2024.12.10
Q & A
欧州連合(EU)と日本は2024年11月1日、第1回日・EU外相戦略対話を実施し、この中で「日・EU安全保障・防衛パートナーシップ(Security and Defence Partnership between the European Union and Japan)」を発表した。インド太平洋地域で初となる同パートナーシップについて、慶應義塾大学の鶴岡 路人准教授に解説してもらった。
「日・EU安全保障・防衛パートナーシップ」は、「戦略的パートナーシップ協定(SPA)」などに基づく、EUと日本の間の安全保障・防衛面での協力をさらに強化するための新たな枠組みです。
具体的な協力分野として示されたのは、①作戦・演習を含む海洋安全保障、②宇宙安全保障と防衛、③サイバー、④「外国による情報操作および干渉(Foreign Information Manipulation and Interference: FIMI)」を含むハイブリッド脅威、⑤不拡散、軍縮、小型武器を含む通常兵器、⑥防衛産業関連事項に関する情報交換を含む、日本とEUの防衛イニシアティブ、⑦平和、紛争予防および危機管理、⑧テロ対策、暴力的過激主義への対処、⑨女性・平和・安全保障、です。
海洋安全保障や不拡散、軍縮など、以前から協力分野とされてきたものも含まれていますが、宇宙はこれからさらに重要になってくると思われます。
また、いわゆる「ディスインフォメーション(偽情報の意図的な流布)」を含むFIMIは、今回の目玉の一つです。日本やEU諸国でこの問題への懸念が高まっています。名指しはされていませんが、主に、ロシアや中国による情報戦や認知戦が念頭にあることは明確です。偽情報への対策は、主要7カ国(G7)や日本と北大西洋条約機構(NATO)の間でも重要なテーマになっています。偽情報が特定の政策に関する世論形成に影響を及ぼすことに加え、選挙結果を左右しかねないことが深刻視されています。民主主義社会の脆弱性を悪用されないようにするために、価値を共有する同志諸国間での協力が求められるのです。
そうした協力を日・EU間で進めるため、毎年開催される日・EU定期首脳協議に加えて、同じく毎年開催される日・EU外相戦略対話を活用するほか、局長級の安全保障・防衛対話を正式に実施することが示されました。
情報保護協定の締結に向けた可能性も追求することになりました。これは、防衛装備品を含む防衛産業に関する協力を進める際に必要になります。日・EUともに、武器・弾薬の製造能力向上を含む防衛産業の強化が求められています。そのため、この分野での協力も重要性が高まっているのです。
日・EU関係は、伝統的に貿易・投資といった経済関係が大きな部分を占めてきましたが、1990年代以降は、外交・安全保障分野での協力も目指されるようになりました。EUは、1993年に発効したマーストリヒト条約(欧州連合条約)で共通外交安全保障政策(CFSP)を導入し、そして、日本も1990年代に入って、国連の平和維持活動に自衛隊を派遣するようになるなど、外交・安全保障における役割を拡大したことが、これらの分野での日・EU協力の基盤になりました。しかし、当初は対話止まりで、実質的な協力が前面に出るようになったのは2000年代以降です。
2018年7月に署名された経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定(SPA)という、いわば双子の協定が、今日の日・EU関係の柱になっています。今回合意された安全保障・防衛パートナーシップは、SPAに置き換わるものではなく、SPAの下で安全保障・防衛分野の協力をさらに強化するための枠組みという位置付けになります。
防衛分野に関しては、個別のEU加盟国と日本との関係も重要です。特に、共同訓練などを想定する場合、当事者となるのは各国の軍隊です。EU加盟国の中では、フランスやドイツに加え、イタリア、オランダ、スペインなどの海軍艦艇や戦闘機による日本訪問が増えています。共同訓練による相互の能力向上に加えて、航行の自由や平和的手段による紛争解決などの原則を、地域に対して発信する戦略的メッセージという側面もあります。
北朝鮮に対する国連安全保障理事会の制裁の履行監視も重要な柱です。特に、洋上での船舶間での違法な物資の移動、いわゆる「瀬取り」の監視には、フランスやドイツの艦艇や哨戒機がしばしば参加しています。こうしたEU加盟国の活動に関して、複数のEU加盟国が協力し合うことや、 EU自体を関与させることも、今後は考えられるかもしれません。この観点でも、東京のEU代表部に、いわゆる国防武官として軍事顧問のポストが創設されるとすれば非常に有益だと思います。自衛隊との連携もよりスムーズにできるようになるはずです。やはり軍人同士の関係は重要で、防衛外交の大きな柱です。
全体の構図として注目すべきは、欧州の安全保障と日本を含むインド太平洋地域の安全保障の間の連結性の増大です。インド太平洋の出来事が欧州に影響を及ぼし、欧州の出来事がインド太平洋に影響を及ぼすということです。そして、この度合いが強まっています。そのため、好むと好まざるとにかかわらず、双方とも、自らの利益のために、互いの地域に関心を持ったり、関与したりせざるを得なくなったのです。このトレンドは、強まることはあっても、弱まることはなさそうです。安全保障における相互依存と言うこともできます。
2022年2月に始まったロシアによるウクライナ全面侵攻により、欧州はウクライナへの支援やロシアに対する抑止・防衛態勢の強化など、自らの大陸の安全保障で負担が増加し、多忙を極めています。しかし、そうした中にあっても、やはりインド太平洋を無視できなくなっているのです。
この戦争に関連した中国とロシアの連携強化は、欧州にとっても懸念せざるを得ません。中国は殺傷兵器をロシアに直接供与するにはいたっていませんが、ロシア国内での武器・弾薬の製造に必要な電子部品などの重要な供給国になっています。ロシアの継戦能力を中国が支えている構図です。
