2013.4.17
FEATURE
うつ病などの精神疾患は個人の生活にダメージを与えるだけでなく、社会や経済にも影響を及ぼす。病気休職や早期退職する人たちや、障害年金の受給者の多くは、こうした病を抱える人だからだ。欧州連合(EU)では2000年代半ばごろからEUとしてのメンタルヘルスへの包括的対応に着手し、段階的に取り組んできた。
メンタルヘルスに関する調査 | ||||||||||||||||||||||||||||
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EUは2005年12月から2006年1月、および2010年2月から3月にかけてEU加盟国の市民を対象に世論調査(26,800人への聞き取り調査)を行った。2010年の調査によると、スウェーデン、デンマーク、オランダ、フィンランドの市民たちは、最近気持ちが落ち込むなどの、「負の感情」を感じることが最も少なかった。反対にギリシャ人、イタリア人は他国の市民よりも負の感情を抱く機会が多かったということがわかった。
この4週間で「気分が冴えず憂うつ」だと感じたことが「全然なかった」または「ほとんどなかった」割合
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EUにおいて、市民の健康の保護・増進に関しては、加盟国が権限を有し、EUが支援・調整を行うという権限分担になっている。2005年 11月、メンタルヘルスに対する欧州での本格的な取り組みを支援するために、欧州委員会はメンタルヘルスに関する「グリーンペーパー」(政策提案書)を発表した。その目的は、EUの加盟国政府、関連機関、医療従事者、患者を含む市民団体、研究者、その他の分野でのステークホルダー(利害関係者)との間でEUの状況に即した戦略やその優先順位に関する議論を活発化することだった。
こうした議論を踏まえ、欧州委員会は2008年6月、ブリュッセルで開いたハイレベル会合で、「欧州のメンタルヘルスと福利に関する綱領」(European pact for mental health and well being、以下「メンタルヘルス綱領」)を策定した。同綱領は、EU市民が健康で安心な生活を享受し、学習・労働・社会参加を増進する上で、メンタルヘルスの確保は基本的な権利のひとつであるという前提で、取り組むべき優先分野を示したものだ。
同綱領の背景説明によると、EU域内ではメンタルヘルス患者は増加しており、人口全体の約11パーセントに相当する約5,000万人近くが問題を抱えていると推定されている。増加傾向に男女差はないものの、症状は異なっている。多くのEU加盟国の中ではうつ病が最も顕著な健康問題とされている。
自殺はEU域内で例年約58,000件に上り、自殺者の4分の3が男性だ。世界の男性自殺件数の上位15カ国の中に、EU8カ国が含まれている。
こうした状況を改善するために、同綱領は5つの優先分野を設けた。優先分野と提案されている主なアクションは以下の通りだ。
1. うつ病と自殺防止
2. 若者のメンタルヘルスと教育
3. 職場のメンタルヘルス
4. 高齢者のメンタルヘルス
5. 心の問題を抱える人々の社会的統合
心と体の相関関係 |
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心の問題は、体の健康にも影響する。心と体の相互作用に関する理解を深めるために、医療の専門家たちのグループが、2008年8月、「心と体の健康に関する憲章(Mental and Physical Health Charter)」と題する提言書をまとめた。同年6月の「メンタルヘルス綱領」の優先分野での取り組みのすべてに、心と体の相関関係に関する視点を織り込むように提言している。
