2018.4.20

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循環型経済に向けたEU初のプラスチック戦略

循環型経済に向けたEU初のプラスチック戦略

循環型経済への移行を進めるEU。その行政執行機関である欧州委員会は、2030年までにEU域内で使用される全てのプラスチック製の容器や包装材をリユースまたはリサイクル可能なものにし、使い捨てプラスチック製品を削減するなどの目標を盛り込んだ政策文書「プラスチック戦略」を採択した。

環境問題解決の鍵を握るプラスチックごみ対策

大量生産される工業製品から、商品の個別包装に至るまで、プラスチックは現代消費社会のありとあらゆる側面において必要不可欠な存在だ。しかし世界中にあふれているプラスチック製包装材のうち、リユース(再使用)またはリサイクル(再生利用)されているのはわずか5%にすぎず、残りの95%はたった一度、非常に短い時間だけ使われた後にごみとして捨てられているという。プラスチックごみの大半は埋め立てに利用されたり焼却されたりするが、それによって環境にかかる負荷も大きい。

米国のジョージア大学の研究チームが発表した推計によると、1950年以降に世界で生産されたプラスチック製品の総量は83億トンにも達し、そのうち63億トンがごみとして廃棄されているという。これは、東京スカイツリーの重さに換算すると約17万個分という膨大な量だ。また世界中の海岸に打ち寄せる海洋ごみのうち、約85%がプラスチックごみであり、これが海洋汚染の主要因ともなっている。現在のペースで増え続ければ、2050年には海を泳ぐ魚の総重量を海洋ごみが上回るという試算も出ている(2016年1月の世界経済フォーラム年次総会〈別名ダボス会議〉での報告による)。

プラスチックごみは、海洋ごみの中でも約85%という大きな割合を占め、深刻な海洋汚染の主な原因となっている
© Pixabay

プラスチックごみの問題は、欧州連合(EU)でも喫緊の課題となっている。特にポリ袋は、ひとたび海などに捨てられると100年は残ってしまう厄介な物であるにもかかわらず、EUでは年に1,000億枚近くも消費されている。消費者がごみの分別や削減にいくら努めても、例えば機械での選別過程で識別されない色の濃いプラスチック製容器や、プラスチックで内張りされた紙製のコーヒーカップなどのように、消費されるほとんどの包装材がリサイクルできない、あるいはリサイクルが難しい場合もある。このためEUでは、海洋ごみの廃棄を取り締まる法規を定めたり、「プラスチック袋指令(Plastic Bags Directive)」を発令してプラスチック製の買い物袋の使用を激減させたりするなど、すでに幾つかの重要な対策を講じている。

これらの取り組みを足掛かりに、本年1月16日に欧州委員会が採択したEU初のプラスチック戦略(原題:A European Strategy for Plastics in a Circular Economy〈循環型経済における欧州プラスチック戦略〉)は、2030年までにEU域内における全てのプラスチック包装材をリユースまたはリサイクルすることを目指すほか、使い捨てプラスチックを削減し、化粧品や合成繊維などに使われる海洋環境に有害なマイクロプラスチック(原則として大きさ5ミリ以下の微小なプラスチック粒子)の使用を制限することを目指す。

この新たな戦略の下で、EUは次の目標を実現する。

  1. 企業にとってプラスチックのリサイクルが利益となるようにする。
  2. プラスチックの廃棄を抑制する。
  3. プラスチックごみの海洋投棄を阻止する。
  4. 問題解決に向けた投資とイノベーションを促進する。
  5. 世界各地で同様の変革を促す。

プラスチックに特化した循環型経済の政策

EUは2015年12月に「循環型経済パッケージ」行動計画を発表し、材料のリユース率およびリサイクル率を引き上げ、欧州経済と環境の双方を利する取り組みを明確に示した。EUは今回のプラスチック戦略を、循環型経済パッケージの中でもプラスチック分野に特化した主要な政策として位置付けている。また、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」や、多国間で合意された「パリ協定」の目標達成に向けても、重要な役割を担っている。

プラスチックのリサイクルという課題は、それによって生産されたプラスチックの品質の安定性や、素材確保に伴う生産コスト増加などに対する懸念があり、これまでなかなか進んでこなかった経緯がある。そこでプラスチック戦略では、製品のデザインから製造、使用、そしてリサイクルまでのあらゆる段階で変革を促し、プラスチック産業全体の投資機会と雇用の創出を図っていく。