最近では、北朝鮮の役割が拡大しています。ロシアへの武器・弾薬の提供や、北朝鮮兵士のロシアへの展開などは、欧州の安全保障にとって直接の脅威になります。岸田文雄前首相は、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」と繰り返しましたが、その時よりも状況はさらに深刻化しています。北朝鮮軍の展開など、当初はまったく想定されていませんでした。北朝鮮からの支援の見返りに、ロシアが北朝鮮に軍事技術を供与することへの懸念もあります。これが実現してしまえば、北朝鮮の核兵器や弾道ミサイル、潜水艦などの能力が向上し、日本や韓国、さらには米国などに対する脅威が増大することが恐れられているのです。日本と欧州で一致して取り組まなければならない課題です。
そうした中で、日本とEUとの間の政策調整の必要性が増しました。日・EU間での協議も強化されていますが、もう一つの枠組みはG7です。米国とカナダを除けば、G7は、正式メンバーであるEUを含めて、欧州と日本です。さらに言えば、日本以外はすべてNATO加盟国でもあります(EUはNATO「加盟国」ではありませんが、EU加盟国の多くはNATO加盟国です)。ウクライナへの支援とロシアへの制裁の両面において、G7は重要な役割を果たしています。
G7首脳会合や外相会合は、オンラインでの開催も含めれば、頻度が増しています。従来は首脳会合も外相会合も年1回だったのですが、最近は、必要に応じて機動的に開催されるようになっています。G7は、事務レベルでも無数の会合が行われています。日本とEUの接点は確実に増加しました。
2010年代半ばから、中国に関する日本とEUとの間の対話や協力も増えてきましたが、それ以前は、中国は日欧間の対立や齟齬の要因でした。日・EU関係にとって中国は協力の「阻害要因」だったと言ってよいでしょう。2005年前後に、EUで対中武器禁輸措置解除の議論があり、日本はこれに強く反発した経緯があります。中国に関する認識が日・EU間で大きく異なっていたのです。しかしその後、EUで対中認識が厳しくなり、中国は、日・EU協力にとっての「促進要因」に変化したといえます。
日本とEUは、力による現状変更への反対、南シナ海・東シナ海における強硬姿勢への懸念、台湾海峡の平和と安定の重要性などを、首脳協議の場などで表明してきました。中国が名指しされることもあれば、されないこともありますが、対中認識における日本とEUのギャップは全体として縮小傾向にあります。最近では、技術の保護や輸出管理、サプライチェーンの安全性確保など、経済安全保障分野での日・EU協力にも期待が高まっています。
2025年1月には、米国でのトランプ次期政権発足が控えています。ルールに基づく国際秩序よりディールやパワーに基づく国際秩序を標榜しているかのようにみえるトランプ政権の外交・安全保障政策には、日本やEUで不安が高まっています。ウクライナ支援の行方も不透明ですし、台湾に関するトランプ次期政権の立場も予測が困難です。
2017年1月に第1次トランプ政権が誕生した際、日本とEUの間のEPA交渉は停滞気味だったのですが、トランプ政権の保護主義的な動きに対し、自由貿易の原則を守らなければならないとの意識が日本とEUの間で高まり、交渉妥結に向けて一気に動きました。米国の「内向き」傾向が指摘される中、今後、ルールに基づく国際秩序を維持するにあたって、日本とEU、あるいは、英国などEU非加盟国を含めた欧州諸国の役割は増大するはずです。米国の同盟国、同志国として、日本と欧州がともに、米国の国際関与を支えていくことが求められます。
とはいえ、日本にとっても欧州にとっても、米国との安全保障関係が最も重要な柱であり続けることには変わりありません。日本にとっての欧州や欧州にとっての日本は、米国との安全保障関係の代替にはなりえないのです。しかし、だからといって意味がない、ということにはなりません。米国の将来が不透明であればあるほど、日欧のような、それを補完するためのさまざまな戦略的パートナーシップが重要になるのです。
日本とEUの間で安全保障・防衛協力を進めること自体は、今回のパートナーシップに合意する前からの既定路線でした。そのため、これまでと目指す方向が大きく変わるわけではありません。ただし、新たな枠組みを設けたからには、具体的成果を出していくことが重要になります。枠組みの設置のみでは意味がないからです。
具体的には、ディスインフォメーション対策を含むFIMIや、防衛産業に関する協力が注目されます。防衛装備品協力に関しては、日本、英国、イタリアの3カ国による次期戦闘機共同開発協力(Global Combat Air Programme: GCAP)が進行中です。この3カ国のうち、イタリアはEU加盟国ですし、英国とイタリアはNATO加盟国です。日欧間の防衛分野での協力の試金石になります。
また、日本とEU(およびEU加盟国)の間の安全保障・防衛協力はすでにさまざまに進んでいるのですが、実態がなかなか伝わっていないという問題が依然として存在しています。実態が知られていないと注目もされず、期待も低いままということになりかねません。そうした状況を脱するためには、日本側もEU側も、日・EUの安全保障・防衛協力の現状と、それが目指すものについて、今まで以上にしっかりと発信していくことが重要だと考えています。
慶應義塾大学総合政策学部准教授。専門は国際安全保障、欧州政治、EU、NATOなど。1975年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、米ジョージタウン大学を経て英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員、防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任し、2017年4月から現職。著書に『模索するNATO』(千倉書房、2024年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)、『EU離脱』(ちくま新書、2020年)など。
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