日本伝統の逸品を世界に広めるヨーロッパ人

梅干しを漬ける樽の前で日本の伝統品について語るニコラ・ゾェルゲル氏

日本伝統の逸品が数々並ぶオンライン・ショッピングサイト「NIHON ICHIBAN(日本一番)」。選び抜かれた一つひとつの商品には、品物が持つ知られざるストーリーが添えられ、日本文化の魅力を含め海外に発信されている。このサイトを開設したのは、ドイツ出身でドイツとフランスの2つの国籍を持つニコラ・ゾェルゲル氏。神奈川県小田原市の老舗梅干し店 株式会社ちん里(り)う本店常務取締役だ。世界的な家電メーカーやIT企業などで長年培った財務、営業、経営などのノウハウを生かし、日本の伝統品の新たな市場を生み出した。

日本の伝統文化をグローバルなブランドに成長させたい

「印伝は、日本のルイ・ヴィトンです」。ニコラ・ゾェルゲル氏はこう言った後、「しかもルイ・ヴィトンよりお手頃ですね」と茶目っ気たっぷりに笑った。印伝、と聞いてもどんなものかピンと来ない日本人もいるだろう。印伝は、主に甲州(現在の山梨県)で受け継がれてきた革製の伝統工芸品だ。鹿革に漆で模様を施すのが特徴で、巾着や財布などのさまざまな製品が作られている。

「印伝には400年以上の歴史があります。鹿の革は真っ白で、触ると本当に柔らかい。ところが漆を使うことで強度が増すので、昔は鎧兜の飾りとして使われていました。だから外国人に売るときには、『古くは、鎧のために使われていたのでとても丈夫だ』と伝えることができます。非常にマーケティングがしやすい商品です」

ルイ・ヴィトンも、耐久性の高さや商品のストーリー性で世界中に知られるようになったことから、印伝とは共通点がある。

「フランスの伝統工芸品には高級ブランドになったものがいくつもあります。日本にも豊かな文化があるのに、高級ブランド化されていません。品質とストーリーがあるので、きちんとマーケティングしてしっかりと発信ができたら、グローバルブランドになり得るポテンシャルのあるものがたくさんあると思っています」

世界市場を見据えたことで自分のやるべきことが見えてきた

ゾェルゲル氏が日本の伝統工芸品に目を向けることになったきっかけは、ゾェルゲル氏の妻が、実家である150年の歴史を誇る梅干し店「ちん里う本店」の五代目を継ぐことになったから。ゾェルゲル氏はドイツのケルン大学で経営学を学び、日本企業のSONYに入社。財務部門でキャリアを積み、その後、腕を買われて世界的な家電メーカーやIT企業などを渡り歩き、企業のトップも経験した。「ビジネス界で酸いも甘いも味わいながら培った力で、妻をサポートしようと決めました。ただ、最初は身の置き所がわかりませんでした」」とゾェルゲル氏は振り返る。ビジネスモデルとして確立されているちん里う本店の国内営業でゾェルゲル氏の経験を生かす余地はあまりなく、ましてや梅干しを作れるわけでもなかったからだ。

しかし物産展などで食品や工芸品を扱う老舗店の人たちと言葉を交わす中で、彼らが「海外に商品を販売したいけれど、どうしたらいいのかわからない」という悩みを抱えていることに気づく。「それならこれまでの自分のキャリアを活かして、みんなを助けられる」と自分のやるべきことが見え、2012年にさまざまな「日本が誇るいいもの・ほんもの」を世界へ紹介・販売するオンラインショップ「NIHON ICHIBAN」を立ち上げた。

