2015.6.29
FEATURE
欧州連合(EU)は、域内のデジタル市場を一つに統合し、公正な競争ルールの下、消費者と事業者が、人、物、資本、サービスの自由移動の恩恵を等しく受けられるようにすることを目指し、デジタル単一市場(DSM)の構築に乗り出した。加盟国間で異なる法律、制度、通信環境などを整備し統一ルールを作り、デジタル経済を大きく成長させていこうというこの動きは、EUに多くの投資を行ったり、技術を輸出したりしている日本企業の活動にも影響が出てくるだろう。本稿では、EUのデジタル市場の現状と課題(PART 1)とDSM構築のための主要政策と日本を含む世界への影響(PART 2)を概説する。
欧州委員会は5月6日、2016年末を実施期限とする一連の施策を盛り込んだデジタル単一市場(Digital Single Market=DSM)戦略を発表した。同戦略は、電子商取引(eコマース)簡便化に関する統一ルールなどによって、消費者と企業が欧州全域でデジタル関連商品やオンラインサービスに安心してかつ効率的にアクセスできるようにするとともに、個人情報保護やサイバーセキュリティならびにオンラインプラットフォームなどに関し、適切なネットワーク環境の整備を図る。また、DSM内主要分野の標準化と相互運用性さらには電子政府に関する新たな取り組みを進め、デジタル経済の可能性を最大限に引き出していく。
EU域内にDSMを構築することは、2014年11月に就任した、ジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長が掲げた、今後5年間で欧州委員会が取り組む成長のための10の優先課題の一つである。ユンカー委員長は、デジタル技術がもたらす商機を有効に活用するため、電気通信規則、著作権法、個人情報保護法および通信周波数の運用など、各EU加盟国間で異なる規制を取り除くことを打ち出していた。5月6日に欧州委員会が発表したDSM構築に向けた具体的な計画には、ネットショッピングやコンテンツ配信サービスに関するルールの統一や、通信インフラの整備を含む、デジタル市場の統合に必要な多岐にわたるさらに詳細な政策が盛り込まれている。
インターネットの急速な普及に伴い、EUではインターネットを毎日利用する人の数が全人口5億のうち3億人を超えている。オンラインサービスの積極的な活用が、経済的な発展だけでなく公共性の高い分野を含む幅広い分野に恩恵をもたらすことは疑う余地がないだろう。DSMの構築はEUがこれまで進めてきた単一市場政策をさらに発展させるとともに、未来のデジタル社会の基礎となるオンラインネットワークを築くための重要戦略なのだ。欧州委員会では28の加盟国を統合したDSMが実現すれば、年間4,150億ユーロ(約56兆円)の経済効果が生まれ、380万人の雇用創出をもたらすと試算している。
しかし、実際にDSM構築となると、実世界のマーケットにはない、デジタル特有の障壁も残されている。技術面、法律面、通信環境面など多角的な視点からそれらを取り除いていくことがDSM構築のカギとなり、未来の繁栄へとつながる。
EUでは2010年に、向こう10年間のEUの成長戦略「欧州2020」の一環として、情報通信技術(ICT)戦略「欧州デジタルアジェンダ」を公表、デジタル経済の成長を阻害する要因を取り除く取り組みを進めてきた。これらは電気通信分野の指令や規制の改定案などで構成され、DSM構築のための主要分野を担う政策として実施された。しかし、28加盟国にまたがる域内のオンラインネットワークは、通信環境面でも制度面でも今なお断片化しており、さまざまな障害を取り除く必要がある。
例えば、「欧州消費者センターネットワーク(European Consumer Centres Network)」に寄せられる苦情の74%が、国境を越えたオンラインショッピングの価格やサービスに関するものだ。また、自国以外のオンラインショッピングを信頼して利用できると考えているEU市民は38%にすぎない。さらに、加盟国間をまたぐサービスを妨げている要因として、割高な配送コストや、ユーザーとサービス提供者の間の地理的要因によってオンラインサービスへのアクセスが拒否されてしまう、いわゆる「ジオブロッキング(Geo-blocking)」の問題が指摘されている。ジオブロッキングは、消費者とオンラインストアの位置情報が国をまたぐ場合に発生し、加盟国間でサービスを利用しようとしたユーザーの52%が経験している。共通税制ではあるものの、付加価値税(VAT)の税率や税制が加盟国ごとで異なり、その煩雑な税務が中小企業のEU域内に広がる展開を阻害していることも、問題点として挙げられる。
EU域内のデジタル市場環境に関する欧州委員会の調査結果からは、DSM構築に向けた他の課題も浮き彫りとなっている。域内デジタル市場では実に54%を米国企業のオンラインサービスが占めており、42%がEU加盟国の国内サービス、そしてわずか4%がEU加盟国間をまたぐサービスによって構成されている(下のグラフ参照)。2014年にEU加盟国間をまたぐオンラインショップを利用した消費者は全体の15%というのが現状だ。
デジタル市場を支える通信環境の面では、EU市民全体の59%が第4世代の高速移動通信サービス(4G)を利用できる環境にある一方、農山村地域(ルーラルエリア)ではその数値は15%程度と大きな地域間格差が依然残っている(下のグラフ参照)。 本年2月に公表された各加盟国のデジタル習熟度をスコア化したデータからは、加盟国間にデジタル化への対応にバラつきがあることがわかる。通信周波数の効率的な割り当てやオンライン上のプライバシーの問題についても、EU域内の統一された法整備が望まれており、解決しなければならない課題の一つになっている。
(2011年~2013年)
このように多岐にわたる政策分野と施策に対し、欧州委員会ではユンカー委員長、デジタル単一市場担当のアンドルス・アンシプ副委員長、デジタル経済・社会戦略担当のギュンター・エッティンガー委員、通商担当のセシリア・マルムストロム委員を含む総勢14名の委員がプロジェクトチームを結成。速やかな施策の遂行に向けて一丸となって取り組んでいる。5月には電子商取引における独占禁止法に関する調査を開始、6月下旬に開催された欧州理事会(EUサミット)でもDSMを議題として取り上げるなど、プロジェクトは本格的に動きだしている。
エッティンガー委員は会見で「われわれの経済や社会は今後さらにデジタル化していく。未来の繁栄はこの変化への対応の仕方次第だ。欧州には繁栄を築くだけの実力は十分にあるが、課題も残されている」とした上で、「特に産業界がデジタル化に順応し、そこからもたらされるサービスや商品のポテンシャルを市民が最大限に活用することが大切。消費者と産業界の双方にとってメリットのある提案をしていかなければならない」とDSM構築の意義を強調した。
また、アンシプ副委員長は「これらの政策は、消費者と企業がネット上の制約を受けることなく、EU域内の巨大なデジタル市場から十分な利益を得られるようにするためのもの。(戦略で打ち出された)16の主要施策は互いに連動し、強化し合う内容になっている。雇用創出と経済成長に効果的に結びつけるには、速やかに実施しなければならない。今回の政策は出発点であり、ゴールではない」と述べ、DSM構築がEUの今後の経済発展を担う重要戦略である点を強調した。
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