2021.11.30
FEATURE
2021年6月、欧州の防衛産業の競争力とイノベーションを支援する「欧州防衛基金」が発足した。2027年までの多年次財政枠組み(MFF)から総額約80億ユーロを投じ、国境を越えた共同研究と開発プロジェクトを支援していく。9月には2021年の助成プログラムの公募が始まり、12月9日まで申請を受け付けている。
欧州連合(EU)はそれぞれが長い歴史を持つ主権国家の集合体であり、これまでは加盟各国が独自の防衛戦略を策定し、個別の予算で自国を防衛してきた。しかし近年では欧州を取り巻く国際情勢が大きく変化しているのに加えて、度重なるテロ事件などにより、EU全体の防衛産業協力を深化させる必要が高まっている。これによって、EUの競争力が高まり、最終的にはEUの戦略的自律の向上につながる。
欧州委員会は2017年、「欧州防衛基金(European Defence Fund=EDF)」の創設を提案。国境を越えた防衛研究開発を支援し、イノベーション創出を促進してEU防衛産業の競争力向上を目指す方針を打ち出した。また、EDFの前身として、小規模の産業プログラム「防衛研究に関する予備的行動(Preparatory Action on Defence Research=PADR)」(2017~2019年)と、「欧州防衛産業開発計画(European Defence Industrial Development Programme=EDIDP)」(2019~2020年)を実施し、EDFの本格始動に向けて道筋をつけた。こうした政策的取り組みと並行して、2019年には欧州委員会に「防衛産業・宇宙総局(Directorate-General for Defence Industry and Space=DG DEFIS)」を新設することも決定した。
欧州委員会によると、現在、防衛分野の研究開発において加盟各国が共同で実施しているケースはわずか9%。類似した研究が各国で同時に進行していたり、研究に必要な技術や知見が各国に分散していることなどにより、年間250~1,000億ユーロのコスト増が生じているという。共同研究開発プロジェクトに出資し、共に進めていくことで、加盟国間での重複を避け、相乗効果・相互運用性が高まり、研究開発能力の大幅な向上が可能となる。
前述の防衛産業・宇宙総局を所管する欧州委員会のティエリー・ブルトン委員(域内市場担当)は、EDFの発足を受け、「欧州にはそれぞれ異なる防衛文化があり、防衛に対する歴史的な経緯も異なる。しかし、EUは各国の意見に耳を傾け、尊重し合い、国際的な安全保障に関する課題を共有したおかげで、防衛分野における産業協力のための予算プログラムについて合意できた。これは歴史的な出来事である。EDFは欧州における戦略的相互協力の新たな一歩であり、目指すべき欧州の姿への懸け橋となった」と述べている。
EDF発足に先立ち、EUは域内の防衛協力のための枠組みを次々と立ち上げている。2017年末、EU初の本格的な防衛協力となる「常設軍事協力枠組み(Permanent Structured Cooperation=PESCO)」(※1)を創設した。EUでは共通外交・安全保障政策(CFSP)は加盟国の全会一致を原則としているが、リスボン条約に基づき設立されたPESCOは加盟国同士の自発的な軍事協力の促進を目指す。2018年には第1弾として17件の共同プロジェクトが選定された。現在PESCOの下で、陸・海・空、サイバー、訓練、共同戦力の分野を含む46件の開発プロジェクトが進められている。
※1 PESCOついては、「EUの常設軍事協力枠組み(PESCO)について教えてください」(EU MAG (2018年7・8月号) 質問コーナー)をご覧ください。
2019年と 2020年に実施されたEDFの前身プログラムの一つ、EDIDPは、共同能力開発プロジェクトに出資することでEUの防衛産業の競争力とイノベーションを支援するもので、予算規模は5億ユーロ。2019年には16件 、2020年には26件のプロジェクトが選出され、防衛技術および製品の共同開発に初めてEU予算が使用された。
EUは研究開発支援プログラム「ホライズン・ヨーロッパ(Horizon Europe)」を通じて、民生目的のさまざまな多国間共同研究を支援しているが、EDFは防衛産業に対して同様の支援を提供することで、研究開発の効率の向上を目指している。EDFの2027年までの総予算約80億ユーロは研究段階の共同プロジェクトへの資金提供に約27億ユーロ、開発段階の共同プロジェクトへの共同資金提供に約53億ユーロと、2つに大別される。特に防衛関連の破壊的技術の支援に力を入れており、総予算の最大8%を破壊的でリスクの高い防衛関連のイノベーションプロジェクトの支援に充てている。
