2016.9.5
FEATURE
2016年7月8日、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)は、テロ、サイバーセキュリティー、難民・移民問題などの前例のない新たな問題に、より効率的に対処することを目指し、共同宣言に署名した。NATO首脳会議に先立ってワルシャワで署名された、このEU・NATO間の初めての共同宣言は、両者の従前の協力関係をさらに進め、欧州のみならず、さらに広い地域の安全を確保するために早急に必要な取り組みを提示している。
1949年に設立されたNATOは、欧州と北米の2つの大陸にまたがる組織で、計28カ国からなる。そのうち22カ国はEUの加盟国でもある(下図参照)。NATOは政治的・軍事的手段によりその加盟国の領土と国民の自由と安全を守ることを最大の目的としており、その中核任務は「集団防衛」、「危機管理」、「協調的安全保障」の3つだ。他方、同じく28加盟国を抱えるEUは、欧州大陸に恒久的な平和・安全・繁栄をもたらすため、1952年にその前身である欧州石炭鉄鋼共同体が創設された。人・物・サービス・資本が自由に移動できる単一市場の構築を進めてきたほか、域外の平和や安定にも積極的に貢献している。
EUとNATOは戦略的利害を共有しており、旧ユーゴスラビア崩壊後のバルカン半島の秩序など、これまでもさまざまな安全保障上の課題に協力して取り組んできた。しかし、21世紀に入り、前例のない脅威や課題が欧州を見舞う中、EU加盟国からは、共通の目的と価値を有するNATOとの関係強化を求める声が上がり、このたびの共同宣言という形で、特定の分野で実務的な協力を推し進めることとなった。
なお、EU条約には集団的自衛権行使を規定する条項があり、安全保障に関わる活動は「共通安全保障・防衛政策(Common Security and Defence Policy=CSDP)」に定められている。EUの枠組みの中では、軍事防衛に関わる権限は各加盟国が保持しており、中立政策の採用やNATO同盟国としての責務は尊重される。つまり、EU加盟各国はCSDPに基づいた任務に従事するEU部隊へ自発的に自国部隊を提供することもできれば、NATOなどの枠組みの中で同盟関係を築いて活動することもできる。
EUの統合が進み、1990年代にその安全保障・防衛分野での役割が大きくなったことを受け、2001年にはEUとNATOの関係が「NATO・西欧同盟(Western European Union=WEU)協力」によって制度化された※1。続く2002年の「欧州安全保障・防衛政策(European Security and Defence Policy=ESDP※2)に関するNATO・EU宣言」は、双方の関係を「戦略的パートナー」と位置づけ、EU独自の軍事作戦にNATOの 計画立案能力を提供できるようにした。さらに、2003年の「ベルリン・プラス」合意において、EUとNATOの活動が重複しないように取り決めを結ぶとともに、連携を強化するためにNATOが保有する後方支援用資源をEU部隊が活用できるよう定めた。
ボスニア紛争の終結後、EU部隊が2004年にNATO主体の平和安定化部隊から任務を引き継いだのをはじめ、コソボやアフガニスタンではNATOの治安維持部隊とともに、警察や司法専門家で構成されるEU「法の支配」ミッションが支援活動を展開。軍事・非軍事の両分野においてEUはNATOと協同して平和維持活動を行っている。現在、EUとNATO間では外相レベルや実務者レベルでの会合が持たれているのをはじめ、EUの欧州対外行動庁(EEAS)にある「軍事幕僚部」にはNATOの常設連絡チームが、またNATOの「欧州連合軍最高司令部(Supreme Headquarters Allied Powers Europe=SHAPE)」にはEU班が設置され、円滑な連携を図っている。
