2013.11.22

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移民・難民政策の強化に乗り出したEU

移民・難民政策の強化に乗り出したEU

「アラブの春」に伴う社会的混乱を逃れ、北アフリカや中東から欧州諸国に流入する難民が急増している。そうした中で10月には地中海で難民を乗せた船が出火・沈没し、360人以上が死亡する惨事が発生。欧州連合(EU)は直後の首脳会議で急きょ難民問題を協議するなど、共通難民対策の強化に乗り出した。

殺到する難民希望者

難民の流入激増が世界の注目を集めたのは、10月3日にイタリア最南端のランペドゥーザ島沖で発生した悲惨な海難事故のためだ。500人以上の難民を乗せてリビアのミスラタ港を出港したトロール漁船が火災を起こし沈没、366人が犠牲になったからだ。生存者は155人。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、難民はエリトリアとソマリア出身者がほとんどで、新天地を求め、イタリアを目指していた。地中海ではこれまでも多数の難民が命を落としているものの、これほど多数の犠牲者が一挙に出たのはこれが初めてだ。

従来からの政治亡命を含め、戦争や貧困を逃れようと、近年は希望の大陸・ヨーロッパを目がけて押し寄せてくる難民が急増している。幾つもあるルートのうち最も多いのがアジア、中東などからトルコ経由の陸路を利用してギリシャに向かうケース。北アフリカからは、今回のように海路で最短距離のイタリアを目指すルートが一般的だ。

ランペドゥーザの海難事故で亡くなった難民たちの棺 ©European Union, 2013

難民にとってイタリアはEUへの玄関口で、ランペドゥーザ島がその最前線に位置する。ひとたびEU域内に入り込むや、域内国境検査を廃止したシェンゲン協定(1985年)に保障され、国境線を越えてドイツやスウェーデンなどを目指し、さらに移動する難民が多いのが現実だ。

昨年は10万人以上の難民受け入れ

EU統計局によると、2013年第2四半期(4月~6月)の難民申請者数は10万3,850人(クロアチアを除く加盟27カ国)と前年同期の7万1,195人から46%も増加した。12年は月間2万人台で推移したが、13年に入ると3万人台に乗り、その後は4万人に近い高水準で高止まりしている。

もちろん申請したからといって、全員が認められるわけではない。EU統計局によれば、EUは昨年1年間に40万7,270人の難民申請者について決定を下したものの、受け入れを認めたのは10万2,700人にとどまった。認められたのは4人に1人と厳しい。しかし、これでも前年の8万4,300人からは大幅に増加している。

最大の受入国はドイツの2万2,165人。次いでスウェーデンの1万5,290人、英国の1万4,570人、フランスの1万4,325人の順。これら4カ国で全体の約3分の2を占めている。

認定者を出身国別にみると、最も多いのは内戦が続くシリアの1万8,725人で全体の18%を占めた。次いでアフガニスタンの1万3,485人(13.1%)、ソマリアの8,105人(7.9%)となっている。

EUは旧共産圏からの亡命者や紛争地帯から逃れてきた難民は手厚く保護し、救済してきた。しかし、移民は各国の財政負担を重くするほか、既存住民との間の文化的摩擦を生むのも避けられない現実だ。

東欧諸国やインドなどからの移民はIT技術者として高度な知識とスキルを持っており、ドイツなどでは人材確保の観点から積極的に受け入れている。しかし北アフリカや中東などからの難民の場合は、むしろ社会不安を招くケースも多く、世論に配慮した各国政府は受け入れに積極的になれない事情もある。

国境監視システムを早期導入へ

急増する北アフリカからの難民流入の中での海難事故を受けて、EUは10月24日~25日の欧州理事会(EU首脳会議)で、急きょ「ランペドゥーザの悲劇」の再発防止対策を協議した。

首脳会議で合意した対策は以下の通りだ。

  • 根本原因解決のため難民発生国および経由国との協力関係を強化する。
  • UNHCR、国際移住機関(IOM)との協力を強化する。
  • 人身売買・密入国対策を強化する。
  • 地中海およびEU南東部国境沿いにおける欧州対外国境管理協力庁(FRONTEX)の活動を増強する。
  • 欧州国境監視システム(EUROSUR)を早急に導入、加盟各国の国境監視当局による情報共有体制を整備し、域外国境における人命救助に役立てる。

