2016.2.29
Q & A
EUでは、加盟28カ国中22カ国と非EUの4カ国(アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイス)が協定を結び、「シェンゲン圏」という、出入国管理を原則不要とする領域を形成しています。圏内では人が自由に往来できるため、対外国境での入国管理が非常に重要です。そのため、EUは2004年に欧州対外国境管理協力機関(FRONTEX)を設立して不法移民の取り締まりや国境の監視などで加盟各国の国境管理当局間の協力を強化しました。
しかし2011年の「アラブの春」 以降、中東・北アフリカからEUを目指す難民の数が急増し、近年では大量のシリア難民が殺到したことにより、対外国境に接する一部の加盟国における国境管理が機能不全に陥りました。その他、密航斡旋犯罪の頻発や地中海上での悲惨な死亡事故も多発。さらに、国境での混乱を利用してEU内に入るイスラム過激派テロリストへの懸念が高まるなど、現在のFRONTEXの陣容ではこういった新たな事態に即応し、シェンゲン圏内の安全を確保することが難しいことが明らかになりました。そこで、EUは、対外国境管理を強化するとともに緊急時にも迅速に対処できるように、FRONTEXの権限を根本的に強化し活動範囲を広げると同時に、名称をその新たな役割に見合った「欧州国境沿岸警備機関」(以下、警備機関)へと変更することとしました。そして、このEUレベルの機関と加盟各国の国境管理・警備当局とで構成される「欧州国境沿岸警備隊」(以下、警備隊)を創設することとしたのです。警備機関と加盟国の国境管理・警備当局は、EUの対外国境を統一された手法で効果的に守るという責任を共有します。
2015年第3四半期 ルート別
具体的には、EUの執行機関である欧州委員会が2015年5月と9月の2回に分けて発表した「欧州移民・難民アジェンダ」※1で対外国境の警備強化を緊急施策の一つに挙げ、その中核となる措置として警備隊の創設を提案。同年12月には警備隊創設に関わる法案を、国境管理強化のためのその他の法案数本とともに提出、本年6月末までに基本的合意を取り付けたい意向です。警備隊の創設を含む対外国境の管理強化は、欧州が抱える移民・難民に関する諸問題の解決を図ると同時に、現在シェンゲン圏の一部の国で特例措置として復活させている入国審査を解除して、「域内国境なきEU」を回復するための重要な施策です。
EUの対外国境は何カ国にもわたっており、国境地帯の管理と警備は基本的にそれぞれの国が主権を持ちます。FRONTEX はこれを支援する形で、必要に応じて加盟国と合同の活動を計画・実行してきました。しかし、FRONTEX は独自の人員や物資を持たない上、加盟国の要請なしに国境管理活動が行えず、捜索・救助活動は権限の中に入っていないなど、緊急時に迅速で効果的な活動ができないという欠陥がありました。
提案によると、新たに設立される警備隊は、警備機関が保有する独自のリソースと、加盟国の国境管理・警備当局が供用するリソースで構成されます。警備機関はEU予算で独自の装備を購入し、これを配備する権限が与えられます。加盟国の国境管理・警備当局は、警備隊用に人員や装備を供用リソースとしてプールしておく必要があります。
警備機関は、対外国境を常に監視下に置いて定期的にリスク分析を行い、危険が予想される地域を事前に特定し、現地の治安維持に努めます。連絡官が現地に出向して任務にあたることもあります。警備機関は当該加盟国の警備当局と協調し、両者の共同責任において任務を実行しますが、当該国が対応できない緊急時には最終手段として欧州委員会が加盟国の要請を待たずに警察機関の緊急介入を決定することができます。こうしたメカニズムがあることも、FRONTEX との大きな違いです。
FRONTEX の職員数は現在402人ですが、提案では、警備機関は徐々に規模を拡大し、2020年時点で常時約1,000人の陣容を目指します。また、緊急事態に即応できるよう、加盟国の国境警備兵総計の数パーセントからなる、最低1,500人規模の常設部隊を有します。緊急介入時にこの常設部隊を補完するため、加盟国は、数日以内に必要に応じて追加で人員などを出せる態勢を整えていなければなりません。これにより、国境地帯で人員や装備が不足する事態の解消を目指します。警備機関に拠出されるEU予算は2016年に2億3,800万ユーロ(FRONTEXの2015年予算の約2倍)、2017年に2億8,100万ユーロ、2020年には3億2,200万ユーロを予定しています。
