2015.5.27
FEATURE
欧州連合(EU)の共通税制として採用されている付加価値税(英語ではValue-Added Tax、略してVAT)は、物やサービスの「消費」にかかる間接税の一つで、税の分類としては、日本の消費税と同様のものだ。両者間には、税務実務面ではいくつもの大きな違いがあるが、基本的知識として知っていると便利なVATの特徴を簡潔にまとめてみよう。
欧州のVAT税制では、国によって実にさまざまな税率が採用されている。例えば、いくつかの国で食品を買ったとしよう。英国では税金がかからないが、ドイツでは7%、ギリシャでは13%、デンマークではなんと25%というように、加盟国間でかなりの違いがある。
一般消費者向けの価格表示は内税であるため、税率の違いはわかりにくいかもしれないが、同じ菓子メーカーのビスケットや、同じファーストフードチェーンの食べ物をいくつかの国で買ってみれば、価格の差は歴然とする。
VATに加え、酒税やエネルギー税などが組み合わさると、さらに大きな価格差が生じる場合もある。かつて、ルクセンブルクは、これらの税率が周辺国に比べ著しく低かったことから、週末や休暇の帰りにわざわざルクセンブルクに立ち寄って食事をし、車のガソリンを満タンに入れ、酒やたばこ、コーヒーなどの嗜好品を大量に購入する人がめぼしい店で長蛇の列を作っていたものだ。今では、税率の調整が進み、加盟国間での極端な差はなくなってきてはいるが、今でもなお価格差の大きい商品もあり、それに目を付けて商売をする業者もいる。
加盟国間で、これほど大きな方針の違いや税率の違いがあるのはなぜだろう。その理由は、VATがあくまで加盟国それぞれの「国内税」であり、租税の組み合わせや税率は、国の財政事情や総合的な税と社会保障システム構想の中で、それぞれの考えに基づいて設計されるものだからだ。なお、VATの一定割合はEUの予算に「独自財源(own resource)」として拠出されることとなっているが、その割合はごくわずかである(2014年~2020年予算期もこれまでと同じ0.3%、2013会計年度のEUの歳入全体に占めるVAT財源の割合は9.45%)。
共通税制として全加盟国がVATを導入することが決まったのは、1967年のこと。その際は、基本的な制度が決められたのみで、対象の範囲や税率構造は各加盟国に任されていた。しかし、欧州が形成を目指す、人・物・サービス・資本が自由に行き来する単一市場内で課税ルールが大きく異なると、公平な競争を妨げたり、脱税に利用されたりしやすいため、1993年には大幅に改定、整備し直された。その後、たびたびの改定を経て、現行のVAT税制の根幹を規定する2006年のEU理事会指令2006/112/EC(通称、VAT指令)が施行された。
日本では、消費税は1989年4月に3%で導入され、その後、1997年に5%、2014年に8%(※1)、2017年4月からはさらに10%に引き上げられることになっているが、原則として、一律の税率が適用されている(※2)。しかし、EU加盟国の中には、食品や医薬・衣料品などの生活必需品や、文化・教育関連品、子ども用品などを中心に、いくつもの軽減税率やゼロ税率を設けて適用している国は少なくない。
なぜ同じ国の中にも、複数の税率が許容されているのだろう。VAT指令では、標準税率を15%以上と規定し、それ以外に、1~2つの軽減税率(5%以上)、さらに、特例として、超軽減税率やゼロ税率を設定してもよいと定めているからだ。加盟28カ国の標準税率、軽減税率、超軽減税率(ゼロ税率を含む)、および軽減税率を適用している主な品目カテゴリーを列挙したのが下の表だ。なお、各国のVAT税率一覧の最新版は文末を参照されたい。
表:加盟国で適用されている付加価値税率(2015年1月1日現在)
*順序は、英語表記でのアルファベット順
**VAT指令で軽減税率を適用してもよいとされる物・サービスのカテゴリーは21あるが、その中から、わかりやすく、違いが顕著に見られるものとして、「食品」「医薬品」「書籍」のカテゴリーのみ示した。この3つのカテゴリー内に、さらに複数税率を適用している国も多いが、簡略化のため、最も中心的に適用されている税率のみを表記した 。
EU全体を俯瞰してみると、軽減税率をほとんど適用せず、幅広い品目に標準税率を適用している国(例:ブルガリアの20%、デンマークの25%など)、非常に多くの品目に軽減税率を適用している国(例:ルクセンブルク――標準税率は17%だが、食品・医薬品・書籍をはじめ、幅広い品目で3%かゼロ税率を適用)、複数税率を設けている国(例:フランス――標準税率20%のほかに10%、5.5%、2.1%の税率あり)、幅広い品目にゼロ税率を適用している国(例:英国――食品・医薬品・書籍をはじめ多くの品目にゼロ税率を適用)など、国によるバラつきが大きいことがわかる。