10月の欧州理事会で討議するEU首脳メンバー ©European Union, 2013

これは現行の難民庇護・移民対策を強化するもので、具体的に何を最優先して行うかについては、新設した「地中海タスクフォース」が12月の首脳会議(5〜6日)までにまとめることとなった。

この中で強力な効果を期待されているのがEUROSURだ。EUが2008年から開発に取り組んできた欧州全域の国境を視野に入れた監視システムだ。狙いは①EUに密入域する不法移民の数を減らす②海上での不法移民の犠牲者数を減らす③人身売買や麻薬密輸などの国境をまたぐ犯罪を減らし域内の安全保障を高める―の3点。

欧州国境を無人航空機(UAV)や人工衛星などの監視ツール・センサーで監視し、違法入国者がいる場合には摘発する。EUROSURで得られた情報はFRONTEXに伝達されるとともに、EU加盟国とも共有され、不法難民対策の強力な切り札になる予定だ。

既に10月22日のEU理事会で、EUROSURを創設するための規則を採択。12月2日からEUの南部および東部国境に位置している加盟国に適用される。それ以外の加盟国への適用は2014年12月1日からだ。

来年6月の首脳会議で移民政策見直しへ

EUは外国人を積極的に受け入れ、危険や迫害から逃れてきた難民を保護する人道主義的な伝統を持っている。少子化による労働力不足に対応する側面もあった。経済協力開発機構(OECD)の移民統計(2011年時点)をみると、ドイツに住む移民の数は1,068万9,000人で、総人口の13.1%を占めている。他のEU諸国もフランスが11.6%、ベルギー14.9%、オランダ11.4%など軒並み10%台だ。

加盟国政府は2012年には全加盟国が承認した基本原則に基づいて難民申請の処理を一律に行うことで合意したほか、難民申請者の受け入れや難民地位の付与に関して最低基準を設けることなどの技術的措置も採択している。

問題は難民申請を1カ国に限定することを定めた「ダブリンⅡ規則」(1990年6月の首脳会議で合意、1997年9月発効)の扱いだ。難民の扱いを最初に難民が到着した国に義務づけたもので、難民流入の玄関口になっているイタリアなどにとっては大きな負担だ。

10月の首脳会議では難民・移民受け入れの責任分担などの広範かつ長期的な難民・移民政策を抜本的に見直すことでも合意した。地中海岸の南欧諸国からはダブリンⅡ規則への不満が高まっており、EUとしても無視できないのが現状で、来年6月の首脳会議で新たな政策を打ち出す方針だ。

開発・人道支援を通じて根本的解決を

一方、EUは開発援助・人道支援に積極的に取り組んでいる。近年はアフリカ西部の「サヘル地域」(マリ、チャド、ブルキナファソなどの半乾燥地帯)と東部の「アフリカの角」地域(エチオピア、ソマリア、ケニアなど)への援助戦略に力を入れている。サヘル地域は昨年、干ばつによる凶作に見舞われ、1,800万人が食糧危機に陥ったほか、政府軍とイスラム武装勢力との内戦で疲弊している。

本年6月にEUは、サヘル地域向けに6,900万ユーロ追加援助を発表した。飢餓や食糧不足に苦しむ女性や子どもに対する食糧や飲料水、基本的な保健サービスを提供するためにあてられる。EUによる同地域向けの支援総額は1億8,400万ユーロに達した。

「アフリカの角」地域は2011年に過去60年で最悪の干ばつに襲われ、1,300万人以上に影響が及んだ。EUは2012年と2013年に総額2億7,000万ユーロ以上の資金を提供した。

ヨルダンのザータリ難民キャンプで。周辺諸国に逃れた約200万人のシリア難民のうち、約半数が子どもだという ©European Union, 2013

またEUはシリア危機に対し、8億8,400万ユーロの人道支援を含め、これまでに総額約18億ユーロの援助を実施している。これはもちろん世界最大規模だ。UNHCRによれば、シリア難民は本年9月時点で200万人を突破、年末までには345万人に達すると予測されている。

10月の首脳会議では、難民対策の見直しとともに、開発援助による貧困削減にも積極的に取り組む方針でも合意した。時間はかかるが地道に貧困削減に取り組むことによって、難民の発生を根元から断ち切ろうという決意をあらためて強くしたといえるだろう。

 

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