2019.10.1
Q & A
10月31日の英国のEU脱退期限が迫る中、脱退協定はいまだ英国議会に批准されていない。脱退協定はなぜ必要なのか、また依然として可能性が残る「合意なき離脱」に対しEUはどのような準備をしているのか、などを解説する。
2017年3月29日、英国のテリーザ・メイ首相(当時)は、欧州連合(EU)からの脱退(EU離脱)を正式に通告し、これにより同年6月、EU・英国間で脱退に向けた取り決めを定める協定の交渉が開始されました。基本条約をはじめとする全てのEU法令は、脱退協定の発効日または通告から2年後に適用が終わると条約に定められているため、交渉は急ピッチで進められ、2018年11月にEUと英国は、2年間の移行期間を含む脱退協定に合意しました。
この脱退協定が成立するには、英国議会による批准が必要でしたが、2019年3月29日の脱退期限までに批准する見通しが立たなかったため、英国は期限の延期を要請。EUはいったん4月12日までの延期を承認しましたが、その後再度の要請を受けて、期限は本年10月31日まで延期されました。しかし、現在でも“望ましくはないが起こり得る結末”として「合意なき離脱」の可能性が排除されていません。
「合意なき離脱」をした場合、英国は移行期間を経ずに、何の協定も取り交わしていない第三国となります。第一次法(EUの基本条約)および第二次法(条約に法的根拠を持つ規則、指令、決定、勧告・意見など)は、脱退の瞬間から英国には適用されなくなります。脱退協定の中で規定した移行期間が設けられないことで、市民やビジネスは著しい混乱に陥り、経済に深刻な悪影響を与え、その影響の度合いは27加盟国よりも英国にとってさらに大きいものとなると予想されています。
欧州委員会は2017年12月以来、英国の「合意なき離脱」の影響を緩和する緊急対応策として、19の法案を出し、これまでにその全てが欧州議会およびEU理事会で採択されました。また63の非立法措置を採択するとともに100の通達書を出し、入念な対策を講じてきました。
また、貿易における混乱を最小限にとどめるため、英国が関与するサプライチェーンに関わる全ての関係者は、拠点の場所にかかわらず、各々の責任範囲と、国境を越える取引に必要な手続きを知っておくよう周知に努めています。
これに加え、「合意なき離脱」の影響を最も受けると想定される企業・労働者・加盟国を支援できるよう、主に自然災害に適用する「欧州連帯基金」などの救済手段の活用を決めています。
10月31日の英国のEU脱退予定日まであと8週間に迫った9月4日、欧州委員会は、英国の「合意なき離脱」に向けた準備に関する6本目のコミュニケーション(政策文書)を発表。これまでに決めてきた緊急対応策(contingency measures)の内容に変更を加える必要はないと判断するとともに、27加盟国のステークホルダーに対し、「合意なき離脱」に備えるようあらためて呼び掛けました。
主要分野におけるEUの緊急対応策適用期間
具体例として、以下の5部門での緊急対応策を解説します。
<輸送部門>
あらゆる輸送手段において――程度の違いはありますが――混乱が生じると予想されます。国際的なシステムのおかげでEUと英国の間で一定の基本的な接続は確保されますが、多くの分野では事業者による入念な準備が必須です。
道路輸送については、英国が同様の権利を付与するのであれば、EUは英国の道路運送業者による物品の運搬を台数などの制限なしに、当面(2020年7月31日まで)認めるという緊急対応策を決めました。他方、英国で登録された乗用車は、1968年ウィーン道路交通条約に準じているという条件で、英国からEUへ乗り入れることができます。
海上輸送については、既存の国際ルールによってある程度の接続性を保つことができると見込まれています。
既存の規制上の措置がなく、特に混乱が懸念される航空輸送では、欧州委員会は英国内の一地点と27加盟国内の一地点を結ぶ航空路については、2020年10月24日までの期限付きで認めることとしています。これにより、EUと英国をつなぐ航空路線の運行中断は避けられます。
しかしこれは、英国も同様の内容を認めた場合に限ります。英国による互恵性を担保するために、欧州委員会は加盟各国の航空会社が英国から同等の権利を与えられない場合には、英国の航空会社に許容される運輸力を調節するほか、運航権の制限や拒否、一次停止、あるいは破棄によって、適切な措置を採択できるとしています。
飛行の安全については、欧州航空安全機関(European Union Aviation Safety Agency=EASA)だけが発行できる証明書類(特に型式証明)について、英国が第三国となった時点で英国により発行される証明書に基づき、一定期間(9カ月)に限ってその効力を延長すること、また英国当該機関がEU脱退以前に安全基準適合証明を発行した部品や装置は、「合意なき離脱」後も、引き続きEU域内の航空機に使用してもよいことなどが決められています。
<関税・税制>
英国がEU加盟国でなくなった日から、EU・英国間の物品の往来は輸出入と見なされ、税関の管理下で行われることとなります。とりわけ、これは通関手続きや申告書の提出を意味します。
