2012.2.17

FEATURE

包括的なパートナーシップを探る日・EU関係

包括的なパートナーシップを探る日・EU関係
PART1

シュヴァイスグート駐日EU大使に聞く

駐日欧州連合(EU)代表部のハンス・ディートマール・シュヴァイスグート大使は、欧州対外行動庁(EEAS)の下で任命された初の駐日EU大使として2011年1月に着任した。これまで出身国オーストリアの日本、中国、EU大使を務めてきた同大使に、EUと日本、東アジアとの関係について聞いた。

― 着任から1年を経た今、日本とEUの関係をどう見ていますか。
シュヴァイスグート大使(以下大使): 私が着任した2011年1月には、東日本大震災のような大災害が起きるとは誰も想像しませんでした。震災はすべてを変え、日本での我々の業務や日・EU関係にも大きな影響をもたらしました。

東日本大震災は、国家レベルでもEU市民の個人レベルでも、欧州における日本のイメージを一変させました。日・EU関係には、裏方に追いやられたとは言わないまでも、本来あるべき姿でない時期もありました。しかし、震災後、長年培われた日・EU関係を表舞台に引き戻そうという機運が高まりました。

橋本県知事から話を聞くゲオルギエヴァ委員(2011年3月26日、茨城県北茨城市)© European Union, 2011 

― 震災後にEUはどんな役割を果たしましたか。
大使 : 最初に実行したのは、東京でいわゆる「EUファミリー」の連携を確保することでした。これは新たに発足した欧州対外行動庁にとって、日本だけでなく世界でも初めての試練でしたが、危機対応として大きな成功を収めたと思います。あらゆる関係者が一つになって適切な対応を取り、EU本部と加盟国政府に的確な報告を行いました。

EU代表部と加盟各国の駐日大使館には自ずと役割分担がありました。代表部は主に日本政府との間で支援の調整と連絡経路の維持を行い、加盟国は自国民の安全確保を最優先しました。代表部にはEUの顔としての重要な役割があったのです。

Photo courtesy of Lufthansa Cargo, 2011

震災から2週間後、欧州委員会のクリスタリナ・ゲオルギエヴァ国際協力・人道援助・危機対応担当委員が、外国の大臣級では震災後初めて来日し、EUからの最初の救援物資を届けたのには大きな意義がありました。委員は避難所を訪問して被災者と対話し、日本赤十字社社長と会談しました。物資に加えて、1,000万ユーロの支援も発表しました。これらすべてが震災直後になされたことがその重要性を象徴しています。

また、十数名からなるEUの国際緊急援助チームが代表部に駐在し、現場での調整や救援物資の配布にあたりました。一方、代表部の我々も、しばらくの間24時間体制を組んでいました。

経済と政治を含む幅広い連携の枠組みを

― 現在、日・EU関係の重要課題は何ですか。
大使 : 震災へのお悔やみや日本の対応に対する賛辞が欧州から多数寄せられましたが、震災は我々の優先課題を考え直す契機にもなりました。短期的には、原子力安全とエネルギー安全保障の問題が問い直されました。昨年5月にブリュッセルで行われた日・EU定期首脳協議でもこの問題が焦点となり、日本はその後、原発の耐性検査(ストレステスト)という欧州の手法を採用しました。

さらに、再生可能エネルギーとエネルギー政策全般についての対話を強化しており、今春予定されているエネルギー担当のギュンター・エッティンガー欧州委員の来日にも期待しています。エネルギー問題の協議は以前から行われていましたが、震災が新たな契機となりました。長年にわたって言われている通り、日本とEUは緊密なパートナーであり、グローバルな政策枠組みにおいても、長い間追求している経済連携においても、価値と考え方を共有しています。それらをより具体化すべき時が来たという感触を持ちました。

私が最も重要だと考えているのは、先の首脳協議で日・EU経済連携が具体的に取り上げられ、交渉の範囲を定める「スコーピング」と呼ばれる協議の開始が決定されたことです。これは経済連携協定(EPA)で何を達成するかを定義する話し合いです。そこではどこまで望むのかを共通で定めることになりますが、我々は日本側のEPA交渉の要求に対して、EUの関心は広範で包括的な連携協定だけであることを一貫して主張してきました。一部の関税問題のみに対処するような個別アプローチは望んでいません。関税障壁、非関税障壁、政府調達、投資など、あらゆる問題を取り上げなければ意味がないのです。良い協定には、双方の利益が反映されているものです。

