日欧で活躍する女性数学者の写真展を開催

© Hiroaki Kono

理系の学問分野でキャリアを築こうとする女性が男性より少ないのは、依然として万国共通の傾向といえる。特に数学分野における女性研究者の数は男性に比べて圧倒的に少なく、欧州や日本も例外ではない。11月1日まで駐日EU代表部で開催されている写真展は、日欧で数学研究に携わる気鋭の女性数学者たちを紹介し、彼女らの姿とメッセージを通して、この分野への女性参画を促進することが狙いだ。

写真とメッセージで女性数学者の存在をアピール

2019年10月10日(木)から11月1日(金)までの3週間にわたり、駐日欧州連合(EU)代表部では、数学を志す女性を支援する有志団体「数理女子」との共催により、「Women of Mathematics throughout Europe: A Gallery of Portraits」と「日本の女性数学者」の2つの写真展が一般向けに合同展示されている(入場無料。開館時間10:00~17:00[土日祝を除く。最終日の受付は正午まで]。詳細はこちら)。

本写真展では、実際に数学研究で成功を収めている欧州の女性研究者9人と、日本の女性研究者10人が紹介されており、彼女たちの写真とメッセージからは、数学を追究する創造性の楽しみや喜びが伝わるとともに、数学への関心がもっと高まってほしいという願いが感じ取れる。会場には、性差によって異なる研究者数のデータなども併せて展示され、ジェンダーの偏見を克服し、数学研究の道に進む女性のロールモデルを示していく重要性を浮き彫りにしている。

駐日EU代表部の「ヨーロッパ・ハウス」1階ロビーで、日欧の著名な女性数学者19人のポートレートや数式、直筆メッセージのパネル展示が見られる
© Hiroaki Kono

ベルリンで始まり好評を得た写真展

Women of Mathematics throughout Europe: A Gallery of Portraits」はフォトグラファーのノエル・トヴィア・マトフ氏による写真、およびポツダム大学のシルヴィ・パイチャ教授によるインタビューのパネル展示であり、2016年7月にベルリンで行われた欧州数学者会議で初披露された。これは、数学を創造する研究者の人間的な魅力にも焦点を当て、若い女性研究者に向けてロールモデルを提示したイベントとして高い評価を得た。以降、欧州に在住する女性数学者のポートレートを集めた移動型の写真展が、世界20カ国の97カ所以上で開催されている。

この世界的な成功を受け、2019年3月17日~20日に東京工業大学で行われた日本数学会2019年度年会でも、「Women of Mathematics throughout Europe: A Gallery of Portraits」および「日本の女性数学者」と題した写真展が合同開催される運びとなった。「日本の女性数学者」は、フォトグラファーの河野裕昭氏による写真と、各数学者が記した直筆メッセージから成るパネルで構成。また、フィールズ賞の過去の日本人受賞者のほか、2018年のチャーン賞・日本学士院賞・文部科学大臣表彰科学技術賞のそれぞれを受賞した日本人数学者の写真と直筆メッセージも同時に展示された。

 

写真展「Women of Mathematics throughout Europe: A Gallery of Portraits」(左)と「日本の女性数学者」(右)のバナー

開会式:数学界における女性進出のために

本写真展の開催に先駆けて、駐日EU代表部では関係者や一般参加者を招き、10月9日に開会式が行われた。司会進行を務めたのは、東北大学 知の創出センター 前田吉昭副センター長。

開会の言葉として、パトリシア・フロア駐日EU大使は、当代表部がこの写真展のホストを務める喜びを述べつつ、世界の女性数学者数が少ないことに言及し、「私たちがより良い生活を送り、生き抜いていくためには、ジェンダーの違いにかかわらず、全ての人々が潜在能力と創造性を発揮できるようになる必要がある。それを実現することは可能なはずであるし、個人や社会にとって素晴らしいこと」と期待を込めた。

「女性が活躍するにあたり、ロールモデルを作り、偏見を克服していくことが重要」と強調したフロアEU大使
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慶應義塾大学の坂内健一教授は、「数理女子」の運営責任者であり、本写真展の開催に多大な貢献をした東京大学の佐々田槙子准教授から寄せられたメッセージを代読し、「今回、私たちが試みたのは、“数学者”に対するステレオタイプを覆すこと。来場する方々には、“女性数学者はこうあるべき”などと単純に一括りにはできない、多様性を感じてもらえれば」と伝えた。

続いて、欧州研究会議(ERC)のジャン=ピエール・ブルギニョン理事長が、女性研究者を増やすことにERCも積極的に取り組み、良い結果が得られていると述べた。また、日本数学会の寺杣友秀理事長は、欧州よりも日本の方が数学界での女性の進出が立ち遅れ気味であることが残念だとした上で、日本でも写真展が開かれることで、数学に親しみを覚え、研究を志す女性が増えることを期待した。

次いで、日本および世界各国で数学を学ぶ女子学生や女性研究者が置かれている境遇を比較し、ケーススタディを報告する3つのプレゼンテーションが行われた。

  1. 中国・清華大学の石井志保子教授は、佐々田准教授らが収集したデータを参照しながら、日本で数学を専攻する女性研究者の数が依然として低いことを指摘し、日本人女性の“数学離れ”について問題を示唆した。
  2. 北海道大学のシモナ・セッテパネーラ准教授(イタリア出身)は、自身の個人的体験を引き合いに出しながら、女性が数学を志し、数学研究者としてのキャリアを進むことがいかに困難であるかを語り、その点においてイタリアと日本はまさに同じ問題を抱えていることを指摘した。
  3. 欧州分子生物学研究所(EMBO)のマリア・レプチン教授は、女性進出の度合いを示す世界各国のデータを比較しつつ、STEM(科学・技術・工学・数学)分野における男女不平等の実態と理由実態を分析し、個人や社会・組織の意識変革やクオータ制の導入など、この問題を打破するために幾つかの解決法を提示した。

来賓のスピーチや女性数学者3名によるプレゼンテーションに興味深く耳を傾ける関係者や参加者
© Hiroaki Kono

最後に、駐日EU代表部のゲディミナス・ラマナウスカス一等参事官・科学・イノベーション・デジタル・その他EU政策部部長が「数学は科学でもあり、知恵でもある。今回の写真展は、公平でより包摂的な社会を一つの小さなステップになる」と締めくくり、その後に開かれたレセプションは、数学関係者同士の実りある交流とディスカッションの場となった。