外国人が読み解く「東京」をガイド本で発信

© monnik

独自の世界を形成する巨大都市・東京。昨年10月、そんな東京の魅力を伝える一風変わったガイドブック『Tokyo Totem 主観的東京ガイド』(以下、トーキョー・トーテム)が刊行され、好評を博している。ガイドブックと銘打ってはいるが、観光名所や飲食店を満載したいわゆる旅行ガイドとは異なり、読む人一人ひとりに居心地の良い東京を探してもらうための「トーテム=道しるべ」を収集した報告書のようでもある。本の発想から東京への思いまで、企画・制作のオランダ人の二人に話を聞いた。

世界各地から集まった専門家46人が独自の視点で東京を分析

TOKYOの文字がトーテムポールの顔のようにデザインされた表紙はインパクト大 ©monnik

トーキョー・トーテムは、日本を含む世界各地から集まったアーティスト、デザイナー、社会文化人類学者、建築家、都市研究者などさまざまな分野の専門家46人が、東京から得た「何か」を科学的かつ客観的に分析。日本に暮らしていても、言われてみなければ気付かないことなどを他者の目線で分析したユニークなガイドブックで、研究報告書であるともいえる。基本的には英語で書かれ、その要約となる日本語が付されて、日本で刊行された。

このトーキョー・トーテムを企画、編集、制作をしたのがアムステルダムに拠点を置くリサーチラボラトリー「monnik」(以下、モニーク)の共同経営者であるクリスチャーン・フルノーさんとエドウィン・ガードナーさん。モニークは、未来学と都市開発を専門に包摂的かつ持続可能な世界の実現を追求しており、これまでに、アムステルダム、ベイルート、ワルシャワに関してこのような一風変わったガイドブックを制作してきた。

発展の止まった都市、東京を分析し、学び、未来につなげる

東京は、成長が止まってしまったと思われる巨大な「静止都市(Still City)」を調べていく過程で出会った。クリスチャーンさんは、「東京は、人口的にも、経済的にも成長を終えてしまった世界最大級の都市。同時に、犯罪、破壊行為、政情不安、ごみの不法投棄などが極めて少ない珍しい都市で、リサーチ対象としては格好のモデルだった」と話す。

2012年に来日したエドウィンさんとクリスチャーンさんは、「発展の止まった都市」の典型である東京を「分析」し、「学ぶ」ことが未来につながるとの思いから、都内でワークショップを開催。話し合いを通じて「自分たちが知りたいのは、この巨大都市東京で個々人がいかにしてここを『HOME』、つまり居心地のよい自分の場所と感じられるのか、である」(クリスチャーンさん)という認識が共有され、ワークショップに参加した46人の執筆者が東京を『HOME』と感じるヒントとなるトーテム(Totem=道しるべ)をそれぞれの視点で書きつづることになったのだ。そして、その集大成としてまとめ上げられたのがトーキョー・トーテムである。

東京で開催されたワークショップのひとコマ。立って話しているのがクリスチャーンさん(東京・「SHIBAURA HOUSE」) ©monnik

日本人の「くつろぎ感」や日常見慣れた「コンビニ」の変遷を独自の視点で分析

トーキョー・トーテムは、執筆者それぞれが独自の視点で選んだテーマを基に、観光ガイドブックにあるきれいな風景の写真とは趣を異にする、独特の写真、図版、古地図や古い画像、写真を取り込んだ漫画などを掲載している。

社会学者であり建築・景観史家のアナ・ベルクホフさんによる日本人が「くつろぎ」を感じる「ウチとソト」の概念の分析(左)、社会文化人類学者のホワイトローさんによる「コンビニ」の10年前と今を対比した写真群(右) © monnik

執筆者の一人である社会文化人類学者のガヴィン H. ホワイトローさんは「コンビニ:流転の形態論」(KONBINI MORPHOLOGY)と題した章で、70年代に輸入された「コンビニエンスストア」というビジネスモデルが、日本独特の「コンビニ」=「休みなく動き続ける働き蜂の巣」へと変化していった現象を経済学的指標や自身が実際に働いた経験も交えながら考察。ファミリービジネスが大手チェーンに吸収され、スクラップ&ビルドが繰り返され、次から次へ違う店になってしまう様子を写真で示している。

クリスチャーンさんは「掲載した多種多様な『何か』が読者の内なるものに響くと思った」という。ガイドブックらしからぬデザインも手伝って販売は好調で、初版1,500部は瞬く間に売り切れ、1カ月で再版が決まった。

トーキョー・トーテムの出版記念パーティー。本を手にしているのは来日中だったオランダのルッテ首相(2015年10月、都内) © monnik

最初は幻滅した「東京」も、多くの人と交わり圧倒的な魅惑に変容

実は、クリスチャーンさんは、初めて東京を訪れた時、「東京には欧州の文化人が価値を置くような伝統的建造物が少なく、国籍や人種を包み込むコスモポリタニズムも根付いていない。あまりに組織され過ぎた社会には、成長の止まってしまった社会特有の閉塞感が漂っており、正直なところかなり幻滅した」という。しかし、東京でワークショップを開催し、さまざまな人と交わることで、「東京における歴史や文化は、リズム、儀式、慣習、季節性など、変わりゆく事象の中にこそあるのではないかということが見えてきて、東京に対して抱いていた不快感が、圧倒的な魅惑へと変容していった」という。

一方、2005年に学生として交換ワークショッププログラムで初来日し「理解を越えた神秘性と見覚えのある親しみやすさが一緒になった不思議な感覚で、東京にすっかり心を奪われた」というエドウィンさんも、「知ってはいても、どこか理解しがたかった東京が、居心地のよい場所に変わり始めたと」と話す。

あえてターゲットは設定しなかったそうだが、東京を訪れる外国人はもちろん、東京に住む外国人や、もちろん日本人にもこの本を読んでもらいたいのは当然であろう。そのうち、完全日本語翻訳版が発行される日が来るかもしれない。

東京に続いて、ナイジェリアのラゴスの本も上梓予定だが、二人の夢は再び東京でのプロジェクトを実現すること。「なぜなら、私たちはたくさんの素晴らしい友を得られた東京に恋し、そして何より、私たちにとって東京はすでに『HOME』だと感じ始めているから」だという。

リサーチラボラトリー「monnik(モニーク)」共同経営者の二人

クリスチャーン・フルノー Christiaan Fruneaux

1976年オランダ・ホールン生まれ。アムステルダム大学で現代アジア史を学ぶ。社会科学修士。自身をライターであり、旅人であり、文化企業家であると認識している。

 

エドウィン・ガードナー Edwin Gardner

1980年オランダ・ホーヘフェーン生まれ。デルフト工科大学で都市建築学を学ぶ。理工科学修士。ライター、エディター、キュレーター、デザイナーなどマルチな仕事をこなすクリエイター。