【写真左】ちん里う本店の奥には店が所蔵する昔からの梅干しコレクションが陳列されている。最も古いものは1834年製。【写真右】店内で商品を説明するゾェルゲル氏

ヒット商品第1号は桜漬け

新たなオンラインショップのコンセプトは「日本の誇るいいものを揃える店」。少しずつ売り上げが出てきた頃、ヒット商品が生まれた。それが桜の塩漬けだ。日本では、お祝い事の席や桜の季節に桜湯として飲んだりするものの、その他の用途はほぼなく、これ以上の広がりはないように思われていた商品だった。だが偶然にも、アメリカの有名なレシピブロガーが桜の塩漬けを使ったゼリーなどのレシピを作って公開したところ、それがバズり、他の人たちも、我も我もと桜の塩漬けを使ったレシピを作って盛り上がった。海外には桜の塩漬けを扱う店舗はそうそうないために、「NIHON ICHIBAN」に注文が殺到、桜の花の塩漬けが売れに売れた。

「レシピ開発をお願いしたわけでもなく、非常にラッキーな出来事でした。日本の伝統的なお湯に入れて飲むスタイルは外国人にはウケないので、外国人が外国人の喜ぶレシピを作ったのが良かったですね」

桜の塩漬け。程よい塩味がスイーツのアクセントになる

さらには、東京の「サロン・デュ・ショコラ」(パリ、東京、ニューヨークなど世界の大都市で開催されるチョコレートの見本市)でも人気の高いショコラティエ、ジャン=シャルル・ロシューのパリ店に妻と買い物に訪れた時に、いつもはあまり店頭に立たないロシュー氏本人に遭遇。立ち話から桜の塩漬けの話をしたところ、本人がその気になり、桜のチョコレートの開発につながった。

ほかにも世界的な店舗網を持つ石けん店からのオーダーがあったり、お酒のジンに入れるアイデアが再びバズったりと、桜の塩漬けは「NIHON ICHIBAN」の看板商品に成長した。旬にこだわる日本と違い、世界市場では季節の影響も受けないそうだ。

「日本では、美味しいマスタードと言えば、フランスのマイユを思い浮かべる人が多いように、海外で桜の塩漬けと言えば、『NIHON ICHIBAN』『ちん里う本店』の名前を思い浮かべてくれるようになるといいなと思っています」

ニッチな商品でも世界市場ではビジネスになる

では、ちん里うのメイン商品である、梅干しはどうだろう。梅干しと言えば、外国人が苦手なものとしてしばしば名前があがる食品だ。ゾェルゲル氏も妻の両親に挨拶した際に初めて口にしてびっくりしたという。「ドイツにもザワークラウトのような酸味のある食品はあるので酸っぱさは問題なかったのですが、塩っぱいのには驚きました。最初は良さがわかりませんでしたが、何回も食べるうちに美味しさを理解することができるようになりました。日本人からすると『外国人は梅干しを買わないだろう』と頭から思うでしょう? でも『NIHON ICHIBAN』では、梅干しも毎年売り上げを上げている商品なんです」

小田原の曽我梅林を代表する銘梅「十郎」を3年漬けた梅干し。昔ながらの味だ

その理由の一つが世界的な健康食品ブームやヴィーガン(厳格な菜食主義者かつ、衣類などの日用品でも動物由来の製品をできるだけ避ける人々)人口の拡大だ。「私も驚きましたが、ハチミツ風味や減塩の梅干しよりも、3年間熟成した昔ながらの塩っぱい梅干しがとても良く売れます。面白いのは、『さすが本物』というコメントがある一方で、『これは食べ物じゃない』と言う人もいて、評価は5つ星か1つ星のどちらか。『まあまあ』という人はほとんどいない評価が分かれる食べ物です。でも私はそれでいいと思っています。世界中で梅干しを『おいしい』と食べる人は1割かもしれませんが、それでも弊社のように小さな企業にとっては、非常に大きな市場だからです」。

日本では海外進出に消極的な会社が多い

「NIHON ICHIBAN」では、食品だけでなく工芸品も扱う。ターゲットは主にヨーロッパだ。「ヨーロッパの国々には長い歴史があり、ストーリー性がある工芸品への興味が高いのです。文化に対する理解も深い。日本の商品は高価なので、経済力のある国にしか売れないということもありますけれど」とゾェルゲル氏は話す。