提言書は、身体の健康は心の健康につながり、その逆も言える一方、心の病を抱えている人は体の病を抱えるリスクが高くなるなどの相互作用に注目している。こうした相互作用がもたらすプラスやマイナスの影響は、あまり認識されてこなかった。その結果、病を抱える人たちのへの対処は不十分なことが多かったという。 提言書によれば、うつ病や不安障害、躁うつ病、統合失調症などの患者は総体的に、体の健康を損ないがちで、寿命も短くなる傾向にある。健康な人より肥満や喫煙の率も高く、さまざまな身体上の問題を抱えている場合が多い。寿命が30年も短いケースもある。重度の精神疾患の人たちの死亡者数は、毎年、通常の1.5倍から3倍も多い。こうした超過死亡の約6割は身体上の健康問題が原因で、すべての年齢層に共通してもっとも多い死因が心疾患だ。うつ病だけでも喫煙と同程度に命を縮めるリスクが高くなる。 統合失調症患者は糖尿病を患う傾向が通常よりも3倍高く、心疾患にかかる可能性も2倍高い。同様にうつ病の人は心疾患にかかるリスクが50パーセント高く、糖尿病のリスクは60パーセント高くなる。これは前述したように、喫煙者の場合と同程度のリスクの高さだ。また肥満のリスクも2倍高まる。 |
欧州委員会は加盟国政府間の専門家グループと協働で、メンタルヘルス綱領に掲げられた対策の実施に取り組んでいる。
EU理事会、欧州議会も並行してこの問題に取り組んでいる。EU理事会は2011年6月に、メンタルヘルス綱領に関し、その対策の重要性に関する決議を採択した。
一方、欧州議会は、2012年6月に「経済危機時代のメンタルヘルス」と題したワークショップを開催した。欧州を直撃している金融危機・債務危機とメンタルヘルス問題との関連性を示す事例を検討し、問題の解決策を探ることを目的としたものだ。
欧州議会ワークショップ |
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欧州議会の環境・公衆衛生委員会が、専門家および議員たちをメンバーに開催したこのワークショップでは、経済の低迷がうつ病などの深刻なメンタルヘルス問題につながり、ひいては自殺率の上昇を招いていると指摘した。最近の研究調査結果では、失業率が1パーセント上昇した場合、自殺率が0.8パーセント上昇する。だが、緊縮財政政策の下でも、しっかりとしたソーシャルセーフティーネット(貧困層や経済的弱者が一定の貧困レベル以下に落ちることを防ぐための公的なもしくは民間の仕組み)を構築することで、こうした問題の悪化を防ぐことができると指摘した。
英国社会民主党のグレニス・ウィルモット議員は、メンタルヘルスは緊縮財政が必須なこの時期において、特に注意を要する問題だと述べた。債務危機の発端となったギリシャでは自殺率が2011年上半期には40パーセントも増加したと指摘、だからこそ、2014年~2020年のEUの多年次計画「健康促進プログラム(Health Programme)」の枠組みで、メンタルヘルスを重点のひとつにするべきだと強調した。 また、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの研究者からは、社会福祉事業への投資を増やし、特に多大な債務に苦しむ金融機関の救済措置を打ち出すべきだという指摘があった。スペインの精神医学の専門家は、欧州各国がしっかりとした社会福祉ネットワークを構築することで、自殺率の増加を抑制できると指摘した。 世界保健機関のEU担当、ロベルト・ベルトリーニ氏は、雇用促進および債務救済プログラム、ヘルスケアサービスの向上、そして家族の支援ネットワークを強化することで、債務危機のメンタルヘルスへの悪影響を軽減できると提言した。 |
メンタルヘルス綱領の下での取り組み、そしてEU理事会の関連決議を受けて、欧州委員会は、新たにジョイントアクションのための資金助成計画をスタートさせた。2013年2月1日から16年1月までの期間に行われるジョイントアクションを対象とした本計画は、複数の加盟国や各国機関などがEUと共同で取り組む事業に資金を拠出するもので、提案募集の形をとる。ポルトガルのヌエバ・デ・リスボン大学が調整役となり、資金は「EU健康促進プログラム」から支出される。
ジョイントアクションで取り組む課題として、以下の4点が挙げられている。
ジョイントアクションを通じて、EU各国や国際機関その他のステークホルダーすべてが関与してメンタルヘルス問題に取り組む体制が構築されるだろう。
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