EUでは警備隊創設で国境管理を強化すると同時に、シェンゲン協定の一部を改正し、入国審査も厳格化する方針です。委員会の提案では、入国審査システムをシェンゲン情報システム、国際刑事警察機構(インターポール)の盗難・紛失旅券データベースおよび各国の関連データベースに連結し、国境地帯と各当局が迅速かつ体系的に情報交換できる態勢を整えます。欧州委員会はまた、対外国境でのEU市民の出入国審査を第三国市民と同様に義務付けることも提案しています。これにより、紛争地域で戦闘訓練などの活動を行い帰国するEU市民を水際で食い止めることもできるようになります。
警備機関は、EUでの庇護が認めらなかった人物の本国送還についての権限も持ち、この分野でも大きな役割を果たします。警備機関内に「欧州送還事務所」を設け、加盟国からの要請に応じて、また場合によっては独自の判断で「欧州送還介入チーム(European Return Intervention Teams)」を投入、EU内に不法滞在している第三国市民の本国送還を推進します。この目的のため、EU共通の「送還のための欧州旅券(European Travel Document for Return)」を発給し、当該人物が旅券を持たないために国外退去させられなかったケースに効果的に対応することが検討されています。この旅券は通過国を含む第三国において広く認知される見込みです。なお、送還に関わる警備機関の活動は、EU基本権憲章※2および欧州人権条約の人権保護条項を忠実に遵守して行われます。
警備隊についての委員会提案は、EUの機能に関する条約※3とEU基本権憲章※4に基づくものです。特に、EUの機能に関する条約では、対外国境を越境する人物の審査と効率的な監視を実行するための政策を展開し、対外国境管理システムを段階的に統合することを定めています。警備隊が実際に任務を行う場合には、これに加えて国際法および当該国の国内法に準拠して活動内容を決定します。
今後の審議は、こうした法的根拠の下に進められますが、欧州理事会(EU首脳会議)は2015年12月に対外国境管理の強化に肯定的な姿勢を明らかにしており、EU理事会に対し法案を速やかに審議し、2016年6月末までに立場を決定するよう求めました。また欧州議会も委員会の提案に多数の議員が歓迎の意を表明、2月5日の審議でも「対外国境の効果的な防護はシェンゲン圏の安全保障に不可欠である」との点であらためて意見が一致しています。EU理事会と欧州議会というEUの2つの立法機関の承認が得られた時点で、警備隊は活動をスタートさせることができます。
2016年10月7日 更新
「欧州国境沿岸警備機関発足」(2016年10月6日 EUニュース)
「EU内の自由移動と査証について教えてください」(2014年6月 質問コーナー)
「欧州難民危機~急増するシリア難民への対応~」(2015年10月 ニュースの背景)
「移民・難民政策の強化に乗り出したEU 」(2013年11月 ニュースの背景)
※1^ 2015年5月と9月に欧州委員会が提示した難民問題への緊急措置と政策指針。指針は、①不法移民や強制難民が起きる根本原因への対処、②人命救助と対外国境の警備に焦点を当てた国境管理、③庇護を必要とする人々を守るための確固とした共通庇護政策、④合法的な移民・難民のための新政策――などを柱としている。
※2^ EU基本権憲章(Charter of Fundamental Rights of the European Union)はEU市民およびEU域内の住民の市民的・政治的・経済的・社会的権利について定めた憲章。基本条約と同様、加盟国に対し法的拘束力を持つ。
※3^ EUの機能に関する条約(The Treaty on the Functioning of the European Union、EUの2つの基本条約の一つ)の77条および79条
※4^ 同憲章の18条および19条
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