2017.1.20
EU-JAPAN
欧州連合(EU)加盟国の在日文化機関で構成されるネットワーク「EUNIC(European Union National Institutes for Culture)Japan」。代表を務める、スペインのセルバンテス文化センター東京の館長、アントニオ・ヒル・デ=カラスコ氏に、EUNIC Japanの活動や日・欧文化の比較、また日本人から受けるスペインの印象などについて聞いた。
EUNICは、EU加盟国の公的文化機関や関連省庁の協力を通してEUの内外で、欧州の文化的価値を広め文化的多様性に寄与することを目的としたネットワークで、本部はブリュッセルにある。EUNIC Japanは、その日本支部として2008年に設立された。現在は、スペインのセルバンテス文化センター、ドイツのゲーテ・インスティトゥート、フランスのアンスティチュ・フランセなど9つの在日文化機関がフルメンバーとして加盟しており、加えてアソシエートメンバーとしていくつかのEU加盟国大使館が、またパートナーとして駐日EU代表部が参加している。
EUNIC Japanは主に欧州の文化を紹介するイベントを共同で開催しており、2016年5月の「アート・オブ・ポエトリー」では、欧州8カ国の詩人の作品を朗読等を通じて紹介した。「このイベントには、元日本詩人クラブ会長の細野豊さんも参加しています。われわれのイベントでは、必ず日本人にも登壇してもらい、日本文化との比較や対話を促しています」とヒル氏。12月には欧州のクリスマスの雰囲気を日本で再現した「アート・オブ・クリスマスキャロル2016」を開催。クリスマスコンサートと、欧州各地で開催されるクリスマスマーケットを再現したブースの展示が行われ、多くの来場者でにぎわった。
ヒル氏には「日本人は、欧州の国々について、それぞれ個別にはよく知っているが、欧州をまとまりとしては見ていない。欧州は多様性・多面性があるが『一つの集合体』である」との強い思いがある。欧州各国の文化を紹介するだけでは、個々の文化の違いばかりに目がいく。しかしここに、日本文化との対話・比較が加わると、欧州としてのまとまりが捉えやすくなる。まさにEUNIC Japanは、それを理解してもらうための活動だという。
EUNIC Japanの代表就任当初、「これほど多くの多様な国々が対話するのは無理ではないかと心配していた」という。しかしそれは「杞憂に終わった」そうだ。「各国が、欧州として協力しようという強い意志を持っていたのには驚きました。どの国も、EUNICの活動を自分のこととして捉え、粘り強く対話しながら積極的に参加する姿勢を見せています。スペインには、『信頼すれば山をも動かせる』ということわざがあります。確かに、簡単なことではありませんが、各文化機関も大使館も、熱意を持って取り組んでいるので大丈夫。欧州各国の文化的な関わりは非常に深いので、日本のみなさんにとっては、各国の独自性を知るのに加えて、欧州を多様性のある一つのまとまりとして捉え共通な部分や差異も見ることで、より興味も理解も深まると思います」と話す。
ヒル氏は、2012年に東京の館長に就任する前は、トルコ、シリア、イスラエル、エジプトなどでセルバンテス文化センターの館長を務めてきた。これらの国の人々のスペインに対する見方は、日本人とは大きく異なると言う。「例えば、トルコは昔、スペインとは地中海で覇権を争うライバル関係にありました。こうした歴史の中で、互いに尊敬と共感を育んでいった。また、シリアやエジプトなどはイスラム文化圏ですが、スペイン語の中には約5,000語ものアラビア語由来の言葉がありますし、建築物や食文化にも、アラブの影響が色濃く残っている。ある意味お互いに兄弟のように見ているところがあります」
「一方、日本とスペインは地理的にも距離があり、歴史的な関係も中東に比べると深くはありません。おそらく100年前であれば、スペイン人は日本人から単に『変な外国人』と見られるだけで、どこの国の人かもわかってもらえなかったでしょう」。しかし今は大きく変わった。ヒル氏は、今日のスペインは日本人から親近感を持たれていると力説する。
「例えばスペインの民族舞踊であるフラメンコは、日本人の間でも非常に人気があります。スペイン語がまったく話せなくても、まるでスペイン人のようにフラメンコを踊る日本人は多い。サッカーも人気があり、日本人でもスペインのクラブチーム、FCバルセロナやレアル・マドリードCFなどは誰でも知っています。日本人はスペイン文化を、尊敬と愛情をもって見てくれていると感じます」と話す。
一見、哲学者のように生真面目そうな印象を受けるヒル氏だが、話しぶりはユーモアたっぷりだ。日本文化に対する造詣は深く、語り始めると止まらない。「スペインでは、自分の父や兄弟でさえ裸を見ることがないくらいなのに、日本の温泉ではみんな裸。今はだいぶ慣れましたが、まだちょっと恥ずかしいです。以前、私が裸で温泉に入っているとき、掃除のおばさんが入ってきたことがあって……。私の理解を超える驚愕の出来事でした」と笑いを誘う。
相撲を見た時の驚きについても「太っていることは、多くの国で『見苦しい』と捉えられるのに、相撲の力士は太っていることが美しく見えるんですね」と目を見開いて熱心に語る。そして、相撲の中にも、日本と欧州文化の共通点を発見したという。「古代ローマ帝国のグラディエーター(見世物として闘った剣闘士)や、(スペインの)カナリア諸島の伝統的格闘技のルチャ・カナリア、古代ギリシャのレスリングと似たものを感じました。いずれも民の声援を受けながら闘う『民の英雄』です。そして闘いの中でも、礼儀や精神性を尊重する点なども、表現の形こそ違っても相撲と同じだと感じました」。
「文学にも、万国共通なものが存在します。村上春樹の『ノルウェイの森』、セルバンテスの『ドン・キホーテ』、シェークスピアの『ハムレット』、ダンテの『神曲』など、伝え方は異なっても表現していることは同じ。国を問わず、人間が共通で抱える不安や『生きたい』という気持ち、人間の偉大さへの賞賛を描いているんです」とヒル氏。
特に好きな日本文学の作品として、夏目漱石の『坊ちゃん』を挙げた。「これを読んだとき、まるで私の人生を描いているかのように感じました。私は10人兄弟の3人目で、両親よりも家政婦さんにかわいがられて育ちました。そして教師になり生まれ故郷を離れ、教え子や同僚との関係に悩みながら努力して、最終的に受け入れられた。どこをとっても『坊ちゃん』のお話と同じでした」。
「結局、人間の根幹にあるものは同じなんです」とヒル氏は説く。「だからこそ、私は世界中どこに住んでいても、違いより『類似点』を探すんです。そして、文化を通じてこそ、こうした類似点を見つけることができるのです」。さまざまな国で、自国文化を伝える仕事に長く携わってきたヒル氏の信念だ。
EUNIC Japanでは今年6月ごろ、欧州と日本の専門家を招き、持続可能な建築に関するシンポジウムを予定している。それ以降についても「『サッカー』、『男女平等』、『第2外国語の教え方』などのシンポジウムを計画しています。毎年テーマが異なる大きなイベントを1つ実施し、毎年恒例のイベントとして12月の『アート・オブ・クリスマスキャロル』を実施したいと考えています」と語る。
ヒル氏は今年8月末に、セルバンテス文化センター東京館長の任期を終えて日本を離れる予定だ。「大好きな日本を離れるのは非常に寂しい。でも、『人は去っても組織は残る』」と話す。「今後もEUNIC Japanは、日本の皆さんに、欧州全体が多様で豊かな1つの文化として理解していただけるよう、積極的な活動をしていきます」と力強く語った。
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