2020.2.10
FEATURE
デジタル時代にふさわしい次世代の5Gネットワーク構築を目指し、世界各国でインフラ整備が進んでいる。導入に伴うセキュリティリスクが懸念される中、日本とEUの取り組みを紹介する。
「第5世代移動通信システム(5G)」は、この先10年のデジタル経済の重要な基盤となるものだ。GSMやUMTS、LTE/4Gといった前世代の移動通信規格と同様に、5Gも第3世代パートナーシップ・プロジェクト(3GPP)と呼ばれる、世界各地にパートナー組織を持つ業界団体によって規格が定められている。欧州電気通信標準化機構(ETSI)や日本の電波産業会(ARIB)および情報通信技術委員会(TTC)などもそのパートナー組織だ。
5Gは帯域幅が非常に広く、高速モバイルインターネット接続が可能になるほか、レイテンシー(遅延)も極めて低い。レイテンシーとは、データがネットワーク上の2地点間を往復する所要時間を指す。例えば、仮想現実(VR)アプリケーションを楽しむには、動画の再生とVRゴーグルを装着しているユーザーの動きとがうまく合っている必要があるため、レイテンシーが低いことが極めて重要である。レイテンシーが高いと、オンラインユーザーが目まいを起こしたり、さらに深刻なことに、遠隔手術や車の自動走行などに使われるアプリケーションが精度を欠いたりする場合がある。
5Gの利用により、一般利用者にとって端末がつながりやすくなるだけでなく、モノとモノをつなぐ「モノのインターネット(IoT)」が可能になり、自動走行やeヘルス、エネルギー管理、工場の完全自動化など、幅広い用途のアプリケーションの提供に役立つ。また5Gはリアルタイムのデータ収集と分析を可能にするため、人工知能(AI)システムの「目や耳」としての役割を果たす。
世界の大手電気通信事業者は、5Gネットワークを順次展開中であり、商用サービス開始の準備を進めている。こうした企業は、公的機関から周波数の割り当てを受け、必要な事業免許を取得する必要がある。
欧州における5Gインフラの早期整備を目指して、欧州委員会は2016年に「欧州5G行動計画」を採択した。同計画では、遅くとも2020年末までに全EU加盟国で5Gサービスを開始し、2025年までに都市部や主要交通路沿いで途切れのない5Gサービスを提供するため、早急にインフラ整備を進めることを目標に掲げている。EU加盟国政府の大半は、2020年の5G開始時に使用する3つの周波数帯(700 MHz、3.6 GHz、26 GHz)について専門家と協議を行い、割り当てを実施することになっており、そのうち9カ国ではすでに700 MHz帯の割り当てが完了している。
日本では、2019年4月に5G用周波数として3.7 GHz帯、4.5 GHz帯、28 GHz帯の3つの帯域が認可され、NTTドコモ、KDDI、SoftBank、楽天モバイルの4社に割り当てられた。5Gの試験運用と商用化前の先行サービス提供が2019年に早くも実施され、とりわけラグビーワールドカップ2019日本大会の開催中に行われた。前述の4社は、本年の春に5Gのサービス提供を開始する予定である。また本年の東京オリンピック・パラリンピックの会期中には、「スマートスタジアム」のソリューションなど多くの新サービスが披露される予定になっている。
また、Wi-Fiに似た小規模ネットワークである「ローカル」5Gネットワークを、前述の4社とは異なる周波数を使用して構築することで、官公庁や企業はデータ送信やデバイスの遠隔操作をより安全に行うことができる。日本政府は、2019年12月にローカル5Gネットワークの免許申請の受付を開始した。
欧州委員会は2013年の段階で早くも、新しい5G規格に関する研究開発を促進するため、最も重要な戦略である「5Gに関する官民パートナーシップ(5G PPP)」を策定している。5G PPPは、EUの研究開発枠組み計画「ホライズン2020(Horizon 2020)」の資金提供を受ける一方、産業界が最大でその5倍の額を出資する予定だ。
日本では、「第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)」が2014年に設立されている。100人以上の代表メンバーから成るこのフォーラムは、5Gに関する研究プロジェクトの成果調査や国際組織・委員会との連携などさまざまな役割を担っている。
日・EU間では、2015年5月に5Gを巡る戦略的協力に関する共同宣言に署名している。これは、5Gの定義に関する共通理解を醸成し、5Gの国際規格、無線周波数帯域の選定と国際電気通信連合(ITU)の基準および世界無線通信会議(WRC)での周波数割り当てに関して、緊密な協力を強化するものである。
また産業界では、欧州の「5Gインフラストラクチャ協会(5G PPP)」と日本の「第5世代モバイル推進フォーラム(5GMF)」も2015年3月に覚書を交わし、研究や規格化に向けた活動や、規制関連の問題に重点を置いた取り組みなどについて共同で道筋を付けることに合意している。また日・EUが共同出資している研究開発プロジェクトには、5Gに関するものが非常に多い。
