2022.2.24

FEATURE

持続可能な食の未来を見据えたEUの「Farm to Fork」戦略

持続可能な食の未来を見据えたEUの「Farm to Fork」戦略

安全で美味しく高品質であることで既に定評のある欧州産食品。さらにEUは今、食の持続可能性への取り組みにおいても世界をけん引しようとしている。食料の生産・流通・消費のみではなく、人々の健康や健全な地球環境を持続可能なものにすることを目指すEUの包括的な戦略「Farm to Fork」を紹介する。また、同戦略の日本や世界への影響について、識者のコメントも掲載。

持続可能なフードシステムの再構築に向けた新たな戦略「Farm to Fork」

2050年までに世界初の気候中立な大陸となることを目指す欧州連合(EU)は、その目標達成に向けEUのあらゆる政策分野で推進すべきことを示した「欧州グリーンディール」を掲げている。それは単に環境保護を優先させるだけではなく、経済を活性化し人々の健康と生活の質を向上させるための、総合的な成長戦略である。

その欧州グリーンディールの中核をなすのが「Farm to Fork(ファーム・トゥ・フォーク)」戦略だ。この戦略は、食料の生産から加工、輸送、消費に至る一連の活動であるフードシステム※1が、世界の温室効果ガス排出量の3分の1近くを占め、大量の天然資源を消費し、生物多様性の損失と健康への悪影響(低栄養と過栄養の双方)を招き、一次生産者に公正な収益をもたらしていないという現状に着目し、大切なフードシステムを、持続可能なものに再構築することを目指すものである。その実現は国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成にも貢献する。言い換えれば、気候中立を目指し、地球・社会・人の健康を保つために、「公正かつ健康で環境を優先したフードシステム」の確立を追求するのがこの戦略である。

食と農の現在地――今、なぜ行動が必要なのか

このような戦略が必要となった理由は何か。まず、大きな背景として 国連気候変動枠組条約や生物多様性条約などの国際的な取り組みが挙げられる。温室効果ガスの削減や生態系の保護などに関する国際的な協議を重ねる中で、食についてのEUの戦略を明確にする必要があった。

Ⓒ European Union, 2020 / Source: EC – Audiovisual Service / Photographer: Xavier Lejeune

また新型コロナウィルスの感染拡大により、食品工場が閉鎖し、サプライチェーンが機能不全に陥り、人々の暮らしの基盤の脆弱性を思い知らされた。どのような状況においても市民の健康を維持するためには、十分な量の食料を手頃な価格で入手できるシステムを構築する必要があることが認識された。

EUが示した、持続可能なフードシステムに向け取り組むべき課題

●「環境」分野の課題:気候変動への対応、環境の保護、生物多様性の維持、食品ロス・廃棄物の削減、循環経済への移行

バイオガス施設や太陽光パネルなど、再⽣可能エネルギー投資への⽀援や、減農薬、有機農法への転換、肉食からブラントベースフード(植物性の食材からなる食品全般)へのシフトなどが解決の手段として求められている。

●「経済」分野の課題:農業・漁業従事者の公正な収入、新しいフードシステムへの公正な移行、新しいビジネスと雇用機会の創出

実現のためには優遇税制の適用、各種ガイドラインの変更などが必要。

●「社会」分野の課題:健康的な食生活の定着および過体重人口の減少、動物福祉の向上、フードチェーンで働く人々の社会的権利の向上、購入しやすい価格の食料の増加

⾷料援助が不可⽋な国がある中、先進的な地域では⾷料⽣産の約20%が廃棄され、成⼈⼈⼝の半分以上が肥満となっている。市⺠の⾷⽣活の変化が必須であり、社会や生活の根本的な見直しが急務となっている。

農業政策における具体的な数値目標へのコミットメント

「Farm to Fork」はフードシステム全体の戦略だが、農業政策に関わる部分が半分以上を占め、2030年まで達成すべき以下の野心的な数値目標が設定されている。

    • 化学合成農薬および環境に対してハイリスクな農薬の使⽤量を50%削減
    • 化学肥料の使用量を20%削減
    • 畜産と養殖での抗生物質使用を売上ベースで50%削減
    • 全農地の25%以上を有機農業とするための開発促進

化学農薬の使用は、土壌・水・大気汚染の一因となる。また生物多様性への影響もあるため、2030年までに化学合成農薬および高リスクな農薬の使⽤量を従来の半分に削減するという目標を明確にしている。さらに、全農地の25%以上を有機農場とする予定だ。達成すれば、世界でも先駆的に取り組んできたEUでの有機農業はますます拡大することが見込まれる。また畜産や水産養殖では、細菌による感染症を防ぐために抗生物質が使われることがあるが、不適切に使用されると薬剤耐性をもった細菌が生き残り、動物などの体内で増殖し、ヒトや環境を通じて拡散されてしまう。現在、未来に使える抗菌薬を残すため薬剤耐性の拡大に対する取り組みが世界各国でなされており、「Farm to Fork」では抗生物質使用を50%削減しようとしている。

都会に建てられた温室で栽培されるトマト。都市型農業には環境保全や経済活性化のメリットが期待されている ©︎European Union, 2020 / Source: EC – Audiovisual Service / Photographer: Lukasz Kobus

食品ロスの削減に向けて食品表示を厳格化

「Farm to Fork」では「持続可能な開発目標(SDGs)」のターゲット 12.3にある「2030年までに小売・消費者レベルでの一人当たりの食品廃棄を半減させ、生産とサプライチェーンでの食料の損失を削減する」という目標にも取り組んでいる。

