欧州難民危機~急増するシリア難民への対応~

2015/10/20

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欧州に流入する難民の数が急増している。アラブ・アフリカ諸国での紛争や迫害を逃れ、平和で安定した場所を求めて国外に脱出した人々だ。欧州連合(EU)では人権擁護の基本理念の下、移民・難民問題への対応を迅速化するため、加盟国間だけでなく対外的にも各国との協力関係を強化している。

難民危機に際して「今こそEUにもっと結束を」―ユンカー委員長

「これは通常の事態ではない。EUが直面するこの問題について本音で話し合う時だ」、「われわれ欧州人は、欧州大陸に住むほぼ全ての人がかつて難民であったことを忘れるべきではない」、「埠頭に着こうとする船を押し戻し、難民収容施設に火を放ち、貧しく無力な人々を見て見ぬふりをするのは、欧州らしからぬことだ。欧州は、空腹で疲れ切った人々にパンを配る(ギリシャの)コス島のパン屋であり、(ドイツの)ミュンヘンやパッサウの駅に到着した難民に衣料を配る学生たちだ」

ジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長は、9月9日に欧州議会本会議で行った一般教書演説(State of the Union Address)で、「今こそEUにもっと結束を」と訴え、欧州委員会が提示したEU加盟国と周辺国での移民・難民危機に対応するための包括的な施策の承認を求めた。これは、流入の最前線に立つイタリア、ギリシャ、ハンガリーに押し寄せた難民のうち12万人を他の加盟国へ移管させる案を含むものだ。ユンカー委員長は、EUの全加盟国・全市民に対し、協議や手続きにこだわるより、結束を重視した迅速な対応を要請した。

ユンカー委員長は「今のEUは良い状況にはない。この連合には『欧州』も『結合』も不足している」と、加盟国の結束を訴えた(2015年9月9日、欧州議会)  © European Union, 2015

移民・難民政策への取り組みは、EUの基本条約の一つである「EUの機能に関する条約」の第78条に、加盟国は庇護や補完的保護などについて共通の政策を展開すると規定されている。委員長はこれを基盤に、移民・難民問題を自身の委員会の10の優先課題の一つに取り入れるとともに、初めて移民・難民問題を、各委員が担当する職務の一つに加え、ディミトリス・アヴラモプロス委員をその担当に任命した(同委員は、内務と市民権も担当)。

 

 

 

「アラブの春」以降、EUへの庇護申請者が急増

EUにとって移民・難民問題がここまで火急の問題になった背景には、2010年~2012年、アラブ世界で広がった民主化を求める反政府運動「アラブの春」以降、弾圧や迫害を逃れて自国を脱出する人の数が急増している事実がある。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、その数は全世界で約6,000万人(2014年)。近年は、シリアやアフガニスタンなどからの難民が増え続け、特に今年に入ってからはシリア内戦の長期化に伴い、すでに同国の人口2,200万人のうち400万人以上が難民として国外に逃れ、国内避難民を加えると人口の過半数が難民化しているという状況だ。

難民たちは、EU北部に位置する加盟国のドイツ、スウェーデンなどを目指す人が多い。2014年だけでもEU内で約63万人が庇護申請を提出、前年比45%増となった。当初は地中海ルートでイタリアやギリシャに達してEU域内に入る者が多かったが、密航業者・人身売買業者による劣悪な手口による遭難者や被害者が増えたため、2015年春からEUが「欧州移民・難民アジェンダ」※1の緊急措置に即して地中海の海上警備を強化。すると、今度はトルコを横断してバルカン半島を北上する難民が激増。その結果、バルカン半島でシェンゲン圏南端にあるハンガリーなどに難民が押し寄せることになった。

欧州に渡るシリア難民の主要ルート

注:青い太線は、ギリシャ以北のシェンゲン圏境界を示す © KS Graphics Michiko Kurita, 2015 

16万人を到着国から他の加盟国に移住させる

特に今年に入ってからは、5月と9月の2回にわたり「欧州移民・難民アジェンダ」の緊急施策実施のための法案を採択。まず、地中海上での警護能力を3倍に引き上げることで、海上を漂流していた12万人以上の難民を救助。また、2014年から2020年の多年次予算として移民と国境管理の目的に計上されていた70億ユーロのほか、追加で7,000万ユーロ超を支援金として加盟国に割り当てた。さらに、シリア周辺国に滞在する同国難民とその庇護国に対し、人道上、開発上、経済上の安定化を支援する目的で40億ユーロを、またアフリカ大陸での移民・難民が生じる根本的要因に対処する目的で18億ユーロを拠出するなど、EU加盟国間だけでなく対外的にも多額の予算を充当している。