EDFはまた、中小企業の参画を増加させ、サプライチェーンを開放することを目的としている。今後、中小企業が国境を越えて参加する場合の優遇措置や、公募対象を中小企業に限定する具体的な支援策がEDF規定に盛り込まれる予定だ。2021年のEDFプログラム では、中小企業のプロジェクトに対してビジネスコーチングサービスが提供される。プロジェクト成果の活用などをアドバイスすることで、中小企業の事業成長を支援していく。
2021年のEDFによる助成の総予算は12億ユーロで、大規模な防衛プラットフォーム(次世代戦闘機システムや地上車両、デジタルモジュール型艦船、弾道ミサイル防衛など)の準備に7億ユーロ、AIや軍事用クラウド、安全性の高い半導体(赤外線、高周波)などの重要技術に約1億ユーロを投入するほか、宇宙(5,000万ユーロ)、医療対応(7,000万ユーロ)、サイバーおよびデジタル(1億ユーロ)などに予算が配分されている。
EDFは年次ワークプログラムを通じて実施される。2021年の今回は、「情報の優位性」「航空・ミサイル防衛」「海戦」「破壊的技術」など、15のテーマ別分野の全37のトピックを対象に23件の公募(提案募集)が行われている。それぞれのトピックは「研究」あるいは「開発」のどちらかのタイプに分かれている。分野やトピックは多岐にわたっており、応募者は一つもしくは複数を選んで申請することができる。
対象となる分野およびトピックの一例:
2021年の申請期間は、2021年9月9日から同年12月9日までとなっている。助成と公募に関する全ての情報はこちら(英語)
EDFはEU域外に設立された企業や研究機関も参加できる、オープンで透明性のあるプログラムだ。EUおよび加盟国の安全保障・防衛上の利益を守るための条件が満たされていれば、第三国の企業との協力や、そうした企業の欧州の子会社の参加が認められている(ただし、助成金を直接受け取ることはできない)。EDFに先駆けて実施されたEDIDPでも、こうした措置は有効に機能していた。
2020年のEDIDPで選出されたプロジェクトには、日本、米国、スイス、インド、イスラエル、オマーンなどEU域外の国や企業・機関が管理する10の事業体が含まれていた。日本企業が直接参加したプロジェクトはなかったが、日本企業の欧州子会社がEDIDPの支援を受けたケースが2例あった。また、日・EUビジネス・ラウンドテーブル(BRT)や欧州ビジネス協会 (EBC)メンバーである、フランスのタレス社やエアバス社、ドイツのティッセンクルップ社、イタリアのレオナルド社など、日本企業と交流がある会社もEDIDPに参画している。
2年連続で複数のEDIDPプロジェクトに選出された防衛・航空宇宙大手タレス社のシリル・デュポン氏(タレスジャパンCEO)は「我々は欧州各国の大企業、中小企業、研究機関、学術機関など、多くのパートナーとともに積極的に参加している。一定の制約はあるものの、EU域外からの参加も歓迎したい」と連携の広がりに期待を寄せた。
またEBCの航空・宇宙・防衛・安全保障委員会のメンバーは、防衛・安全保障産業技術、とりわけサイバーセキュリティに関する日欧の議論の活性化を呼び掛けている。欧州の産業界は古くから日本市場に根付いており、防衛・安全保障のソリューションを提供するだけでなく、日本の産業界と協力して技術向上に貢献している。
EDFの取り組みで、以下のような課題の解決が期待されている。
最近の複雑化する安全保障上の課題に対処するためには、大規模な防衛システムや革新的で競争力のある技術、相互運用可能な最先端の製品などが必要とされている。しかし、それらをEU加盟国が単独で開発するのは困難であり、各加盟国や産業界は第三国との防衛・産業協力を行っている。
EDFは保護主義的な施策ではなく、EUと加盟国の利益を考慮しつつ、域外との協力を可能にする。日本など第三国に対しても門戸が開かれていることで国際社会からの関心も高まり、EUと関係各国との連携が一層強化され、国際社会の平和と安定に寄与することが期待されている。
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