2014.12.24

Q & A

絶滅危惧種に対するEUの取り組みは?

絶滅危惧種に対するEUの取り組みは?

Q1. 欧州には絶滅の脅威にさらされている動植物はどれぐらいありますか?

絶滅危惧種への取り組みといえば、国際自然保護連合(IUCN)(※1)の「レッドリスト(絶滅危惧種一覧)」がすぐに思い浮かびます。専門家が発信するこの情報は、社会に警告し、保護のための優先順位を示してきました。現在では世界の各国・各地域でも独自に「レッドリスト」や「レッドデータブック」を作成するようになっています(※2)。EUのサイトに掲載されている欧州のレッドリストは、IUCNのレッドリスト地域指針を基に作成されたものです。

UCNのレッドリストには欧州で絶滅の危機に瀕している数多くの動物などが掲載されている。左からイイズナ(Mustela nivalis)、ファイアサラマンダー(Salamandra salamandra)、ニワカナヘビ(Lacerta agilis)  © International Union for Conservation of Nature and Natural Resources

IUCNによれば、欧州(西はアイスランドから東はウラル山脈までを含む)には488種の蝶類、260種の哺乳類、151種の爬虫類、85種類の両生類、546種の淡水魚類、1,100種の海水魚類、2万~2万5,000種の維管束植物と10万種を超える無脊椎動物が存在し、その大半は欧州固有の種とのことです。それらのうち約6,000種が欧州のレッドリストに掲載されています。これらは適切に保護・保全されなければ絶滅の脅威にさらされる可能性のあるものです。レッドリスト自体には法的拘束力がありませんので、保護を確実なものにするためには、各国が法的手段を含む適切な措置をとる必要があります。

欧州で絶滅の脅威にさらされている動植物種の割合
・淡水軟体動物の59% ・淡水魚の40% ・両生類の23% ・陸生軟体動物の22%
・爬虫類の20% ・哺乳類の17% ・トンボ類の16%  など

IUCNのHPより

Q2. EUは、絶滅危惧種に対し、具体的にどのような措置をとっていますか?

EUの自然保護政策の柱は鳥類保護指令(Bird Directive)と生息域保護指令(Habitat Directive)であり、絶滅危惧種への取り組みはこうした指令の中に組み込まれています。

鳥類保護指令(1979年発効)は、野性鳥類の保護のための指令です。当時の調査でEU域内の鳥類種が減っていること、種によっては個体群レベルで減っていることが明らかになったことから制定されました。特別な保全措置の対象となる約200種を定め、絶滅危惧種、生息域の変化に脆弱な種、生息数や生息分布域が限定されている希少種、および渡り鳥に配慮するよう求めています。加盟国は、対象となる鳥類の生息にとって重要な場所を特別保護地域(Special Protection Areas=SPAs)に指定します。また、指令は、意図的な殺害や捕獲、巣の破壊、卵の採取、生きたまたは死んだ鳥類の貿易に関わる活動など鳥類を直接脅かす行為を禁じています。狩猟は認められていますが、狩猟可能な鳥の種類や猟の時期は制限されます。狩猟や捕獲にあたって人工光源、爆発物、網など大規模で無差別的な手法も禁じられています。加盟国はこのような点を含んだ鳥類保護の制度を構築する必要があります。

鳥類保護指令では、特別な保全措置の対象として約200種を定めている  © European Union, 1995-2014

一方、生息域保護指令(1992年発効)は、経済的・社会的・文化的・地域的な要請を考慮しながら、生物多様性を維持していくことを主目的としています。1,500種ほどの動植物や230ほどの生息類型が保全対象となっています。保全へのアプローチは大きく2つ。一つは生息域の保全で、もう一つは動植物の希少種、絶滅危惧種あるいは地域固有種を保全していくことです。保全すべき生息域は、加盟国による候補地リストの作成から欧州委員会のリスト確定、さらに加盟国による指定を経て、保全特別地域(Special Areas of Conservation=SAC)となります。加盟国はSACの良好な保全状態を維持せねばならず、重大な影響が予想される計画や事業に対しては適切なアセスメントを行った上で許可するか否かを決定します。生息域保護指令により保護が指定された種の保護手段は鳥類保護指令のそれと類似しており、加盟国は厳格な保護のために必要な措置をとらなければなりません。

保全すべき生息域は、加盟国による候補地リストの作成から欧州委員会のリスト確定、さらに加盟国による指定を経て、保全特別地域(SAC)となる © European Union, 1995-2014

SACとSPAsを合わせ、EU域内には「ナチュラ2000(Natura2000)」と呼ばれる世界最大の自然保護地域のネットワークが確立されています。自然保護地域を孤立させることなくネットワーク化することによって、絶滅危惧種にはより高い生存可能性が残されることになるわけです。ネットワークは今までにEUの総面積の18%を占めるまでに拡大し、EU域内の海洋にもNatura 2000の保護地域が設定されています。

Q3. ワシントン条約との関係はどのようになっていますか?