付加価値税に関するEU法は、英国が合意なくEUを脱退した日から、英国との間で取り引きされる商品には適用されなくなり、第三国からの輸入と同じ扱いになります。つまり、輸入した時点で付加価値税が課されることになります。
<市民の渡航における国境審査・税関検査>
英国人がEU域内に入るためには、パスポート(過去10年以内に発行されたもので、EUを出る予定の日から有効期限が3カ月以上あるもの)が必要となり、滞在期間、目的、滞在手段を尋ねられるなど、これまで不要だった審査を受けることになります。
短期滞在(180日間の間に90日まで)の場合は、英国側が互恵的に認める場合に限り、査証(ビザ)なしで入れる措置を採択しています。英国側もEU市民に同様の措置を適用すると発表しています。
<市民の権利>
EU市民の家族である英国人については、「EU市民の家族としての居住カード」を発行し、EU加盟国内を自由に移動し居住できる措置を取ります。加盟国内にEU市民以外の家族と居住している英国人については、合法的な居住者として留まれることを担保するため、「合意なき離脱」後、速やかに加盟各国に住む英国市民に居住許可証を発行し、また期限なしの居住許可を付与できるよう準備が進められています。EU域内で居住許可を持ち、EU・シェンゲン圏に住む英国人は、域内を自由に行き来し、短期滞在(90日以内)することができます。
英国に居住するEU市民への老齢年金は、これまでと同様に支払われることになっています。また欧州委員会では、英国のEU脱退以前に保証されていた「移動の自由」を行使して、加盟国に居住する英国民に対し、雇用と保険加入期間の権利を保証するよう加盟各国に働き掛けています。
<金融サービス>
英国が「合意なき離脱」をすれば、英国に本社を置く銀行や保険会社は、EU内での営業許可に基づく、オンラインサービスを含むあらゆるサービスを提供し続けることができなくなります。サービスを続けるためには、27加盟国内に法人を設立したり、英国との間にまたがる契約を訂正・終了したりして、ビジネスモデルを変更するなどの必要な手続きを取らなければなりません。
英国の管轄当局によって認可された支払い機関は、EU内では支払いサービスを提供することができなくなります。国際的なクレジットカードなどの決済手段なら使うことができるでしょうが、EU法で設定されているカード決済時の手数料の上限は、英国との間での決済では適用されなくなるため、高い手数料が課される可能性があります。保険会社、支払いサービス提供会社などの中には、まだ準備が万全でない企業も散見されるため、10月末日までに早急に準備することが奨励されています。
EU加盟国の一つであるアイルランドと、英国領の北アイルランドは、同じアイルランド島で国境を接しています。歴史的にも結び付きの強いアイルランド・北アイルランド間では、現在、医療や環境、運輸、電力など多くの分野で日常的な協力関係にあり、毎日1万4,800人が通勤・通学で往来しています。
2018年11月にEU・英国間で合意に至った脱退協定案には、アイルランドと北アイルランドの間に厳格な国境管理(ハードボーダー)が導入されないための、法的に実施可能ないわゆる「バックストップ」と呼ばれる安全策(防御策)が規定されています(バックストップについての詳しい説明はこちらのQ5を参照)。
しかし、このバックストップについてさらなる明確化や法的保証がなされたにもかかわらず、英国議会がいまだに脱退協定を承認していないため、EU脱退をめぐる不透明な状態が続いています。一方、EUは、脱退協定そのものは再交渉をしないという姿勢を崩していません。
欧州委員会とアイルランドは引き続き、アイルランド島が置かれている独特な状況の下、また厳格な国境管理を回避しながら域内市場の完全性を守ることを目的に、英国の「合意なき離脱」直後の緊急的な取り決めと、その後のより安定した解決策の両方を見いだすことを目指して、一丸となって取り組んでいます。EUは脱退協定に明記されているバックストップは、北アイルランド和平合意(聖金曜日協定またはベルファスト合意)を守り、国際法による義務を全うし、同時に域内市場の完全性を守るための唯一の解決策と考えています。
これまで何度も欧州委員会によって確認されてきたように、EUの28加盟国がそろって誓約したことは守られなければなりません。これは「合意なき離脱」の場合でも同様で、英国はEU加盟国であった時に行った、全ての約束を順守し続けることが求められています。
ジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長は、未払い分担金の清算に加え、自由移動に関する市民の権利の保証、ならびに北アイルランド和平合意とアイルランド島の平和の維持に英国が対処することが、脱退後のEUと同国の将来の関係の議論をスタートさせるための前提条件だ、と述べています。
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