2017.1.27
FEATURE
欧州の28の民主主義国家が特別な経済的・政治的協力関係を築いているEUは、約5億人の欧州市民に平和、繁栄および自由を保障するとともに、人道・開発援助を通じ、世界の平和と安定に積極的に貢献することを目指している。PART 1では、これらの活動を支えるEUの予算の規模と概要、仕組みなどを紹介する。
28カ国からなるEUの予算は、さぞかし巨額だと思われがちだが、実はその規模は小さい。経済停滞に直面する加盟国の市民からは「EUに大金を徴収されている」、「EU予算は年々膨大に増え続け、赤字分を埋め合わせるためにEU税が導入される」といった非難や噂が聞かれることがある。しかし、人口約5億人のEUの予算は、2016年(1月~12月)が1,550億400万ユーロ。日本円換算で約19兆円(2017年1月27日時点)で、日本の2016年度予算、約96兆7,000億円の2割弱程度だ。
EUの歳入のほとんど(90%以上)は、3つの「独自財源(own resources)」――①EU域外からの輸入に課される関税および砂糖税、②EU加盟各国で商品やサービスに課される付加価値税(VAT)の内の一定割合、③EU加盟各国の相対的富裕度に応じた国民総所得(GNI)からの分担拠出金――で賄っている。独自財源の合計額はEU全体のGNIの一定率(1.23%)を超えないことと定められている。EU職員給与の税金、特定プログラムに参加する非加盟国からの拠出金、競争法(独占禁止法)に違反した企業からの罰金、前年次からの繰越金なども歳入に加えられるが、全体としては1割未満。
(2015年)
EU予算の規模は、加盟28カ国の国家予算の合計の50分の1程度で、たとえば、加盟国のオーストリア(人口約850万人)やベルギー(人口約1,100万人)の国家予算よりも小さい。EU市民一人当たりに換算すると年300ユーロ弱なので、一人一日当たりコーヒー1杯にも満たないことになる。
EUの予算は、決して赤字にはならず債務もない。常に歳入に見合った歳出を行っている。そして、そのほとんどは、経済発展、雇用創出、EU市民の生活の質の向上のために、実質的成果を出すことを目指して拠出される、未来志向の「投資予算」である。投資の見返りは、強い経済、低い失業率、良い教育、ビジネスや人々の生活を便利にする新しいデジタル技術などである。域外では、EUは人道援助や開発援助を通して、貧困地域、紛争地域、被災地域の人々の命を救い生活を助けている。加盟国がそれぞれ独自に拠出する援助金と合わせて、EUは世界最大の開発援助を行っている。
歳出内容は、1980年代にはEU予算の7割が農家の生活と農産物の生産を安定させる共通農業政策に注がれてきたが、近年、農業は持続可能な環境保護と健全な食の提供を担うと再定義され、農村開発政策を含めて40%程度まで減少してきている。そして、経済促進や雇用創出、研究助成や教育など未来志向の投資予算としての側面がより顕著となってきた。ここ数年は、火急の課題である移民・難民対応への費用やテロ対策などにも多くの予算が投入されている。
EU予算の8割は、さまざまなEU政策の実施のために28加盟国に支払われ、現地で管理・支出される。EU職員の給与や諸経費分は全予算の6%程度にすぎない。以下のグラフは、加盟各国に拠出されている項目別の予算額と、各国のGNIに占める割合を示している。「ブリュッセル(EU)に搾り取られていて、自国は相応な恩恵を受けていない」との非難は実態と異なることが分かる。
(拠出額は2015年分、単位:100万ユーロ)
EUとしての政策に長期的計画性を持たせ、歳入以上の支出をさせないための手段が、多年次財政枠組み(Multiannual Financial Framework=MFF)と呼ばれる仕組みだ※1。MFFは、EUの政策の優先度を十分に考慮した計画性ある予算を組むため、最低5年間にわたって(現行は2014年~2020年の7年間)、毎年の予算の上限額を設定するものだ。
EUの基本条約に規定されているMFFのかつての重要分野は、単一市場形成やユーロ導入、拡大などであったが、2007年~2013年からは持続可能な成長や競争力向上・雇用創造が重要課題となった。
EUの予算には、「見積もり予算」※2と「支払い予算」※3があり、前者は法的約束に基づいて計上した予算、後者はそれに基づいて実際に支払われる予算を意味する。毎年同じように拠出される補助金などでは、「見積もり予算」と「支払い予算」は同額になる。しかし、政策によっては、多年次にまたがるもの(たとえば、橋や道路の建設など)では、「見積もり予算」には、見積もり額を計上するが、各年の「支払い予算」には、複数年に配分した額を計上する。予定されていた歳出がその年に発生しない場合もあり、また、EUでは、年間予算の上限額に対して十分な余裕を持たせた年間予算を立てるようにしているため、毎年、充分に余裕ある歳出となり、翌年へ繰越される仕組みになっている。
現在のMFFは、2014年~2020年までの7年次予算で、見積もり予算が9,599億ユーロ、支払い予算は9,084億ユーロと設定されており、2007年~2013年までの前7年間に比べて、それぞれ3.4%、3.7%縮小している。MFFは、中間見直しが行われることになっており、今期も、2016年9月に欧州委員会が見直し案を提出している。
現行のMFFには、7年間で次のような歳出項目と歳出限度額が設定されており、毎年の予算は、この中から1年分が設定される。
1. 賢く包摂的な成長
1a. 競争力向上 1,256億ユーロ 研究・イノベーション、教育・訓練、汎欧州エネルギー・運輸・電気通信ネットワーク、社会政策、起業支援 1b. 経済・社会・領土的結束 3,252億ユーロ 加盟国・地域間格差是正のための地域政策、全地域の競争力強化、地域間協力促進 |
2. 持続可能な成長(自然資源) 3,732億ユーロ
共通農業政策、共通漁業政策、農村開発、環境施策 |
3. 安全と市民 157億ユーロ
司法・内務問題、対外国境警備、移民および庇護政策、市民の健康、消費者保護、文化、若者、市民との対話 |
4. グローバルな欧州 587億ユーロ
いわゆる外交政策にあたるEUの全対外行動、開発支援・人道援助(加盟国が直接拠出する欧州開発基金は除く) |
5. EU運営 616億ユーロ
EU諸機関の管理運営費等、欧州各地にあるヨーロピアン・スクール関連費 |
6.補てん費 2,700万ユーロ
2013年7月から加盟したクロアチアへの特別補てん予算 |
注:予算額は、2013年12月2日に採択された見積もり予算。補正が加えられた直近のMFF予算額は、欧州委員会予算総局サイトを参照されたい。
PART2では、昨年12月1日に決まった2017年予算の概略と改革の方向性について解説する。
※1^多年次予算枠組み(MFF)は、EU基本条約に、議会の合意を得た上での理事会規則として全会一致で採択されること、と定められている。
※2^英語ではCommitment appropriation。法的約束に基づく予定額ということで、本稿では「見積もり予算」としたが「締結予算」「見積額ベース」などの訳も使われる。
※3^英語ではPayment appropriation。上記のCommitment appropriationに基づき実際に支 払われる額ということで、本稿では「支払い予算」としたが、文脈によって「決済予算」「支 払い額ベース」などの訳も使われる。
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