絶滅危惧種への国際的な取り組みとして私たちに馴染みがあるもう一つは、1973年に採択された「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約、CITES)」です。この条約は、絶滅の恐れの程度に応じて規制対象を付属書Ⅰ・Ⅱ・Ⅲに掲載し、国際取引を規制することにより、それらの採取・捕獲を抑制して保護を図ります。付属書Ⅰは、絶滅の恐れのある種であって取引による影響を受けるもので、商業取引は原則禁止になります。付属書Ⅱは、現在必ずしも絶滅の恐れはないが取引を厳重に規制しなければそうなりうるもので、商業取引は可能ですが、輸出国の輸出許可書が必要です。付属書Ⅲは、締約国が自国内の保護のため他の締約国の協力を必要とするもので、商業取引は可能ですが、種を掲載した締約国からの取引の場合には輸出許可書が必要となります。

絶滅危惧種に指定された野生動植物が自動的にワシントン条約の規制対象となるわけではありません。しかし、両者は十分に関係があるといえます。例えば、2014年6月にIUCNにより絶滅危惧種に指定され、3段階ある危険度で上から2番目に分類されたニホンウナギが、次回の2016年のワシントン条約締約国会合で同条約の規制対象となる可能性は高いでしょう。

ワシントン条約は現在、地域国際機構も条約当事者になれるよう条約文が改正されていますが、批准の遅れによりEUとしてはいまだに同条約に参加していません。しかし、EUは1982年に「共同体におけるワシントン条約の実行に関する規則(Council Regulation (EEC) 3626/82)」を採択し、市場統合完成後の1996年には「貿易規制による動植物種の保護に関する規則(Council Regulation (EC) 338/97)」をあらためて採択しました。当該規則はEUを一つの領域として扱い、別表A・B・C・Dによって対象の種を区別して規制しています。例えば、別表Aにはワシントン条約付属書Ⅰに掲載されている種に加え、当該規則のより厳しい基準の下で該当するものが入り、商業取引は原則禁止されています。別表Bはワシントン条約付属書Ⅱに相当する種が主に掲載されており、EUに輸入する際には輸入国の輸入許可書も必要となります。

Q4. 生物多様性条約との関係はどうなっていますか?

EUは、1992年に国連環境開発会議(地球サミット)で生物多様性条約(CBD)が採択された翌年に署名、94年に批准し、以降、生物多様性の減少を食い止めるためにさまざまな取り組みを続けています。この条約採択以来、生物多様性というより包括的な概念が一般化し、それを維持し改善するための政策が実質的な絶滅危惧種対策を含むようになっています。生物多様性に直接悪影響を与える生息地の減少、乱獲、外来種、環境汚染などを解消することは、野生動植物の生息数激減を予防し、あるいは絶滅の恐れから生還させることにつながるからです。EUの生息域保護指令はこの生態系を視野に入れた理念を当初から取り入れていたといえます。ただし、当該指令は持続可能な発展への貢献も目的としており、動植物種の純粋な保護のみを追求したものではありません。

2010年10月に名古屋で開催されたCBD条約第10回締約国会議で、遺伝資源へのアクセスと利益配分を決めた「名古屋議定書」と、生物多様性保護の取り組みとなる国際的な新戦略目標「愛知ターゲット」に合意した後、欧州委員会は2011年5月に「EUの2020年生物多様性戦略」を発表しました。2020年までに生物多様性の損失と生態系サービス(※3)の劣化を止めるために、そこには上記EU法の完全実施に加えて、生態系とそのサービスの維持・回復、農業と林業、漁業からの貢献や侵略的外来種対策などを進めることが目標として記されました。

欧州委員会のヤネス・ポトチュニック 環境担当委員(当時)は、2020年までに生物多様性の損失を阻止するための 6つの優先目標(Target)を掲げた「EUの2020年生物多様性戦略」を発表した(2011年5月4日、ブリュッセル) © European Union, 2014

農業に依存または影響を受ける種や生息地との関係から、農業にはそれらを保全する役割が求められます。EUは乱獲防止等のため流し網の使用制限(Council Regulation (EC) 1239/98)や国際合意に従った漁獲量の制限など、水産資源管理にも注力してきましたが、持続可能な利用を確実にするために今まで以上の措置が実施されることになります。ワシントン条約などでは個体数管理の印象が強かった絶滅危惧種対策ですが、生物多様性の主流化によって、生態系レベルから多角的に強化されているといえるのではないでしょうか。

EUの生物多様性保護はこの20年でかなり進歩し、他の大陸に比べれば種の絶滅の速度は遅くなっています。それでも生物多様性の損失は止まっておらず、動物種では25%が絶滅を危惧されています。今後は地球温暖化の影響なども予想され、目標達成にはまだまだ険しい道のりが残っていると言わざるを得ない状況です。

執筆=和達 容子(長崎大学大学院水産・環境科学総合研究科 准教授)

(※1)^ IUCNは、国家、政府機関、非政府組織(NGO)が会員となっている国際自然保護団体。

(※2)^ レッドリストとは個々の種の絶滅の危険度を科学的・客観的に評価し、その結果をリストにまとめたもの。レッドデータブックとはレッドリストに掲載された種について、それらの生息状況や存続を脅かしている原因などを解説したものである(環境省HPより)。

(※3)^ 人々が生態系から得ることのできる便益のこと。食料、水、木材、繊維、燃料などの「供給サービス」、気候の安定や水質の浄化などの「調整サービス」、レクリエーションや精神的な恩恵を与える「文化的サービス」、栄養塩の循環や土壌形成、光合成などの「基盤サービス」などがある。(平成26年度版環境白書より)

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