2017.5.16
FEATURE
欧州研究会議(European Research Council=ERC)は、競争的資金配分を通じて欧州最高レベルの研究を奨励すること、そして科学的卓越性を唯一の基準として、あらゆる分野における研究者主導のフロンティア研究を支援することを目的に2007年に創設された(ERCの概要については、2016年4月の政策解説をご参照いただきたい)。ERCは過去10年間に約7,000件、総額約120億ユーロの助成金を給付している。
2017年3月29日に駐日欧州連合(EU)代表部で開催されたERC設立10周年記念式典「Beyond the first 10 years (最初の10年とその先)」では、ERC理事長のジャン=ピエール・ブルギニョン教授が基調講演を行い、ERCの10年の歩みや、その功績と独自性、より緊密な国際協力を含む今後の進め方を語った。本稿で同理事長の講演内容を紹介する。なお、末尾には記念式典に寄せられた、欧州各地で活躍する日本人研究者からのビデオメッセージへのリンクを掲載。
駐日EU代表部のERC設立10周年記念式典に出席でき、非常にうれしく思う。1979年の初訪日以来、何度も訪れるたびに、非常に楽しい経験をしてきた。以前は数学者として、今回はERC理事長としての立場で訪問している。
本日のスピーチは3部に分かれており、まずは、ERCの誕生の経緯について話したい。ERC創設は長い闘いだった。難しさの一因は、EUの法体系と関わっている。EUは、60年以上をかけて徐々に大きくなるという継続的なプロセスで構築されてきた。
EUの「研究・技術開発枠組み計画(Framework Programme=FP)」は、30年以上にわたって研究活動を支援してきた。FPは「結束」(Cohesion)、つまり(国を超えた研究者の)ネットワーク支援を重視すること、および「豊かさの創出」(wealth creation)、つまり産業界との協力を優先すること――の2つに焦点を当ててきた。この2つは、EUの基本条約に定義されていたために、それが法的に可能だったのだ。しかし、2007年以前には、研究者個人への支援は法的に明白でなかったため、条約の再解釈が必要になった。この動きが先駆けとなって、2007年12月にリスボン条約(現行EU基本条約)が調印され、このことが「欧州研究領域」(European Research Area)という、より幅広い概念のための法的根拠を創出した。
ERC創設で次に重要なのは、科学界からの強力な要請の結果であったことだ。科学者たちは、自分たちが最も意欲を感じるテーマで研究できる、優先度や制限のないシンプルな助成プログラムを求めていた。ERC創設の次のステップは、研究プロジェクト選出のための評価体系の構築であった。科学界は、評価を研究者グループに委ねることを望んでいたが、欧州委員会にとってもEU加盟各国にとっても、責任を外部の機関に与えるのは初めてだった。長い議論の末、初代の科学審議会(Scientific Council)の準備を重ね、2007年についにERCが創設された。
22人のメンバーから成る科学審議会は、資金をどのように使うかを明確にし、評価手順と基準の設定に責任を持つ。特に、プロジェクトを選考する科学者を、その人物の科学的資質だけを唯一の尺度として選ぶ。以上が、創設以来のERCの原則である。
日本からも多くの科学者たちがERCの評価に参加してきた。大変感謝しているし、今後、その数がさらに増えることを期待している。年に2回、3日間にわたる集中的な討議のためにブリュッセルに来るのが大変な仕事であることは承知しているが、ERCが世界中のトップレベルの科学者にとって、来るに値する組織であり続けることを望んでいる。われわれには最高レベルの科学者が必要であり、それには世界各国から優秀な人材にブリュッセルに来てもらうことが重要だからだ。
次に重要だったのは、ERCの予算規模だ。創設から最初の7年間には、第7次研究枠組み計画(FP7)の一環として、初年の3億ユーロから、2013年に17億ユーロと、速いペースで大幅に増額できた。2017年現在もほぼ同じである。
ERCのような新しいタイプの活動を管理する業務はERC執行機関(ERC Executive Agency=ERCEA)に委ねられ、10年後の現在、執行機関は約500人の職員を抱えている。毎年の助成件数が1,000件近いことを考えれば、職員数はもう少し多くてもよいはずだ。実際、執行機関は非常に効率的に動いており、評価費用を含めた管理コストは予算のわずか2.5%しか占めていない。執行機関の高品質の業務は、間違いなくERC成功の要因だろう。
ERCの実績一覧
次に、ERCがなぜ並外れたプログラムとなったかを考えてみたい。それはまず、ERCのスピリットだろう。ERCは極めて野心的なアイデアを受け付けるため、研究者たちの意欲が自ずと高まるのである。ERC はこれまでに欧州を含む40の異なる国籍の、約7,000人の研究者を助成し、700以上の研究機関が彼らを受け入れてきた。ERCは大いなる多様性に恵まれている。とはいえ、幾つかの研究機関に研究者が集まりがちなのも事実ではある。実際、助成の約50%は、わずか50の研究機関に与えられてきた。
10日前に、英国ケンブリッジで開かれたERC設立10周年の記念式典に出席したが、ケンブリッジ大学はこれまでに219件の助成を受けており、同大学ではERCの支援が研究予算のかなりの比率を占めている。オックスフォード大学とケンブリッジ大学の間では、ERCの助成を巡って競争を展開。助成受給件数の上位であるフランス国立科学研究センター(=CNRS、フランス)とマックス・プランク研究所(ドイツ)などでも同様だ。
助成金受給者に触れよう。極めて重要な点は、物理、工学、生命科学から社会科学や人文科学まで、ERCが知の全領域をカバーしていることである。それらの学問領域を25に分け、それぞれに対応する評価パネルを設けた。応募プロジェクトと助成プロジェクトの多様性には驚くべきものがあり、それは素晴らしいことである。