この中で加盟国にとって重要なのは、大量難民の玄関口となったギリシャ、イタリア、ハンガリーに滞在する難民、計16万人を他の加盟国が引き受けることを決定した点だ。これは、「EUの機能に関する条約」第78条3項※2を根拠としながら、一方では1997年の発効から難民受け入れの指針となっていた「ダブリン規則」に例外を認めたものである。現行のダブリン規則では、当該人物が最初に到着したEU加盟国に難民申請登録義務があるとしているため、大量難民の玄関口となった国々は対応不可能に陥った。なお、EUは、2016年内にダブリン規則の現実に則した形での見直しを検討している。

上記16万人のうち、4万人については9月14日の司法・内務理事会で割り当てに合意。中・東欧諸国の反対などで紛糾した残り12万人分についても、9月22日の同理事会の臨時会合において多数決で決定した。12万人の内訳は、イタリアから1万5,600 人、ギリシャから5万400 人、ハンガリーから5万4,000人とされたが、ハンガリーはこの提案を退けたため、当面はイタリアとギリシャからの移送を行う。受け入れ数は、各国の人口、国内総生産(GDP)、過去の平均庇護申請数、失業率などに則して妥当な人数を算出して割り当てた。イタリアとギリシャから移送予定の合計6万6,000人について、最多受け入れ国はドイツの約1万7,000人、次いでフランスの約1万3,000人となっている。今後については、EU域外から自主的参加を申し出ているスイスとノルウェーも含めて調整する。

イタリアとギリシャから移送される6万6,000人の国別受け入れ数

イタリアから ギリシャから 合計
オーストリア 462 1,491 1,953
ベルギー 579 1,869 2,448
ブルガリア 201 651 852
クロアチア 134 434 568
キプロス 35 112 147
チェコ 376 1215 1,591
エストニア 47 152 199
フィンランド 304 982 1,286
フランス 3,064 9,898 12,962
ドイツ 4,027 13,009 17,036
ハンガリー 306 988 1,294
ラトビア 66 215 281
リトアニア 98 318 416
ルクセンブルク 56 181 237
マルタ 17 54 71
オランダ 922 2,978 3,900
ポーランド 1,201 3,881 5,082
ポルトガル 388 1,254 1,642
ルーマニア 585 1,890 2,475
スロヴァキア 190 612 802
スロヴェニア 80 257 337
スペイン 1,896 6,127 8,113
スウェーデン 567 1830 2397
合計 15,600 50,400 66,000

注1:国名の英語表記によるアルファベット順。
注2:「EUの機能に関する条約」の関連規定の適用除外を受けている、英国、アイルランド、デンマークは本割り当て計画には入っていない。ただし、英国とアイルランドは希望すれば参加も可能であり、アイルランドは参加を表明。デンマークは希望しても参加できないが、上記条約とは別に、12万人の移送に関する加盟国間の合意事項に沿い、1,000人の難民受け入れ準備があることを表明した。

EU域内外に向けた取り組みを積極的に推進

EUでは今後も内外への働きかけに注力していく。今後、まずはイタリア、ギリシャにいる難民を他加盟国へ迅速に移送するため、欧州庇護支援事務所(European Asylum Support Office=EASO)などの専門職員などからなる難民管理センター「ホットスポット」を整備し、難民の身元確認、審査、指紋登録を集中的に行う。また、欧州対外国境管理協力機関(FRONTEX)やEU海軍部隊(EU NAVFOR)も活用し、EUの市民保護メカニズムを発動したり、緊急国境介入チーム(Rapid Border Intervention Teams)を投入したりすることで、現地での支援を迅速化。さらに、現在一部の加盟国で緊急的に行われているEU域内の国境審査を解除し、シェンゲン圏の正常化も目指す。

