2021.10.12
FEATURE
2021年10月11日~15日、生物多様性の保護に関する世界全体の新たな目標を議論する「国連生物多様性条約第15回締約国会議」(CBD COP15)の第1部が開催。これに先立つ2020年5月に世界的にも野心的な目標を盛り込んだ「2030年生物多様性戦略」を策定したEUは、生物多様性の損失を食い止めるため、世界の合意に向けて議論をリードし、志を同じくするパートナーと協力していく。
「2030年生物多様性戦略」は、今後10年間における欧州連合(EU)全体の生物多様性保護政策の基本指針を示すもので、2030年までに生物多様性を回復軌道に乗せるとともに、2050年までに世界の生態系を再生するという野心的な目標を掲げている。
多様な生物によって構成される生態系は、私たち人間に食料、健康、医薬、原料、娯楽、幸福な暮らしを提供し、自然災害や病虫害を軽減したり気候を調整するなどさまざまな役割を果たしている。しかし、近年、都市の拡大、集約農業、環境汚染、外来生物の影響、気候変動など人間が地球に及ぼす影響により、生態系は破壊されつつある。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第 6 次評価報告書によると、今後は気候変動がさらに加速し、熱波や豪雨などの異常気象と、それに起因する自然災害の頻度も高まると予測されており、生態系への影響が懸念される。2021年夏は、欧州においても地中海沿岸が記録的な猛暑に見舞われ、その影響で山火事の被害が相次いだ。
また、世界自然保護基金(WWF)の報告書によると、世界の野生生物(個体群)は過去40年間で約60%減少している。国連の報告書でも、約100万種の生物が数十年以内に絶滅する恐れがあると警告している。自然が破壊されるにしたがって、感染症の発生と拡大のリスクが高まることもわかっている。今般の新型コロナウイルス感染症によるパンデミックによって、生態系を保護・回復させることの必要性、そして緊急性がより浮彫りとなった。
EUは長年にわたって自然や生態系の保護に取り組んできた。野鳥保護について定めた1979年の「鳥類指令」、EU域内の自然保護区ネットワークである「Natura 2000」など、数々の指令の採択や法制化を進めてきた。1992年に国連で生物多様性条約が採択されると、翌年の93年に署名、94年に批准した。2011年には、当時の国際的な枠組みである「愛知ターゲット」に沿った、2020年までの生物多様性戦略を発表している※1。しかし、その後の10年で世界の自然環境はさらに悪化、気候変動の影響も大きくなっている。
こうした課題への対策として、「2030年生物多様性戦略」では、現状でも維持されている生態系を守るための自然保護の強化と、劣化した生態系の再生に向けた目標を定め、その実現に向けた体制づくりなどの戦略を示している。
まず、自然保護の施策として欧州の陸と海それぞれにおいて、EU域内の少なくとも30%を保護区化し、効果的に管理することを目指す。この目標達成に向け、絶滅危惧種の生息域など、生物多様性の保護の観点から重要である地域に対しては厳格な保護を実施しつつ、既存の「Natura 2000」に指定された地域をベースに国内の自然保護地域を追加していく。
もう一方の柱である、劣化した生態系の再生のために、「2030年生物多様性戦略」では、新たな「EU自然再生計画」の策定も提案されている。具体的には以下のような取り組みを含む、拘束力のある目標を設定し、自然回復のための新たな法的枠組み案を作成していく。
「2030年生物多様性戦略」の実施には少なくとも年間200億ユーロ以上の予算が投入される見通しだ。また、EUの気候変動対策予算の約25%を「生物多様性と自然に基づく解決策」に投資することも定めている。欧州委員会はまた、生物多様性への取り組みをEU全体で推進していくために、包括的なガバナンスの枠組みを整備し、科学的知見・政策立案・実践をつなぐ生物多様性パートナーシップの促進や、生物多様性の損失を含む環境コストを反映した税制・価格設定の導入なども進めるとしている。2020年10月には、生物多様性に関するさまざまな科学的データを提供するナレッジセンターも立ち上げた。
EUは、今回の戦略に基づいた生物多様性保全の取り組みは、新型コロナウイルスのパンデミックでダメージを受けた経済の復興にも効果的だと考えている。生態系の保護により、将来の人獣共通感染症の発生を防ぎ、感染症からの回復力を高めることが期待されるからだ。また、生物多様性の保全を意識した農業への転換や、都市の緑化の促進などは、新たなビジネスの創出や投資の機会につながり、EU経済を回復させるためにも、非常に重要なものだといえる。
例えば、EUの「Natura 2000」自然保護ネットワークがもたらす経済効果は、年間2,000〜3,000億ユーロに及ぶと算出されているほか、約50万人もの雇用を生み出すことが期待されている。また、有機農業は従来の農業に比べて1ヘクタールあたりの雇用を10〜20%増加させ、都市の緑化はデザイナーや都市計画者、都市農業者や植物学者などのイノベーティブな雇用機会の拡大につながる。
一方、何も対策を打たなかった場合、EUの年平均GDP成長率は最大で2%減、一部の地域ではそれ以上になると見込まれている。グローバルでは1997年から2011年の間に、土地被覆の変化により年間3.5〜18.5兆ユーロの生態系サービスが失われ、土地の劣化で年間5.5〜10.5兆ユーロが失われたと推定されている。
生物多様性条約第15回締約国会議(CBD COP15)は、中国がホスト国となり、2021年10月11日から15日までの第1部オンライン会合に続き、2022年4月25日から5月8日まで、第2部が昆明で開催される。
過去10年間で最も重要な生物多様性会議に出席する世界のリーダーたちは、2020年以降の新しい「生物多様性枠組み」への合意について議論する。この枠組みによって、世界は2050年のビジョンである「自然との共生」を実現し、社会全体を変革し、2030年までに自然を回復軌道に乗せることを目指す。EUは、この枠組みを有効なものとするため、以下の各点について交渉する。
欧州委員会はCOP15に向けて、生物多様性の保護に関する意識を高めるための広報キャンペーン「Global Coalition United for Biodiversity」を開始、すでに世界50カ国と250以上の機関が参加している。欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、「リーダーによる自然への誓約(Leaders’ Pledge for Nature)」に参加し、2030年までに生物多様性の損失と生態系の劣化を食い止め、回復させることを約束した。この誓約は2020年9月の国連生物多様性サミットで発表された国際イニシアティブで、EUは当初から参加している。2021年10月までに世界の80カ国以上の首脳が参加を表明している。
また、欧州委員会は、野心的な枠組みを積極的に支持し、2030年までに陸と海の少なくとも30%を保全するという目標を掲げる、政府間の「自然と人々のための高い野心連合(High Ambition Coalition for Nature and People)」にも参加している。
※1 EUの生物多様性に関するこれまでの取り組みについては、「EUの生物多様性戦略」(EU MAG 2012年10月号 政策解説)をご覧ください。
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