2016年6月に開かれた欧州理事会(EU首脳会議)には、NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長が出席し、NATOが欧州の東方や南方からの複合的な脅威、移民問題、サイバーセキュリティーといった前例のない課題に対して共に挑むべき重要なパートナーであり、EUとNATOの協力関係を強化することが重要である、とあらためて確認された。今回の共同宣言は、これに続くものである。NATOとの関係強化には、NATOに参加しているEU加盟国のみならず、全EU加盟国が同調している。
このように両者が協力の発展を必要としている理由には、①近年の安保問題が相互に関係する性質のものである、②EUとNATOが連携することにより、幅広い活動が可能になる、③互いの能力や人的資源を最大限に活用できる――という3点が挙げられる。「EUとNATOの戦略的パートナーシップは、新たな内容をもって前進する時がきたとわれわれは信じている」という文章で始まる共同宣言は、共通課題に対して、EUとNATOがさらに協力し、互いに活用し得る全ての手段を利用して補完し合うことで、市民が求める安全・安心を実現することが狙いなのだ。
EUのドナルド・トゥスク欧州理事会議長とジャン=クロード・ユンカー欧州委員会委員長およびNATOのストルテンベルグ事務総長の3人が署名した共同宣言では、特に以下の7分野での取り組みを求めている。
1)迅速な情報共有による脅威の早期探知や未然防止、戦略的コミュニケーションにおける協力などを通じた対処能力の向上 |
2)地中海などでの海洋安全保障や移民・難民対策を含む共同作戦の適用範囲の拡大 |
3)教育・訓練を含むサイバーセキュリティー分野での協力拡大 |
4)EU加盟国とNATO同盟国の補完的かつ相互運用可能な防衛能力の開発 |
5)欧州内および北米との間での防衛産業の強化および関連研究機関などの連携の促進 |
6)複合的な脅威などに備えた協調的な演習の強化 |
7)個別国ごとの具体的な支援策による、欧州東方および南方のパートナー国の防衛・安全保障能力の向上 |
項目7にも挙げられているように、EUやNATOの各加盟国の持続可能な平和と繁栄には、自国内の政策だけではなく近隣諸国やパートナー国の情勢も密接に関わる要素の一つ。そのためEUとNATOは該当する近隣国やパートナー国の主権回復や領土統一、独立に向けた取り組みについても積極的な支援を続けていく。このパートナー諸国に向けた政策はEU-NATO共同宣言発表の前週にフェデリカ・モゲリーニEU外務・安全保障政策上級代表が発表したEUのグローバル戦略にも示されている。
共同宣言の署名後、ユンカー欧州委員会委員長は「EUが強くなればNATOも強くなる。そしてNATOが強くなれば、EUもまた強くなる。今回の共同宣言はこの点を明確に伝えている」とし、さらに「双方の行動と資源は補完しあっているが、本日、われわれはこの相補関係をさらに前進させると決定した。全ての手段はお互いに活用できるべきである」と述べ、欧州が直面するさまざまな脅威に、EUとNATOが実際の協力を深めることで対応していくことを強調した。
共同宣言は「取り組みは速やかな実施が必要不可欠」と締めくくっている。実務を担当するEUのEEASとNATOの国際事務局は、モゲリーニEU上級代表とストルテンベルグNATO事務総長の下、関連当局と連携をとりつつ、具体的な実施策を2016年12月までに示す予定となっている。
EUとNATOは、共同宣言の実施に必要な予算と資源を投入し、新たに強化されたEU-NATOのパートナーシップを成功に導いていくことになる。
「静かに進展する日欧安全保障・防衛協力)」(2015年7月 政策解説)
「EUの共通安全保障・防衛政策(CSDP)とは?」(2013年10月 質問コーナー)
※1 ^ 1992年のマーストリヒト条約により、WEUはEUの安全保障・防衛分野を担うようになり、1999年にその危機管理任務がEUに移管された。その後、2011年6月にその全ての機能がEUに移管され、WEUは解散した。
※2 ^ ESDPはCSDPの前身。2009年12月に発効したリスボン条約によって改称された。
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