これと同時に、EUに流入する難民数の減少を目指して、対外的な協力関係を強化。一例として、10月8日に西バルカン・ルート経由で流入する難民についての会議をルクセンブルクで開催。さらに11 月11日、12日にマルタの首都ヴァレッタでアフリカ諸国を交えた難民サミットを関係国と開催する計画だ。これらを予算面で支えるため、2015年と2016年の両年で17億ユーロの資金拠出が加盟国首脳間で合意されており、欧州委員会では実施のための法整備に関し欧州議会とEU理事会の早期一括採決を期待している。

10月15日に開催された欧州理事会(EU首脳会議)では、人の流入を抑制するためのトルコとの共同行動計画合意、FRONTEXの権限強化、難民受け入れと送還の迅速な実施、などの今後取るべき施策の政治的方向性を打ち出した。

ドイツの難民受け入れ事情 ~「歓迎する文化」を実践しつつ、実現可能な軌道修正~

9月最終週、ドイツにはバイエルン州を中心に、1日最高1万人近い移民・難民が到着した。9月の累計は16万4,000人で、これは昨年1年間の実績に匹敵する。連邦政府では、今年末までに少なくとも累計100万人の庇護希望者がドイツに入国する、との予測を立てている。ドイツは従来から積極的に移民を受け入れる政策をとってきた。今年に入って難民数が急増した後も、アンゲラ・メルケル首相は「私たちは(難民問題に)十分対応できる」と明言し、ミュンヘン市民はオーストリア経由で駅に到着した難民たちを拍手で出迎え、支援物資を手渡してきた。政府が標榜する「歓迎する文化」(“Willkommenkultur“)の表明である。

西バルカン・ルートでドイツを目指す難民の玄関口ミュンヘン駅では、ボランティア市民が迎え入れ、警察が静かに誘導する © European Union, 2015

難民たちは到着地で登録を済ませた後、ドイツ各地の自治体に送られていく。難民をサポートするのはそれぞれの州であり、自治体の仕事だ。宿舎や生活物資を割り振り、庇護申請、医療、教育などについて助言し、地元住民にも受け入れについての情報を提供する。連邦政府は州に対し、今年の難民関係予算を昨年の2倍にあたる20億ユーロに増額した。

少子高齢化が進むドイツでは、移民受け入れは、労働力確保につながると考えられている。難民の半数以上が25 歳以下の若年層であるためだ。半面、 彼らをいかにドイツ社会に融合させるかが大きな課題であることは明らかだ。庇護申請者にはドイツ語の習得を義務付けると同時に、民主主義の価値体系を尊重することを求めている。

このように、ドイツにとって移民を歓迎し、ドイツ社会に融合させていく原則は不変のものだが、ここにきて国内のムードは微妙に変化しつつある。ヨアヒム・ガウク大統領は最近のスピーチの中で、「われわれの度量の広さは無限大だ。しかし、(難民受け入れの)現実的な限界はある」と、初めて移民・難民受け入れに対する実際面での懸念を表明した。政府も難民の激増を前に、やむをえず国境での入国審査を導入するなど、現実的措置も必要となっている。9月末には、経済移民を見極めるために、政治的迫害や非人道的行為の危険がない「安全な出身国のリスト」※3見直しを含め、庇護申請受理基準の厳格化、考査手続きの迅速化など、関連法規の改定を閣議決定済みだ。 政府関係者は、ドイツにとって難民問題への対処がドイツ統一以来の国家的大事業になるとの認識を共有している。

※1^ European Agenda on Migration ―2015年5月に欧州委員会が提示した難民問題への緊急措置と政策指針。指針は、①不法移民や強制難民が起きる根本原因への対処、②人命救助と対外国境の警備に焦点を当てた国境管理、③庇護を必要とする人々を守るための確固とした共通庇護政策、④合法的な移民・難民のための新政策――の4点を柱としている。

※2^ 1カ国以上の加盟国が第三国国民の突然の流入による緊急事態に直面している場合は、緊急措置を採択することができる。

※3^ ドイツをはじめ、EU加盟国のうち12カ国では、すでに独自にこうしたリストを作成しており、現在、EUとしての共通リストの整備が急がれている。このリストにある国の出身者は経済的移民と判断され、庇護申請を却下し送還する。

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2015/10/20

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