選ばれた商品の中には市場がグローバルであることで、命を吹き返した商品がある。その一つが和ろうそくだ。ヴィーガンのスタッフが、ハゼの実を絞った木蝋から作られる100%植物由来の和ろうそくに目をつけた。「この商品はヴィーガンフレンドリーですよ」。ヴィーガンの中には動物性のものを避けるだけでなく、自然環境に負荷がかかる化学製品を忌避する人も多い。そこで商品説明を書き換えて、ヴィーガンフレンドリーであることを謳ったところ、需要が生まれたのだ。

日本の製品は食品に限らず、工芸品も品質が高い。世界市場に打って出る実力があるのに、経営者が海外市場に出ることに対して消極的な人が多いことを、ゾェルゲル氏は不思議に感じている。

「驚いたのは、経済産業省が中小企業向けに行ったアンケートで『海外市場に興味がありますか?』と尋ねたところ、90%もの企業が『興味がない』と答えていることです。日本は人口減少が始まっているのでさまざまな市場が縮小してきている中、輸出をしない企業は、売上げの減少はもちろん、今後、さまざまな課題に直面します。ですからなぜ海外を視野にとらえないのか、私には理解できません」

日本の伝統産業を次世代につなぐために

ゾェルゲル氏が危惧するのは、日本の逸品を作っている現場の多くが後継者問題を抱えていることだ。

「毎年、何かしらの伝統的製品を作るメーカーがなくなっています。それは日本の文化の一部がなくなるということです。作り手がいなくなれば商品がなくなるのはわかりやすい話ですが、徐々に失われるものもあります。名古屋の有松絞りを例に挙げましょう。有松絞りは、まだ店舗もいくつかあって作り手もいるのですが、さまざまな種類の絞りがあって、『あのおばあちゃんだけが作っていた絞りの技法』というのがある。その方の技術を受け継ぐ人がいなければ、部分的に文化を喪失したことになる。そういうことが今、日本の至る所で起こっているのです。それは非常にもったいないことです。それ以外にも、若い職人さんはいるけれど経営力がなくて事業を持続させることが難しい場合もあります。そこで私は将来、できることなら、老舗会社のファンドをつくりたいと考えています。中小企業が苦手とする財務やITといったところは私たちが担当するなどして、スキルが残っているうちに企業や商品が世に残るように力を貸したい。『そういうことは銀行と手を組めばいいのでは』と思う人もいると思いますが、銀行は一度お金を借りると利益の追求の話ばかりになることが多い。ですから私は大手の有力な老舗企業などにアプローチして、老舗を守ることに投資してもらうシステムをつくりたいと思っています。そして職人大学のようなものを作って、後継者を育て、海外への売り方なども早いうちから勉強してもらう、そんな仕組みを作ることを夢見ています」

国内市場では先細っていた日本の優れた物産が、伝統と文化を愛するドイツ人が独自の光を当てたことによって世界の人々に喜ばれる品となり、それが作り手たちの意欲を喚起するという好循環を生み出し始めている。誰もがウィンウィン(win-win)になる未来に向けて、ゾェルゲル氏はこれからも日本の逸品を探し世界に紹介し続ける。その強い意志と優れた戦略で日本のものづくりの世界に新たな仕組みが生まれるかもしれない。

プロフィール

ニコラ・ゾェルゲル Nicolas SOERGEL

1969年ドイツ生まれ。ケルン大学で経営学を学び卒業後、日本企業のドイツ支社に入社。家電メーカーを経て、ドイツの製薬会社の日本支社で働くため来日。その後IT企業で副社長兼CFOから代表取締役社長に就任するなど、ビジネス界で活躍。学生時代にドイツで出会った妻が神奈川県小田原市で150年続く老舗梅干し店「ちん里う本店」を継ぐことになり、サポートのため退社。2012年に「NIHON ICHIBAN」を立ち上げる。