ERCのプログラムは応募者の博士号取得後の期間に応じて等質のグループを形成するのが良いと考え、3つのサブプログラムに分けた。若手助成金(Starting Grants)は、博士号取得後2年から7年経った研究者を対象とし、独立移行助成金(Consolidator Grants)は7年から12年、そして博士号取得から12年以上経っている応募者には、上級助成金(Advanced Grants)というカテゴリーだ。若手助成金の上限は150万ユーロ、独立移行助成金は200万ユーロ、そして上級助成金の上限は250万ユーロである。これは相当な額の資金であり、受給者が応募時に説明した目標を達成するため、受給者の判断で柔軟に使うことができる。競争率が高いため、応募者はリスクは高いが得るものは大きい(high risk, high gain)大胆な提案をして、評価パネルメンバーに訴えなければならない。科学界に保守的な傾向があるため、評価者にはリスクを引き受けるよう奨励する必要がある。
時折、次のような話を聞くと非常にうれしくなる。「私はERCの助成を受けており、とてもうまくいっています。ただ、お伝えしたいのは、以前、母国の国立機関やその他の機関に応募した際、リスクが高すぎるという理由で選外になったことです」。こうしたケースは何件もある。66歳で若手助成金を獲得した、非常に稀な研究者の例を挙げよう。彼は、船員の仕事を退職してから大学に行き、博士号を獲得して、古代の地図学に関する非常に野心的なプログラムで応募した。学位審査の数年後のことだったが、彼が長年積み重ねてきた知識ゆえに、そのプロジェクトは他に例を見ないものだった。先週、リスボンのERC設立10周年記念行事で彼に会ったが、「リスボン大学の数学科に入学を許されたばかりだ」と話してくれた。彼を推挙した評価パネルの寛大さをたたえたいと思う。
ERC科学審議会はジェンダーバランスにも力を入れてきた。出産は女性の労働条件にしばしば不利に働く。科学審議会がこの状況を緩和するために導入した措置は、女性研究者の博士号取得後の応募可能期間を、子ども1人当たり最長18カ月間延長することだ。通常の応募期間を過ぎて応募する女性研究者の助成金獲得率が、規定期間内に応募する他の応募者と同じであることは、この措置が実際に奏効していることを示している。
最後にERCの将来の動向について触れておこう。まず、欧州域外でのERCの認知度は上がってきている。実際、本日のイベントもそこに向けた努力の一環だ。3月21日にブリュッセルで開催されたERC設立10周年の正式記念行事では、オーストラリア、中国、インド、日本、米国、南アフリカという6つの異なる国々からの出席者が、ERCの存在意義を裏付ける発言を行った。日本からは内閣府総合科学技術・イノベーション会議の原山優子博士が発言してくださったことに心から感謝する。欧州では自然発生的に予想をはるかに上回る140もの記念式典が行われている。欧州以外では、ここ東京をはじめ、ニューデリー、北京、リオデジャネイロなどで開かれている。
ERCは、2014年から2020年までの7年間にわたる「ホライズン2020」計画(FP7の後継プログラム)の一環であるため、2020年に終了する予定だ。もちろん、その後もERCが継続することを固く信じている。現在、科学審議会は次の研究枠組み計画の一部としてのERCのあるべき姿を策定している。当然のことながら、ERCを成功させてきた要素が引き継がれることを期待している。とりわけ、科学審議会に評価者の選出とプログラム構成の全責任を与えられること、そして研究者たちが完全な主導権を持ち、研究意欲を感じる課題ならどのようなものでも応募できることである。科学界が積極的に反応し、ERCのプロジェクト評価に参加する最優秀の人材を送り込んでくれることも、もちろん期待している。
ERCの学際的研究の扱い方においては、さらに改善が必要だ。プロジェクト評価は全学問の25領域に分けて行われているが、それは最適のものではないだろう。科学審議会は、一つの極めて野心的な科学的命題に取り組むために、2人、3人、または4人の研究者が(共同で)助成金を申請できる「シナジー」というプログラムを2018年に再開することを決定した。できるだけ異質な研究者たちが組んで参加してくれることを望む。典型的なところでは、社会科学、人文科学、生命科学、物理工学の研究者たちが共同研究を行う。それが適切だと感じられるなら、どのような組み合わせも可能だろう。
国際協力の充実にも期待している。現在9カ国が、自国の研究者がERCの研究チームに特別参加する取り決めを締結している。日本はその一つで、日本学術振興会がERCのパートナーを務めている。現在、オーストラリアおよびインドとの取り決めが進行中、本年中の締結に期待している。チリも関心を持っている。その他の国々との協力にも当然オープンであり、待ち望んでいる。
日本とは2015年に取り決めを締結したばかりで、初年にERCの受給者を訪ねた日本の研究者はそれほど多くなかった。今後、その数が増えることを強く望む。ERCは、それを可能にするために、どのような努力も厭わない。理由の一つは日本の研究活動の質が高いこと、もう一つは、ERCのモットーが「世界に開かれた門戸」だからだ。私がとりわけ日本を定期的に訪れているのは、これを実現し、モットーに終わらせないためである。同時に、私たちはアジア全体で多くのことが進行しているのに気づいている。私たちは欧州人として、この大陸における科学分野の素晴らしい進歩を意識し、その一部とならなければならない。
ご参会の皆さまが、ERCと日本の協力関係が従来以上に充実したものになると確信してくださるよう期待して、締めくくりたい。
欧州各地で活躍する日本人研究者からの 欧州分子生物学研究所(ドイツ)/柊卓志博士
https://www.youtube.com/watch?v=ODcSRDp_D-k |
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