今はこの数年で最も重要な段階にあります。次の首脳協議の場で、正式交渉に入るのに十分な進展があったかどうかを見定めるからです。我々はEPAの交渉を始めるなら政治的側面も取り入れるべきであり、エネルギー、地球温暖化、テロとの戦い、多国間機関での協力から、相互に利する問題での意見交換や協力まで、グローバルな共通課題も対象とすべきだと考えています。

そうしたことは実際に、人権問題やソマリア沖での海賊対策をはじめ、さまざまな分野で実行されています。日本は海賊対策を積極的に支援していますが、これは欧州の枠組みでなされているものです。日本とEUはアフガニスタンでも、持続可能で自立した国づくりに必要な体制を構築すべく協力しています。つまり単なるEPAではなく、条件が整えば、政治・経済の両面を含んだ幅広い協議を始めること——これが日本とEUの将来の関係を定める新たな枠組みとなるでしょう。

― その際に障害となるのは何ですか。
大使 : 日本とEUの経済規模を考えると、相手が求めているものが分からないまま安易に協議に入ることはできません。合わせて世界経済の約40%を占める日本とEUの協定は過去に例のないものになるでしょう。

日本の関心はかなり特定されています。昨年発効したEU・韓国間の自由貿易協定(FTA)もその要因です。関税のない韓国製品と比べて、日本の自動車や電子製品が不利な立場に置かれますから。 他方、EU側は、関税以外にも非関税障壁や公共調達など、さまざまな面で欧州企業の市場アクセスが妨げられていると考えています。さらに、海外からの対日直接投資はGDPの約3%にすぎず、他のOECD諸国をはるかに下回っています。

このように広範で包括的な協定は、双方の国内法制度に影響を及ぼす可能性もあり、構造改革問題にも触れているところです。具体的な交渉に入る前に双方がどこまでコミットできるかを探るためにスコーピングは重要です。

欧州債務危機の試練を超えて

― 欧州経済が世界の関心を集めています。日・EU関係や日本経済への影響についてどう考えますか。
大使 : EU創設以来、欧州で最も深刻な危機のひとつであることは否定できませんが、危機は常にチャンスでもあります。人は現状に目を奪われ、危機回避のためにすでに行われてきたことを見過ごしがちです。

ユーロ圏のガバナンスの新たな枠組みを作るため、いくつかの措置がすでにとられ、検討が続けられています。昨年12月の欧州理事会では、金融メカニズムに加え、新たな合意に向けた速やかな取り組みが決定されました。ユーロ参加国と非参加のEU加盟国のほとんどがとるべき財政政策に関して、拘束力ある条約に基づいた新たな約束(コミットメント)がなされます。加盟国が責任逃れができない共通の枠組みです。

この条約が発効すれば状況は一変するでしょう。さらに、経済政策を緊密に調整することも合意され、一部の加盟国の経済がうまくいかなくなって逸脱していくという状況はなくなります。ユーロの主な欠陥を修復しようとしているのです。

ユーロは経済通貨同盟(EMU)の枠組みから誕生しました。1999年に単一通貨を誕生させ、通貨という面では成功したと言えます。今度は経済面での統合を完成させなくてはなりません。しばらく困難な時期が続きますが、ユーロ圏およびEUはこの試練を経てさらに結束し、強化されると考えています。

日本には欧州は正しい対策を取っているのかという懸念もあるようです。しかし、日本政府関係者の間では、これまでの対策に対して多大な評価と理解があると思います。中国の役割が取りざたされますが、欧州金融安定基金(EFSF)債の最大の買い手は中国でなく日本であり、これは信頼の証です。対ユーロの円高も懸念されていますが、これは現在の危機を超えた複雑な問題です。昨年の経済金融対話でも、債務危機によって日本に直接の影響が及ぶという懸念には根拠がなく、少なくとも非常に誇張されたものだと結論づけられました。

