2013.10.11
EU-JAPAN
2013年8月23日、駐日欧州連合(EU)代表部内の講堂では、1年間の研修や生活体験を総括した研修生20人のプレゼンテーションが続いていた。この日は、欧州の理工系学生を対象とした日本での企業研修プログラム「ヴルカヌス・イン・ジャパン」の修了式。受け入れ先の企業関係者や、日本語研修を行った日本語学校教師などを前に、日本での経験や成果を10分で発表し、会場からの質問に答えていた。
ヴルカヌス・プログラムとは、学士または修士課程に在籍する理工系の学生が、卒業前に日本または欧州の企業で実地研修を行うプログラム。1997年から続くこのプログラムは日本と欧州の双方で実施されており、日本で研修する欧州の学生向け(ヴルカヌス・イン・ジャパン)に欧州委員会が、欧州で研修する日本人学生向け(ヴルカヌス・イン・ヨーロッパ)に経済産業省が、渡航費や交通費など奨学金資金を提供する。
研修生を受け入れる企業は、滞在費をはじめとする研修費用を負担し、日欧産業協力センターが運営事務局となって、これまでに405人が参加している。プログラム名のヴルカヌスとは、ラテン語で鍛冶屋の神のことで、「鉄は熱いうちに打て」というとおり、若いうちに日欧間の経済関係を担う人材を育てるのがねらいだ。
欧州の学生たちは来日後、日本語学校で4カ月弱の語学研修を受け、書道や茶道など日本文化を体験する1週間のセミナーを経て、1月から8カ月間、日本各地の企業で実地研修を行う。2012年次の参加者は20人。約1,000人の応募者の中から選出された。
実際に研修はどのように実施されているのだろうか? 2012年次のプログラム修了を前に、受け入れ企業のひとつ、東京のヴィレッジ・アイランド社を訪ねた。ヴィレッジ・アイランド社は、海外のテレビ放送機器およびコンピュータ機器の輸入販売を行う企業で、ベルギー出身の創業者、ミカエル・ヴァンドルプ社長もなんとヴルカヌス・プログラムの修了生。もうひとり、社員にヴルカヌス修了生がいるという。2012年次はポーランド出身のクリスティアン・ニトゥコさんを受け入れた。ヴァンドルプ社長とニトゥコさんに話を聞いた。
「このプログラムには、日欧双方が技術協力を行い、経済関係の強化へとつなげる目的があります」とヴァンドルプ社長はその意義を強調する。「ジャパン・プログラムは、そのきっかけとなるまたとない機会です。このプログラムの目的に積極的に協力したいと考えています。このほかに、当社は米国とも技術交流を行っています」。
研修生のニトゥコさんは、「外国での職務経験が欲しいと思っていたところ、一番待遇のよいプログラムがヴルカヌスでした。日本で働けるなんて、こんな機会は逃せないと思いました」と応募の理由を打ち明ける。ニトゥコさんは機械工学の専門で、ヴィレッジ・アイランド社の技術面のニーズに見事にマッチした人材だった。ニトゥコさんに与えられた課題は、コンピュータ上のリアルタイムデータの速度管理フローの解決。その課題は2カ月で仕上げてしまったので、その後別のプロジェクトも担当するようになった。もともとテレビ放送技術の知識はなかったが、同社での実地研修を通して次第に身につけていったそうだ。
「若く優秀な研修生を受け入れることで、彼らの学んできた新しい技術を素早く事業に取り入れることができる」のも、このプログラムの利点だとヴァンドルプ社長は考える。「われわれは、ビジネスのノウハウを教えればよいのです。私自身、毎日学ぶことの連続です。もし研修生が課題を解決できなかったとしても、誰か別の社員が引き継げばよいことなので、完成の義務は必ずしもありません」。
外国人研修生がいることで、日本人社員も国際的な環境で働くことができる。「事業が世界全域に広がっていますから、職場環境が多文化であることは大事なことだと思っています」とヴァンドルプ社長。社員同士の交流を通じた社内の調和を重んじており、会社の規模を拡大したり、ガイジン企業にしたりするつもりはない。
ニトゥコさんにとって、東京の暮らしはどうだったのだろう。「私はポーランドの地方出身なので、大都会の暮らしには戸惑うことも多かったです。蒸し暑さや、ポーランドのパンが食べられない食生活などには苦労しました。ご飯は1週間に一度食べれば十分なんです」。しかし、徐々に東京の好きなところも増えてきたという。「街は落書きなどなくてきれいですし、スカイツリー近くの下町を散歩するのが好きです。インフラも発展していて暮らしやすいです」。
「もっと実務経験を積んでプロになりたい」と話すニトゥコさんの勤勉な仕事ぶりと成果が評価され、研修修了後は一度ポーランドに帰国するが、来年からヴィレッジ・アイランド社の社員として働くことが決まったそうだ。同社は、役員ほか含め、社員18人の中小企業だが、ロンドン・オリンピックの映像配信サービスや、4Kと8Kテレビ(※1)向けの送受信開発およびデータ放送・IP放送の開発を進めるなど、映像業界の世界最先端を行く有望企業だ。ニトゥコさんは今度は社員として、さらなる活躍が期待されている。
「研修を通して日本人の考え方や生活習慣を学び、少しずつ馴染んでいくことができました」とニトゥコさん。こうした感想を述べたのは彼だけではない。記事冒頭のプレゼンテーションで研修生に共通していたのは、このプログラムでは自分の専門分野をベースに日本の企業で就労経験を積めただけではなく、日本という国で暮らし、欧州と全く異なるその文化や習慣を体験できた、ということだった。
修了式では、研修生の一人ひとりに修了証書が手渡された。日欧産業協力センターの塚本弘日本側事務局長は、研修生の1年間をねぎらい、日欧ビジネスの相違点と共通点を学んだ彼らに、今後は日本の親善大使として活躍してほしいと期待を表した。また、同センター欧州事務所のプログラムマネージャー、マルゲリタ・ロサダ担当官も、彼らは日・EU間に輝く貴重な宝石として誇りに思う、とのメッセージを贈った。
プログラム修了後は、希望すればニトゥコさんのように研修先に就職する機会もある。企業は、日欧産業協力センターを通じて、研修を終えた人材の紹介を受けることもできる。このように、同プログラムは日欧の経済関係に必要な人的ネットワークを作り上げてきた。日・EU間で交渉が進む自由貿易協定(FTA)が締結されれば、両者間の経済関係がより活発になることが期待されており、そうなれば、研修生たちが将来貢献できる場は今以上に広がっていくだろう。
(2013年8月16日ヴィレッジ・アイランド社取材、撮影:コデラケイ)
2014年次プログラム(期間:2014年9月1日~2015年8月31日)の研修生の受入企業募集は、2013年12月31日まで行っています。詳細は日欧産業協力センター ヴルカヌス・イン・ジャパン在日企業向け情報まで。
(※1)^ 4Kはフルハイビジョンの約4倍、8Kは約8倍の解像度を持つ次世代高画質テレビ
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