5Gネットワークは、エネルギーや運輸、金融、医療といった非常に重要な分野を含め、無数のモノやシステムをつなぐ社会や経済の基盤となることが期待されているだけに、5Gネットワークの安全性については、世界各国の行政機関が注目している。
米国、オーストラリア、ニュージーランドの3カ国は、2018年に中国製の5G関連機器の排除に乗り出した。この背景には、主に中国の国家情報法や中国政府による5G装置への「バックドア(セキュリティの抜け穴)」機能の強制的付加に対する懸念がある。英国は、中国の通信機器大手ファーウェイ(Huawei)と英通信大手BTの製品の試験運用を実施し、ネットワークの中枢を構成しないアンテナなど周辺機器でのみ、Huawei製品を使用することを決定した。
日本では2018年12月に、中国企業による5Gを含むIT製品・サービスに関する政府調達への参加に制限を設ける新たな指針が発表された。
また2018年末、2019年4月の5G用周波数帯の割り当て実施前に、日本の大手電気通信事業者は、5Gネットワークの運用開始にあたっては中国製品を使用しないことを決定した。上述のセキュリティ問題を考慮した結果、ノキアやエリクソンといった欧州企業が日本の事業者であるNTTドコモ、KDDI、SoftBank、楽天モバイルに5G機器を供給することが見込まれている。
EUでも、加盟国が5Gネットワーク関連のセキュリティリスクに対する懸念を表明し、EUレベルで一貫したアプローチを求める声が上がっていた。そうした声を受けて、欧州委員会は2019年3月26日に「勧告」を発表し、加盟国が5Gネットワークに伴うサイバーセキュリティリスクを評価し、リスク軽減措置を取ることを勧告した。
勧告に従って、EU加盟国は2019年7月に第一段階を完了し、サイバーセキュリティに関する自国のリスク評価結果を欧州委員会に提出した。同年10月には、その結果を基に全加盟国が協調して5Gネットワークに関するリスク評価をまとめたハイレベル報告書が発表された。
同報告書では、5Gテクノロジー関連のセキュリティ上の重要な課題がいくつも特定されている。5Gネットワークはますますソフトウェアに基づくようになっているため、供給事業者内のソフトウェア開発プロセスでの不備から生じるものなど、重要なセキュリティ上の欠陥に伴うリスクの重要性が高まっているとした(バックドアの問題)。またネットワークの基地局や主要技術管理機能など、特定の機器や機能が一層影響を受けやすくなると説明。さらに、モバイル通信事業者の供給事業者への依存度が高まれば、サイバー攻撃の経路が増えることにつながる。同報告書では、特定の事業者名や国名は挙げていないものの、中でもEU域外の国家やそうした国家の支援を受けている組織が5Gネットワークを標的とする可能性が最も高くかつ重大であるとしている。この観点から、EU域外の国家の干渉を受けやすいかどうかなど、個々の供給事業者のリスク特性がとりわけ重要となる。EU加盟国にとっては、単一のサプライヤーに依存することは、セキュリティ面での弱点や脆弱性が増すことになる。
直近では、欧州委員会は2020年1月29日に5Gネットワークの安全性に関する新しいEU「ツールボックス」(一連のセキュリティ対策)を承認し、その実施に関するコミュニケーション(政策文書)を採択した。ツールボックスでは、2019年10月の協調リスク評価で特定されたリスクや脅威を軽減する戦略的かつ技術的な対策を定めている。とりわけ、EU加盟国におけるモバイルネットワーク事業者に対するセキュリティ要件の強化や、単一の供給事業者への過度の依存を避けるため複数の業者を使用することなどを勧告している。また、加盟国には、供給事業者のリスク特性の評価や高リスクと見なされた事業者に対する適切な制限措置の実施などを求めている。そのため、ツールボックスは特定の取引先を排除することはないものの、EU加盟国のリスク評価の結果によっては、主要な設備(コアネットワーク、ネットワーク管理等)について供給事業者に制限措置が課される場合がある。
EUと日本は、本年前半に開催予定の専門的ワークショップにおいて、5GネットワークやIoTのセキュリティ面に関する議論を継続する。
最後に重要な点として、次世代モバイル通信に関わる日・EU間の共同研究は、今後も十中八九、継続されるであろう。日本政府は先般、民間企業による第5世代無線通信の後継となる技術の研究開発を奨励するため、2,200億円(20億3,000万米ドル)を拠出すると発表した。EUは「5Gを超えた」今後の6Gネットワークを左右する技術の開発と整備に向けて、これから始まる次期研究開発資金助成プログラム「ホライズン・ヨーロッパ(Horizon Europe)」を通じて、産業界とのパートナーシップを構築することを検討している。6Gの国際規格化に向けた競争はすでに始まっている。
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