相互補完的な加盟国大使との関係

― 着任後まもなく、一体となったEUをさらに目に見える形にしたいと述べられましたが、どのように取り組んでいますか。
大使 : 私はEU自身が本物の「ジョイント・ベンチャー」としての姿を示すことが非常に重要だと考えたのです。EU大使はEUの唯一のスポークスマンではありません。東京には25の加盟国の大使がいます。互いに協力しながら連携できたということが、この1年間で最も価値ある経験でした。

私どもの間には強い信頼関係があり、さまざまなことを共に行っています。加盟国の多くは日本との間で長年にわたる重要な課題や関係を抱えていますが、二国間関係は、より広いEUという文脈に組み込まれつつあります。加盟各国の大使は、さらなる一体感をもって物事を進められるようになったと感じていることでしょう。日本でのEUに対する認識は次第に大きく変化するはずです。

― 加盟国の大使とEU大使の役割はどこが違いますか。
大使 : ある意味で、加盟国の大使の方が人間関係に依拠しています。日本は常に海外の文化に強い興味を示し、多くの国と太い文化的な絆を持っています。平均すれば日本では1日1回、欧州のオーケストラの演奏会がありますし、日本人は、例えばイタリア、フランス、ドイツの文化それぞれに具体的なイメージを持っています。時にはイメージが歪曲していることもありますが、EUに対するのとは明らかに違った情緒的な要素があります。少なくとも現時点では、EUについてはこうした面はありません。

EUは国家ではありません。ナショナリズムを超えた存在であり、21世紀における世界のひとつのモデルになれると考えています。ただし、国家に取って代わることがEUの目的ではありません。他方で、EU大使の役割は加盟国の大使よりも幅広く、同時に具体的でもあります。通商の分野で言えば、EPAやFTAの交渉に入ることが決まれば、交渉を担当するのは欧州委員会です。温暖化、気候変動、エネルギー安全保障といった問題は、EUとして行動するグローバルな問題です。さらに金融市場問題、経済金融対話など、大国でさえ単独では対処しきれない問題もあります。EU大使と加盟国の大使の役割は相互補完的です。加盟国は自国の課題を追求しますが、次第に欧州という文脈の中での取り組みが大きくなっていくでしょう。

東アジアで貢献するEU

来日したアシュトン上級代表は、新ヨーロッパハウス落成記念式典にも参加した (2011年11月2日、東京) Photo by S. Kuyama. © EU, 2011

― 東アジアの安定と統合においてEUがどんな役割を果たせると考えますか。
大使 : 私どもには、東アジアで果たす重要な役割があると思います。昨年11月にキャサリン・アシュトンEU外務・安全保障政策上級代表が来日し、この点を強調しました。上級代表は欧州の役割に関して日本の玄葉外務大臣と意義ある会談を行いました。

「EUは米国のように東アジア地域に実体的プレゼンスがなく、戦略的関心もない」と言われることがありますが、それはもちろん間違いです。世界最大級の経済主体であるEUは、日本、中国、インドを含め、この地域のどの国にとっても非常に重要な貿易相手です。ですからEUはアジアの安定と繁栄に強い関心があり、そこには貿易の自由や開かれた経済交流を確保することも含まれ、航行の自由など、さまざまな問題が関連しています。

時として、平和と安定に対するEUの貢献が見過ごされることがありますが、EUは紛争解決に関して、近隣の北アフリカや中東だけでなく世界中で固有の活動を展開しています。EUは最大の開発援助提供者であり、軍事部門と民生部門を組み合わせた独自の手段を有しています。EUは日本にとって非常に重要なパートナーであり、東アジアの安定に大きく貢献する能力と意思があると考えています。

(2012年1月13日 取材、撮影:久山 城正)

プロフィール

ハンス・ディートマール・シュヴァイスグート

Hans Dietmar SCHWEISGUT

1951年オーストリア、チロル州ツァムス生まれ。オーストリアのインスブルック大学で法学博士号、米国サザンメソジスト大学(テキサス州ダラス)で比較法学修士号を取得後、オーストリア外務省に入省。同国の駐日大使(1999年~2003年)、駐中国大使(2003年~2007年)および駐EU大使(2007~2011年)を歴任。2011年1月より駐日EU大使。

 

 

 

 

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