中 俊郎(慶應義塾大学名誉教授/ジャン・モネ・チェア・アド・ペルソナム)
2017年3月13日脱稿

※本稿は執筆者による解説であり、必ずしもEUや加盟国の見解を代表するものではありません。

※1^ EUにおいて、各国の特別な事情を考慮し、条約の適用を一部免除すること。例えば、EU条約(マーストリヒト条約)では、ユーロへの参加について、他の加盟国は条件を充たすと自動的に参加することになっているが、付属議定書で、英国とデンマークには適用除外(オプトアウト)が認められている。