世界ではまだ食べられる食料が年間約13億トンも廃棄されている。EUでは、年間約8,800万トンもの食品が廃棄され、そのうちの半分以上が家庭から発生している。また関連コストは1,430億ユーロと推定されている。その一方で、加盟国内の3,300万人が2日おきに質的に満足な食事を取ることができていない。ちなみに日本では廃棄される食料は年間約612万トンに達しており、人口1人当たり、お茶碗1杯分のごはんが毎日捨てられている計算になる。612万トンのうち、284万トンは家庭から発生している。

食品廃棄問題は、気候変動とも密接に関連している。食品廃棄物の処理だけで、世界の温室効果ガス排出量の6〜8%を生み出しているからだ。食品の廃棄を最小化して必要な人に再分配し、飢餓と栄養失調の撲滅に貢献するとともに、農家、企業、家庭の経費節減につなげることが重要になる。また消費者に分かりやすい「消費期限」や「賞味期限」の表示基準を規定することで、誤認による食品ロスの低減を目指す。

有機農法を推進しているEUではオーガニック食品も豊富だ。写真はオーガニック食品が並ぶポーランドの市場

目標達成に不可欠なパートナーとの協働政策

持続可能な社会の実現は、EUだけの取り組みだけでは達成できない。EUと価値を共有する日本とは、2019年2月に発効した経済連携協定(EPA)の下、農業協力に関する会合を行っており、環境と気候変動に関するお互いの政策イニシアティブであるEUのFarm To Fork、欧州グリーンディール、共通農業政策(CAP)ならびに日本の「みどりの食料システム戦略」(食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する)などについて情報を交換している。

またEUと日本は2021年5月、「日・EUグリーンアライアンス」を立ち上げることに合意。同アライアンスに関して発出された文書では、持続可能な食料システムを実現するために双方の戦略に基づいて協力すること、世界規模でのパートナーシップを確立するために国際レベルで連携することが示された。

今後、EUは他のパートナーとの「グリーンアライアンス」を進めるとともに、その中に、野心的なフードシステムに関する条文を含めることを求めていく。そして貿易政策を通じて、動物福祉、農薬の使用、薬剤耐性といった分野における国際協力を強化し、コミットメントを得ていく。また、食品表示と環境フットプリント※2計算方法の統一など、持続可能性基準の普及も促進していく。

新型コロナウィルスの拡大で、フードシステムを含むサプライチェーンの脆弱性が明らかになり、世界的な課題となった。持続可能な社会を実現するための方向性を打ち出したこの戦略が、国際世論に今後どのような影響を与えるかが注目される。


Farm to Fork戦略の日本そして世界への影響は?

~農林中金総合研究所、執行役員基礎研究部長・平澤明彦氏が解説~

世界全体を見渡すと、米国とEUでは環境対策や農業政策のビジョンが大きく異なります。アジェンダは明確にしたものの自主的な取り組みが中心の米国に対して、EUはしっかりと政策を作り規制も明確にしながら環境対策を行っています。サプライチェーン関係者に義務付けをする一方で、補助金を出すなど一般的な経済活動の中に環境への配慮を組み入れる仕組みを構築しようとしています。

「Farm to Fork」戦略の他国への影響は複数のルートがあります。一つ目は先進国経由です。先進国同士はお互いの政策の影響を受けるので、EUが新しい政策を発表すると、価値観を共有する他の先進国も追随する可能性があります。二つ目はEUへの食品輸出国への影響です。EUが輸入品にも規制をかけるのであれば、他国はEUの基準に適応せざるを得ません。三つ目はEU内に現地法人のある食品メーカーで、この場合はEU基準に従う必要があります。

日本は2021年5月に「みどりのフードシステム戦略」を発表しましたが、EUの「Farm to Fork」戦略と米国の「農業イノベーションアジェンダ」の名前を挙げていることからも伺えるように、明らかに両方の影響を受けています。しかし日本は零細農業中心であり、農業従事者の高齢化も進んでいて、EUや米国とは課題が異なります。しかも日本は高温多湿で虫も草も多いため、農薬の削減や有機農法の拡大をEUほどすぐには達成できないでしょう。

農産物の輸出入に関してはWTOとの兼ね合いを考えなくてはいけません。世界に強制できるルールはあまりない中で、WTOは制裁権を持つ数少ない仕組みの一つ。WTOの新たな貿易障壁になるのか、どういうものなら自由貿易の範囲として認められるのか、今後国際的な共通ルール作りが必須となります。

EUの意欲的な目標の達成には消費者の動きも重要なカギを握ります。本来なら有機農作物のように高付加価値な商品のマーケットは小さくなるものです。しかし今回は高付加価値なものに対する大きなマーケットを作らなくてはいけません。環境に優しく、健康にも寄与するなら高くても買う、という消費者意識の変化を加盟各国は促さなくてはいけません。そのために教育の重要性が増すこととなるでしょう。

※1^ フードシステム:2021年開催のUnited Nations: Food Systems Summitの科学グループは、「農業、林業または漁業、及び食品産業に由来する食品の生産、集約、加工、流通、消費および廃棄に関する全ての範囲の関係者および、それらの相互に関連する付加価値活動、ならびにそれらが埋め込まれているより広い経済、社会及び自然環境を含むもの」と定義している。(出典:農林水産省のサイト

※2^ 環境フットプリント:人間活動により消費される資源量を分析・評価する手法の一つで、人間1人が持続可能な生活を送るのに必要な生産可能な土地面積(水産資源の利用を含めて計算する場合は陸水面積となる)として表わされる。

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