具体的な取り組みとしては、プラスチック包装材に関する新たな規制を導入し、EU市場でリサイクルプラスチックの需要を喚起して、積極的に導入しやすい環境を整えていく。そのためにも、リサイクルプラスチックの品質と価格それぞれの面で、価値を向上させる必要がある。この戦略の下では、プラスチックのリサイクル設備の充実を促し、欧州全域でより規格化されたプラスチックごみの分別と回収システムを構築することで、プラスチック産業におけるリサイクルプラスチックの価値を高めていく予定だ。試算によると、計画達成時には、プラスチック1トン当たり約100ユーロの費用抑制効果が見込まれている。

経済成長と環境保護を両立させる新たなプラスチック産業

EUのプラスチック産業は、約150万人が従事し、2015年には年間約3,400億ユーロの売り上げを計上したほどの巨大マーケットとなっている。2030年には、プラスチック戦略が構築する新たなリサイクル産業によって、約20万人の雇用が生まれる見通しだ。EUのプラスチック戦略は、環境保護を推し進めるだけでなく、同時にEUの経済成長を促す政策にもなっている。雇用・成長・投資・競争力担当のユルキ・カタイネン欧州委員会副委員長は、「これによって、欧州の産業はテクノロジーと材料の新たな分野でグローバルに展開することができ、消費者は環境保護を意識した選択ができるようになる。まさに誰にとっても有益な戦略だ」と述べている。

EUのプラスチック戦略について説明するビデオ(2種類)
© European Union, 1995-2018

プラスチック戦略を実現させるためには、研究とイノベーション、そしてさらに大規模な資金援助が必要となる。現行のEUによる資金援助は、プラスチックのリサイクル化に取り組む企業や、ごみ処理インフラの改善を進めている加盟国を支援している。その一例として、研究資金助成計画「Horizon 2020」はこれまでに2億5,000万ユーロ以上の研究開発費を提供してきたが、新しいプラスチック戦略の下、2020年までに1億ユーロの追加資金を投入する方向だ。この予算は、よりリサイクル性に優れたプラスチック素材の開発や、リサイクルプロセスの効率化、またリサイクルプラスチックから有害物質や汚染物質を取り除くための技術開発に充てられる。また2020年以降、欧州委員会はプラスチックのための「戦略的研究イノベーションアジェンダ(Strategic Research Innovation Agenda)」を立ち上げ、環境や人体への影響などといったプラスチックに関連するあらゆる問題に取り組む予定だ。

一般市民の生活に直結したプラスチックごみへの取り組み

増え続けるプラスチックごみや海洋ごみ、ひいてはそれらに起因する人体の健康や環境への悪影響は、欧州の一般市民にとっても最大の関心事となっている。ユーロバロメーター(EUの世論調査)によると、EU市民の74%がプラスチックの人体への健康被害について、また87%が環境への負荷について懸念を示している。前述したように、EUではすでにプラスチック袋指令によって、買い物の際に店が提供するプラスチック製の手提げ袋を対象とした規制を加盟国に対して求めており、2010年比で2019年までに80%の削減を見込んでいる。実際に、72%の欧州市民がプラスチック製の使い捨て手提げ袋の使用を止めており、前年の38%から大きく進展している。

EUのプラスチック袋指令により、今では欧州市民の7割以上がプラスチック製の使い捨て手提げ袋の使用を止めているという成果が出ている
© Pixabay

プラスチック戦略では、市民が手軽にプラスチックを識別・分別・リユース・リサイクルできる仕組み作りを行い、環境負荷の低い購入やライフスタイルの選択を促していく方針だ。今後は買い物袋だけでなく、飲料水のボトル回収についても同様の取り組みを進めていく。このほかにも、18歳から30歳までの若者が自国の内外でボランティアをしたり労働に参加したりする「European Solidarity Corps」の組織活動などを通じて、プラスチックごみの清掃に積極的に取り組んでいく予定だ。

グローバルな視野で展開するEU発の戦略

国際レベルで問題になっているプラスチックごみに対し、EUは域外でも世界中のパートナー諸国と協力して、グローバルな視点での課題解決と国際標準の構築を進めている。EUが主導した2017年10月の第4回「Our Ocean」サミットでは、112カ国の公共・民間セクターが70億ユーロ以上をかけて、より健全かつ安全な海洋の管理に取り組み、ブルーエコノミー※1 の実現を目指すことを取り決めた。続く同年12月の第3回国連環境総会において、EUは海洋ごみ問題への取り組みやバイオプラスチック(植物や動物など生物に由来する再生可能なプラスチック)の開発に対して、国際的に関与していくことを担保した。

このほかEUは、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、「海洋と海洋資源を持続可能な形で保全し利用する」という目標14を果たすためにもリーダーシップをとっていくことを今後期待されている。

 

※1 海洋資源の持続可能な使用を通して、経済を発展させ、より良い暮らしや雇用を実現すると同時に、健全な海洋生態系を維持することを目指した経済活動

 

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