加盟国の中には、共通VAT税制が施行される前から、独自の総合的な税制度の中に、付加価値税を位置づけていた国も少なくなかった。軽減税率は、低所得層への重税(逆進性)を避けるため、食品、医薬品、介護用品などの生活必需品に、また社会的に奨励するような情報、文化や教育関連などに設定している国が多い。しかし、VAT税単独での逆進性対応を考えるよりも、標準税率をより広い品目に均一にかけることによってシンプルなVAT税制で国の税収を高め、それによって得た財源を手厚い社会保障で還元した方が、トータルな税と社会保障の仕組みとして合理的だとの考えもある。デンマークなどで高めの標準税率がほぼ例外なく適用されていても、その財源で低所得者への福祉が施されているため、逆進性があまり問題にならないのが好例とされる。
日本人旅行者が、EU域内で何かを買って持ち帰ったり、日本の会社がEU加盟国から何かを輸入したりする場合は、VATは免税が原則だ。なぜなら、付加価値税は、「消費税」と同様に「消費されるところ」で発生する税と定義されるからだ。
EU内を旅行する場合には、この特典を利用して、支払ったVATの還付を受け、TAX FREE ショッピングを楽しむことができる。
ただし、EU域内の店は税務上、購入された物品が間違いなく輸出されたという税関の証明が必要。旅行者が空港の税関窓口で、購入したものを見せて判を押してもらう書類が、店にとっては税務申告上の大切な証明となっている。TAX FREEの手続きは、輸出手続きと同じことなので、本来は手間のかかる手続きだが、海外旅行者のために、こうした手続きや還付を代行するサービス業者もある。海外旅行者がTAX FREEのステッカーの貼られた店で買い物をすれば、「所定の還付フォーム」を作成してくれる。EUから出る最後の空港にある税関で、そのフォームに判をもらった後、空港内の窓口から現金で、あるいは支払いに使ったカードに、払い戻しを受けられる。還付の金額が、実際のVAT額よりも少ないのは、代行業者の手数料が差し引かれているからだ。また、還付の受けられる最低購入額は国によっても異なるので、代行業者のウェブサイト(一例)を利用して還付金額を試算してみると便利だ。
日本人など域外の個人や業者にとっては気づきにくいが、EU域内の事業者から見ると、一つの経済圏としての発展をさらに推し進めるには、現行のVAT税制には不都合な点や問題がある。
加盟国や品目によって異なる複雑な税率は、加盟国間での公平な競争の弊害になりやすいことは既に多少解説した。いくつもの商品をセット販売したり、ハイブリッドな新製品が出てきたりする際、適用税率の判断は不明瞭だ。ネット商品やネットビジネスの普及で、既存のVAT税制の枠組みが現実に即さなくなっているのも事実だ。事業者にとっては、現行のVAT税務実務は極めて煩雑であることは、皆の認めるところであり、特に中小企業にとっては負担が大きい。域内加盟国間におけるVAT実務の盲点につけ込んだ組織的不正の温床になりやすい点も指摘されている。こうした問題が浮上するたびに、細かな改正が繰り返されてきたのが、今日のVAT税制だ。
もともと、加盟国間での国境検問や通関手続きの撤廃を目前にして、理想的なVAT税制に合意することができず、当面の「暫定的なもの」として実施されたのが1993年のVAT税制の大幅改革だったのだから無理もない。2011年に本格的な改正のための指針が示され、以来、広範な情報収集と分析が行われてきた結果、今まさに抜本的改正案が示されようとしている。PART2では、税務実務面からの欧州のVATを解説し、その課題と改正の方向性について述べる。
EU加盟国のVAT税率一覧表(VAT Rates Applied in the Member States of the European Union)
「欧州委員会、付加価値税税率の一層の柔軟性と中小企業の負担軽減を提案」(2018年1月19日 駐日EU代表部プレスリリース)
「VATの最低標準税率を2年間15%に据え置き」(2016年5月25日 EU ニュース)
「EUの付加価値税「VAT」について知りたい!」( 2012年10月号 質問コーナー)
記事更新 2015.11.20 最新のVAT税率表へのリンクを文末に加え、それに合わせて本文の表記の一部を変更いたしました。
記事更新 2015.11.05 「加盟国で適用されている付加価値税」の表内、チェコの食品にかかる中心的な軽減税率は10%とありましたが、正しくは15%でした。お詫びして訂正いたします。
(※1) ^実際に、1997年に地方消費税が導入され、現在は、消費税6.3% + 地方税1.7%相当 = 8%となっている。地方消費税は供給地課税で徴収されるが、徴収納税地と物・サービスの消費地が異なる場合には、消費地の税収となるよう、都道府県間で精算が行われる。
(※2) ^ 日本の消費税でも、非課税のもの(医療・福祉・教育費や火葬・埋葬費など)はある。厳密には、課税・非課税・免税・対象外の4つの区分がある。
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